第16話:紅の絆②
【sideめぐみん】
翌日。クロを詰めた鞄をブラブラさせながら、いつもより早めに学校へ向かっていると、たまたま朝の鍛練とやらを終えたみんちゃすとばったり会う。せっかくなので将来起きるであろう我々の最終決戦のシチュエーションについて議論を交わしながら一緒に登校していると、通学途中で見覚えのある三人を見つけた。
「ありがとうゆんゆん!助かったー!お礼は必ずするからね!」
「い、いいよお礼だなんて!と、友達だから!そ、その……、それより、このまま一緒に学校に……」
それは、ふにふら、どどんこの地味っ子ペアとゆんゆんの三人だった。
「みんちゃす、アレ……」
「……チッ、あんのバカ娘が……」
ゆんゆんからなにかを受け取ったふにふらは、愛想笑いを浮かべながら。
「あー……。ご、ごめんね? 今から、すぐにこれ持って行ってあげないとさ」
「そうそう、急がないとふにふらの弟が……。ゆんゆんは先に行ってて?」
「あ、そ、そっか……。ごめんね気が利かなくて……。それじゃ、また学校で」
そう言って、二人に笑顔を見せたゆんゆんは、一人トボトボと学校へ向かった。しょんぼりと肩を落としながら歩く後ろ姿が哀愁を漂わせる。それをしばらく見送ると、ふにふらとどどんこがポツリと言った。
「ちょ、ちょっとだけ良心が……」
「い、痛むよね……」
「フフフ……。それならば、そんな事しなければいいものを」
「まったくだな」
「「!?」」
背後からの私達の声に、二人はビクッと震え慌てて振り向く。
「めぐみん!?それに…み、みんちゃす……い、いつからそこに!?」
「わ、私達とゆんゆんの話は、どこから聞いていたのさ!?」
私達二人、とくにみんちゃすに怯える地味っ子ペアに私は…
「どこから聞いていた、ですか?それは……」
――――――――
「へぇ…こんな物読んでるんだ?」
「あははっっ、ていうかこんなタイトル初めて見たー!」
「いつも一人ぼっちだしカワイソーって感じだよねぇ!」
「うぅ…」
「こんなもの読まなくったってさ……私達が友達としてあそんであげるのにね」
「え…ほ、本当っ!?」
「わっ」
「うっ…うん」
(中略)
「ええと…これが友達同士のあそび……?」
「そ、そうよ。この間の身体測定の時聞いたけど、また育ったんでしょ…?」
「ちょっと見せてみなよー!」
「あ…あの初めてなので優しく…お願いします」
「は、はい」
―――――――――
「……と、ゆんゆんに恥ずかしい秘密を暴露されたくなければ黙ってエッチな要求を聞けと、二人が脅していたところからですよ」
「してねーから!あたし達、そんな事はしてねーから!」
「なんでそんな要求するのさ!あんた、私達をなんだと思ってんのよ!」
「落ち着け地味っ子ペア」
「「誰が地味っ子ペアよ!?」」
私の軽い冗談やみんちゃすの全く宥める気の無い悪意ある呼び名に、二人は真っ赤になって抗議する。
「ちょっと、その……。ゆんゆんからお金を借りただけよ。実は、あたしの弟が、さ……」
「そ、そうそう。ふにふらの弟が病気で、その薬代が必要になって。私達の手持ちじゃ足りなくって、カンパしてもらってたのよ」
「ほう、そんな大変な事に……まったく水臭い、それならそうと、この私にも相談してくれればよかったものを」
「「えっ!?」」
私の言葉に驚きの声を上げてのけ反る二人。
「なんですか?この私が、困っている人を助ける事がそんなに驚きですか?それとも私に喧嘩売ってるんですか?」
「お前も落ち着け赤貧娘」
「あなたはどっちの味方なんですか!?ちょ、離してください!……ああもう、なんなんですかこの馬鹿力は!?」
みんちゃすに取り押さえられつつも飛びかかろうともがく私に怯え、地味っ子ペアは一歩後ずさりながら弁明を…
「ち、ちがっ……!そうじゃないけどさ、ほら。その……。みんちゃすが言ったように、あんたって超貧乏じゃん」
「だよね。いくら困ってても、めぐみんにお金借りるってのだけはないわー」
それはもしかして弁明のつもりか?
「ぶっ殺」
「流石にこれは離していいかな、そら」
みんちゃすから解放され鞄をブンブンと振り回して攻撃態勢に移った私に、二人はますます顔を引きつらせて後ずさる。
「じゃ、じゃあ、どんな手助けをしてくれるつもりだったのさ!」
「そうそう、そこまで言うならお金貸してくれんの!?」
「貸すわけないじゃないですか。誰に物を言っているんですか。相手を見てお金を借りるといいですよ?」
「「こ、こいつ……!!」」
「いい加減にしろオメーら、話が全然進んでねーよ……」
みんちゃすには呆れられ、二人がこめかみをヒクヒクさせながらこちらを睨みつけてくるが、私としても別にからかっている訳じゃない。
「まあ落ち着いて聞いてください。二人がお金を欲しているのは薬のため。なら別にお金でなくとも、どうにかして薬が手に入ればいいのですよね?」
「えっ……!いやまあ、そうなんだけどさ……」
「どうにかして、薬が手に入るあてでもあるの?」
口々に言ってくる二人に私は不敵に微笑んだ。
「まあここは紅魔族随一の天才と……紅魔族一の武闘派に任せてください」
「……あ”?」
その自信たっぷりな私の言葉に二人は不安気な顔を見合わせ、強引に巻き込んだみんちゃすは両の眼を光らせて表情で私を見た。
……とりあえず最初に、みんちゃすを丸め込まないとですね。
「オメー何勝手に俺を巻き込んでんだよ。ぶち殺されてーのか?爆裂魔法を習得する前に、お前の頭蓋骨を爆裂させてやろうか?んー?」
「痛たたたたた!?謝ります、強引に巻き込んだことは謝りますから!私の頭を爆裂させるのだけはやめてください!」
地味っ子ペアはみんちゃすの怒りを察知してそそくさと立ち去り、現在私は彼の大般若鬼哭爪の餌食になっている。しばらく頭蓋骨を締め上げられ、解放された私に、
「だいたい俺があのバカ娘の尻拭いなんざしなきゃならねーんだよ。アホらしくてやってられるか」
そう冷たく吐き捨てた。あまりにも冷たいみんちゃすの言い分に、私は少々ムッとする。
「……随分と薄情ですね、ゆんゆんとは幼馴染みじゃなかったんですか?」
「昨日あんな相談してきたからには、自分でもこれはおかしいとは思ってる筈だ。にもかかわらずアイツは友達欲しさに金を出しやがった。……友情を金で買おうとするようなバカ娘に、あれこれしてやる義理なんざねーよ」
う、うぐぐ……正論過ぎて言い返せない。そうだった……みんちゃすは意外と仲間想いで面倒見も良いが、失望した相手は平然と見捨てるドライな面があったんだった……。さっき地味っ子ペアをスルーしたのは、それ以上にゆんゆんに対して怒っていたからだろう。
仕方がない……ここは……
ゆんゆん、貸し1ですからね。
「お願いします!今回だけは、私に力を貸してください」
そう言って私は頭を下げる。
「あー?嫌だって言ってるだろ?」
「……」
「…いやだから、嫌だって……」
「……」
「……~~~っ!ああもう!わかったわかった、わかりましたよ!手伝えばいいんだろ手伝えば!」
「ありがとうございます!みんちゃすならそう言ってくれると信じてました!」
「ったく……協力はしてやるが、言い出しっぺのお前が主導でやれよ。俺はあくまでサポートだからな」
みんちゃすは小細工に頼らず誠意をもってストレートに頼むと、意外と押し切れる。……そこに一片でも悪意が混ざっていれば沈められるが。
ふむ……しかし、一体どうやって薬を手に入れようか。
薬代をみんちゃすに出して貰う……手っ取り早いがやってることが地味っ子ペアと一緒だ。確実にみんちゃすにシバかれるだろう。
ならばこめっこを薬屋に連れて行って、オネダリでもさせてみようか。妹のあの魔性ぶりならば、不可能ではないかもしれない。
「クロちゃん!クロちゃんしっかりして!なにがあったの!?どうしてグッタリしてるの!?めぐみん、鞄にクロちゃんが入ってるのを忘れたまま、登校中に振り回したりとかしてないでしょうね!?」
隣の席でクロを抱き締めながら騒ぐゆんゆんの声を聞き流しながら、私はどうやって病治療のポーションを調達するかを考えていた。
やがて、気怠げな担任が教室内に入って来る。そして、いつもの様に出席を取ると……、
「あー。今日の夕方より、邪神を強引に再封印するって話をしたな?失敗する事はまあないだろうが、万が一って事もある。俺は再封印が失敗した時に備え、ずっと温存しておいたアレを用意して待機しておく。……ま、アレは使わないに越した事はないがな。再封印の成功確率は九割を超えるそうだから、俺の出番はないだろうさ。そう、アレはできれば、使わないで済むならその方がいい……」
と、担任は失敗フラグが立ちまくりなセリフを吐いた。なんだかソワソワしているところを見ると、本音では失敗して欲しいのだろう。そして誰にも聞かれてない上に、珍しく起きていたみんちゃすが興味を失い寝始めたのに、温存しておいたアレとやらについてペラペラと自慢しだした。本当は使いたくて仕方がないのだろう。
「まあそんな訳でだ、今日は寄り道せずにまっすぐ帰る事。夕方には全員家の中にいるようにな。では、一時間目は魔道具作成の授業だ。全員実験室に集まる事!以上!」
担任は、そう話を締めくくると、さっさと教室を出て行き……私はハタと気がついた。
魔道具作成……!
実験室は、学校の地下に造られている。危険な薬品や爆発する系統のアイテム等も扱うため……ではなく、魔法使いといえば地下で怪しい実験だろうとの事で、ここに造られたらしい。実験室では空いている席に好きに座ればいいのだが、私やゆんゆんは常に最前列だ。普段みんちゃすはいつでも寝れるように最後列に座るのだが、どうやら私の考えに気づいたようで今回は私の隣に座っている。
担任がボリボリと頭をかきながら教壇に立つと、みんちゃすが一番前に座ってることに驚愕し、「今日は真面目に受けてくれるのか…」と呟きつつ、感極まったのかしばらく目頭を強く押さえてからあらためて授業を再開した。
「ではこれより、魔道具作成の授業を始める。魔法薬や魔道具の製造などは、我々魔法使い職の者にとっては大切な収入源となる。覚えておいて損はないぞ。では……。…………めぐみん、やる気があるのは良い事だが前に出過ぎだ」
「すいません。この授業が一番好きなもので」
最前列で話を聞く私に、担任はもっと下がれとばかりに手を振り瓶を手にした。
「では、既に何度もやってはいるが基本は大切だ。まずは簡単な体力回復のポーションを……。どうしためぐみん、手を挙げて。質問か?」
「そんな単価の安いポーションよりも、もっとお金になる高難易度なポーションの作り方を教えてください」
「よし、お前はこの授業の間は俺の助手をやれ。二度とそんなバカな事を言い出さないようにこき使ってやる」
理不尽!あとみんちゃす、笑うな!
この男、退屈な授業とかでこちらが我慢して起きている前でグースカ寝ているとイラッとするが、起きてたら起きてたで腹が立つ。
私が渋々と仕事を手伝う中、担任が授業の説明を始めた。
「それでは、各自好きな材料を使っていいからポーションを作ってみろ。上手くできたらそこにアレンジを加えてもいい。調合の比率によって、ポーションの効果が変わってくるからな。自分だけのレシピを作ってみろ」
助手としてクラスメイト達に道具や材料を配り終えた私は、みんちゃすにジト目を向けられて本来の目的を思い出した。……いえ忘れてません、忘れてませんよ断じて。だからそんな目で見るのはやめてもらおう。
「先生。質問なのですが、病を治療するポーションは私に作れたりしますか?」
「病の治療?無理だとは言わんが、その手のポーションは難しいぞ。ちなみに病治療のポーションは制作に金がかかる割には、あまり売れず、金にならない品だぞ?」
「先生が私をどんな目で見ているのかがよく分かりました。お金のためではありませんよ、病気で困っている人がいるので、自作する事ができたらなと思いまして」
私の言葉に、担任があごをさすりながら。
「……そういった事情なら、材料は好きに使えばいい。これがポーションのレシピだ、持っていけ。……しかし、個人主義で金に目がなく、モンスターにトドメを刺す事にも躊躇のない、血も涙もない生徒No.2のお前にも、ちゃんと人の心はあったんだなあ」
「先生が私をどんな目で見ているのかが、本当によく分かりました」
卒業の際には、絶対にこの担任へお礼参りをしてやろう。その際にはみんちゃすも誘うことを決して忘れない。
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