【幕間】魔王軍の狂天使

【side仮面の悪魔】


我輩はバニル。魔王軍のなんちゃって幹部の一人にして地獄の公爵。『魔王より強いかもしれないバニルさんと』評判の、この世の全てを見通す大悪魔である。

現在我輩が居るのは魔王城の最上階、魔王軍の中でも精鋭が集う部屋の中、優雅な食事を終えた我輩は暇を持て余していた。


と、その時。


「バニルバニルバニルーーー!大変、大変なんだよ!…………って、こりゃまた酷い惨状だねぇ……バニル、また君の仕業かい?」

白衣を着た灰色のボサボサの髪に、それなりに整った顔立ちだがハイライトの消えた瞳と常に全開の瞳孔で全てを台無しにしている男が、騒がしく我輩のいる部屋に飛び込んできたかと思えば、虚な目で膝を抱えてうずくまる魔王軍の精鋭達を見て溜め息を吐く。

食後のまったりとした空気を邪魔され、我輩は若干の不機嫌さを滲ませながら男に問う。

「いきなり飛び込んできて何なのだマッドサイエンティストよ。こやつらは新しく配属された新顔だそうなので、ほんの挨拶代わりに我輩の美味しい晩御飯になってもらった。具体的にはこやつら好みの美女に化け、散々甘やかしてやった後ネタばらしをしたらこうなった」

「君って新入りが入るたび同じ手で悪感情を回収するよね。この子達も魔王ちゃんから事前に注意されてる筈なのに、なんで皆みすみすひっかかるかなぁ……?」

男はやれやれと肩を竦めた後、興味深そうに我輩を見る。

「そもそもさバニル。悪魔が人の悪感情を喰らうのは知ってるけど、人以外の悪感情は大して美味しくないって言ってなかった?……というか君クラスの悪魔だと、別に一年や二年食べなくても生きていけるんじゃない?」

「無粋にもほどがあるぞ嫌われ研究者よ。『食べなくても生きていけるか』と、『食べなくても構わない』かは別の問題である。そして我輩は食事を疎かにするつもりは毛頭無いが、この城に人間はあのドマイナー教プリーストしかいない故、あやつが城にいない場合は多少の妥協も致し方ないのである」

「その台詞、セレナちゃんが聞いたら怒り狂いそうだなぁ」

我輩としてはさらに悪感情をいただけるので願ってもない。

「それよりいったいどうしたのだ?魔王のヤツがとうとう老衰でくたばったか?流石にあいつも年だからな」

「縁起でもないけど、確かにそろそろ寿命だよねぇ……って違うよ!ベルディアちゃんが調査に行ったアクセルの街で、やられちゃったみたいなんだ!」

ほう、あの首無し中年が。

元人間だけあって奴の悪感情の味はチンピラプリーストに次ぐ質だっただけに残念だ。

「あの街に落ちた大きな光は多分天界の関係者だと思うから、念のために『堕天結界・免罪のロザリオ』まで持たせたのに……あの術式は強い魔法耐性もあったのに、あれを力づくでぶち抜ける程の力を持った猛者が、まさか駆け出しの街にいるなんて……ああっ、我が主レイチェル様よ、どうしてこのような残酷な運命が彼を襲ったのでしょうか……!?」

両手を組んでしゃがみ、天を仰ぎながらそんなことをのたまうが……まったく、こやつは相も変わらず狂しておるな。


「何やら悲痛な表情で祈りを捧げているようだが……祈りを向ける相手は、他でもない貴様が八つ裂きにしたのではなかったか?」


この男はドクター・ペルセウス。

我輩と同じ魔王軍の幹部にして、かつて天界と袂を分かった堕天使である。

こやつは堕天前も堕天後もとにかく異端極まりない天使で、例えば本来堕天するような天使は大概がパシリのように日々こき使われることに耐えられなくなった、情けない下っ端の下級天使であるのだが……こやつは他でもない上級天使、それも女神の側近として仕えることを許された最上級の天使であったらしい。

そしてこやつは神々に逆らい自らの意思で堕天したのではなく、大罪を犯し処刑されかかっていたところを、命からがら地上へと逃げのび堕天使となった。

犯した罪は、そう……神殺しだ。

こやつは自らが直接仕えていた神、慈愛を司る女神レイチェルとやらを、あろうことかバラバラに切り刻んで虐殺したらしい。あまりの残虐性から戒厳令が敷かれたらしく真実を知るものはごく一部らしいが、その一握りの連中からは『神殺しの狂天使』という忌み名で呼ばれ、我々悪魔族と同じかそれ以上に憎悪、ないしは嫌悪されているようだ。

「何言ってるのさバニル!確かに僕のせいでレイチェル様の肉体は滅び去ったさ……だけどそんなことでは僕の忠誠は揺らがない!僕の忠誠が揺らがない限り、レイチェル様の魂が僕の心の中で生き続ける!つまり僕達の絆はどんなことがあっても、決して消えやしないんだよ!」

瞳孔全開きの眼を輝かせ、アクシズ教徒ですらドン引きするであろう支離滅裂なことを嬉々として宣うキチガイ堕天使。

……ご覧の通り、こやつは憎悪や怨恨で仕えていた神を惨殺した訳ではない。

それどころかそんなことをしておきながら、今もなお忠誠を誓っているという狂いっぷりだ。

では何故そんなことをしでかしたのかというと……以前我輩が過去を見通したところ、どうやらこやつは自らが仕える女神への忠誠が不純なものではないかと悩んでいたらしい。

下級はともかく上級の天使は我々悪魔族と違って性別があり、そしてこやつは男である。また、こやつが仕えていた女神は神の中でも一際容姿に優れていると、天界でも評判だったようだ。

こやつが悩む原因はまさにそれ。自分は純粋な気持ちで女神に忠誠を誓っているつもりだが、その実ただその美しさに見惚れているだけではないのか?自分はただの面食いではないのか?自分の忠誠は、ただの劣情ではないのか?

性別の無い我輩にはいまいち理解できないが、ここまではこやつも割と真っ当な理由で思い悩んでいたようだ。

……しかし、自分の忠誠心が本物かどうかを確かめる手段が、度を超して狂っていた。悩みに悩んだこやつが思いついた解決策というのが……


『そうだ!だったらレイチェル様をグチャグチャの肉塊にして確かめてみよう!それを見ても全く忌避感を抱くことなくレイチェル様を慕い続けられたのなら、僕の忠誠心は疑いようもない本物だという証明になるんじゃないかな?』


……地獄の公爵の大悪魔たる我輩でも、この発想にはドン引きである。それと悪魔にとって忌むべき神に、初めて同情してしまったことをよく覚えている。

結果としてこの殺戮堕天使の忠誠心とやらは本物だった。自身が敬愛する神を、人間が見たら吐き気を催すであろうおぞましい物体に変貌させたのにもかかわらず、こやつにとっては以前までの美しい女神と目の前の肉塊が何の違いもないように見え、自分の忠誠は寸分たりとも揺らがないと子供のようにはしゃいだらしい。

……その後、こやつは処刑されかけるも命からがら地上へと逃れ、魔王軍に知恵を貸しながら天界へ攻め込む準備を整えている。

……言うまでもないが攻め込もうとしている理由は、処刑されかけたことへの真っ当な逆恨みなどでは断じてない。『女神レイチェルへの忠誠心』と『好奇心』以外の感情がほぼ完全に欠落しているこいつからは、そんなありふれた動機は出てくる筈がない。

本人曰く、


『僕はただレイチェル様への忠誠心が本物であると証明しただけなのに、なんで彼らはあんなに怒るんだろう?う~ん……考えてもわからないや。彼らを全員バラバラに解剖して、ひたすら隈無く調べてみれば、もしかしたら何かわかるかもしれないなぁ』


だそうだ。際限の無いイカれっぷりもここまで行き着くといっそ清々しい。

とまあ地上に堕ちてもこの有り様なので、魔王軍の連中はほぼ全員がこやつと関わりたがらない。それは幹部であっても例外ではなく、こやつによって生み出されたオカマキメラですら怖がって関わりを避ける始末だ。

僅かでも交流があるのは我輩と、根がお人好しなどこぞのポンコツ店主ぐらいだ。……いや、我輩とてこんなイカれ堕天使とはできれば関わり合いたくないのだが。元天使のこいつからは悪感情を回収できぬし、芯からイカれてるのでからかい甲斐もまるで無い。それなのにあの赤字店主のせいで紆余曲折あって何故か妙に懐かれる羽目に……ああそうそう、悪魔族を嫌悪しないところも天使らしくないなそう言えば。

「あ、そうそうバニル。魔王ちゃんからベルディアちゃんを倒したのは誰か調査に行って欲しいって。何でも『勝手に城に居座って部下をいじめてないで、たまには働いてくれ……』だってさ」

思い出したようにそのような面倒事を伝えてくる狂信堕天使。

「ふむ……確かに暇をもて余しているが、我輩は貴様と同じくなんちゃって幹部。城の結界維持を受け持っているが魔王のヤツの命令に従う義務は-」

「たまにはウィズちゃんの様子を見に行った方が良いんじゃない?もしかしたらとんでもないドジをやらかして多重債務を抱えてたりして……」

「うむ、たまには魔王軍のために身を粉にして働くのも悪くないな」

「ウィズちゃんも悪気は無いんだろうけどねぇ……」 

「本人は良かれとやっているから余計にタチが悪いのだ。何度負債を生んでも一向に改善せん」

あの穀潰し店主は働けば働くほど赤字を生むからな……。我輩が見張っていなければ、いつまでたっても我がダンジョン製作計画が進まん。というか常日頃からあやつの特殊能力を防ぐためにも、そろそろ魔王軍の幹部の座なんて返上したいのだが……。

「……あ、そうだ。バニルにも堕天結界、もしくは堕天術式を刻んでおこうか?ちょうど退魔魔法、破魔魔法を無効化する術式があるから」

「いるわけないだろう下道天使め、貴様のその術式は代償が大き過ぎる。……特に首無し中年に刻んだヤツは目もあてられん」

こやつはその強い好奇心に任せて、日々様々な結界や術式を開発しているが、払う代償が凶悪極まりないものも少なくない。

首無し中年に刻んだ術式『堕天結界・免罪のロザリオ』はその最たる例だ。あの結界の仕組みは刻まれたアンデッドが抱える、生命の理に反した罪を赦し打ち消すというもの。罪そのものを無くしてしまうわけだから、どんなに強大な神にも浄化されることはなくなる。……が、生命の理に反した罪が無くなるということは、その者は再び生と死の円環の輪へと戻されることを意味する。赤貧店主のように生ある内にリッチーになった場合は止まっていた寿命が再び動き出すだけでさほど問題は無いが、首無し中年のように死後アンデッドになった場合はすぐにあるべき状態へ戻る。

……要約すると、あの術式を使用した大抵のアンデッドは、ほんの少し時間が経つと死ぬ。首無し中年はあの術式を発動させたその瞬間、どう足掻こうとこの世から脱落することが決まっていたのだ。

「えぇー……彼はアンデッドなんだし、天界の関係者に滅せられるよりは、自らの手で引導を渡した方が格好も付くじゃないか」

「……ちなみに、あの結界のデメリットを首無し中年は知っていたのか?」

「え?知らないと思うよ。僕には何も聞いてこなかったから」

こいつに関わりたくないからといって大事なことを問いたださなかった首無し中年にも非はあるが、命に関わるほどの大事なことは自発的に説明するべきだろう……。タチの悪い悪魔でもそこまで悪辣なことはしないぞ……。

「それじゃあウィズちゃんによろしくねー。あ、ウィズちゃんが好みそうな魔道具もいくつか作ったから、よかったら持っていく?」

「我輩が帰ってくるまでに処分しておけ」

そんなものを渡そうものなら、ポンコツ店主の赤字生産能力に拍車が掛かることは、見通す力が通じずとも目に見えておるわ。

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