第3話:大侠客と大妖精
【sideみんちゃす】
第二の故郷である街、クリアカンにテレポートした俺は、左腕の青い包帯を取り、腕に刻まれた『桐鳳凰』のマークに触れる。
右腕に刻まれた三日月とドスが交差するマークは通称『
その一方で左腕に刻まれたこいつは通称『
その後包帯でマークを覆いつつ、俺は月代組本邸へ向かった。
「「「みんちゃすの兄貴! お勤めご苦労様です!」」」
「うむ、ご苦労オメーら」
舎弟共から恒例の出迎えを受けながら邸宅内に入り、親分がいるであろう『満月の間』へと向かう。
クリアカンにある住宅は全て月代組の息がかかった者が建築した、世界でも類を見ない木を素材にした建物である。屋根や壁、部屋の仕切り、灯りなど細かい部分も他所では見かけることのない物であり、クリアカン全体が非常に風変わりで独特、それでいて何とも趣のある景観となっている。
何でも親分の生まれ育った国の様式だそうだが、黒髪黒目の妙な名前をした勇者候補の多くからやたらと人気があり、この街の市民権を取得し移住する者も結構いる。……親分が勇者候補共が育った国の建築様式にやけに詳しいってことは、まあそういうことなんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えている内に、『満月の間』へと辿り着いた。
「ただ今戻ったぞ親分」
フスマとかいうスライド式の扉越しにそう呼び掛けると、中から返事が返ってくる……何故か呆れた声色で。
「来たんならさっさと入ってこんかい」
言われた通り俺はフスマを開けて、部屋の中に入ると、部屋の奥のトコノマとかいう場所の手前に白髪混じりの黒髪に黒目の精悍な顔立ちをした老人が、確かハカマとかいう衣服を身に付け
この人こそ月代組の創始者にして組長。
その流麗な剣技は並び立つ者すらいないと評された伝説のソードマスター。
かの『白騎士』アステリアが台頭する前、世界最強の剣士とも称された歴戦の強者。
『大侠客』
本人確認のため左腕の包帯を取りマークを見せると、親分は溜め息をつきながら左の手の甲に刻まれた、『芒満月』のマークを見せる。
二つのマークは互いに共鳴して発光する。よしよし、親分の姿を真似た偽物じゃないようだ。
「相変わらずまどろっこしいなお前さんは……いちいち本人確認なんて面倒なことせんでもいいだろうがよ。それに随分と他人行儀じゃないか。え?ワシとお前さんは盃を交わした仲、家族じゃろう。もう少し気安くできんのかのぅ?」
「紅魔族の俺が様式美を蔑ろにする訳ねーだろーが。それに親しき仲にも礼儀ありって言うだろ?かのアクセル最後の王女クエスも、近衛であり師でもある腹心サスケが自室に忍び込んできたときは、いつも決まって鉄拳制裁を喰らわせてたらしいぞ」
「それについては礼儀云々の話ではないじゃろうが……まったく、アウトローを地で行く性格のくせに、変なところでお堅い奴め」
アウトローとかヤクザのトップに言われたくないんだけど。
「……それでみんちゃす、アクセルの街で何があった?良くも悪くも個人主義のお前さんがわざわざ六鬼衆を集結させるほどの、かつてない大事をやろうってんじゃろ?」
親分は盃の酒を飲み干し、不敵な笑みを浮かべながら問いかけてきたので、俺は一部始終を全て打ち明けたり
機動要塞デストロイヤーの迎撃手段と、それによってカズマが国家転覆罪をかけられたこと……全て話し終えると、親分は腕組みをしながら目を閉じる。
「……なるほどなぁ、合点がいったわい。謂れなき罪を着せられた仲間を、お前さんは国を敵に回しても助け出したいという訳か……」
「ああ。……だがいくら俺とて国家に楯突くからには、どうしても多くの兵力がいる」
王国騎士団程度ならどうとでもなるが、ロイヤルナイツに単騎で喧嘩を売るのはハッキリ言って自殺行為だ。
……紅魔の里へ戻って協力を仰ぐという手も考えたが、いずれアイツが率いる部族に反乱分子のレッテルを貼られたくない。……自分を家族と呼んでくれる奴等を私的な理由で巻き込んでおいて、我ながら何とも勝手な話だな。
「……それで、ワシら『月代組』に助力を申し出たいということじゃな」
「身勝手なことを言ってるのは承知している。……ケジメが必要だってんなら、俺は『六鬼衆』の座と、その証が刻まれた左腕を差し出すのも厭わねー」
そう言って俺は懐の『ちゅーれんぽーと』を鞘から抜き、左腕に押し当てる。
ララティーナのときとは違い、正当な使い手でである俺がこいつを振るえば、腕はスパッと両断されるだろう。
腕を斬ってもアクアやケティならひっつけられるだろうが、そう頼むつもりは微塵も無い。
ヤクザのケジメってのはそういうもんだ-
「このバカタレがぁっ!」
瞬間、俺の目に移る世界がグルリと回転した。……いや違う、回転したのは俺だ。
「―――~~~っっっっっ!!!」
頬がむちゃくちゃ痛むことから、どうやら親分に殴り飛ばされたのだろう。
組の頂点に立つ男の拳骨は、枯れ木のような腕から繰り出されたとは思えない、とんでもなく重い拳だった。
「仮にお前さんが我が身可愛さで仲間見捨てたなんぞほざいていたらなぁ、そのときはこの場でお前さんの
俺に向けてそう一喝した後、親分は倒れた俺に近づき手を取ると、強く強く握りしめた。
「それになみんちゃす……そんな水臭いこと言うんじゃねぇ。お前さんの腕は、そんなつまらねぇことで賭けていいような安いもんじゃねぇ。さっきも言ったじゃろう?ワシらは杯を酌み交わした家族じゃと。お前さんが仲間を命をかけて守りてぇってんなら、ワシらも命をかけてお前さんと共に闘う……それがワシら月代組が掲げる仁義ってもんじゃろうが!」
………………あー、参ったなこりゃ。
相変わらずデケーなこの人は、本当に病に侵されてんのかね?どうやらまだまだこの人には、当分敵いそうにもねーな。
…………。
「……つーか痛!?頬の辺りがむちゃくちゃ
ステータス詐欺にも程があるだろ!?
「他でもないお前さんに馬鹿力などと言われてもなぁ……それにワシのこれは腕力だけじゃあねぇ。ちょこっと体の使い方を心得ていれば、こんなジジイの細腕でも岩の一つや二つぐらい砕けるってことじゃよ」
岩砕くような威力で家族ぶん殴ったんかいこのジジイ……。
あの後もう一つだけ親分に頼みごとをし、ある物を預けてから俺は主に六鬼集会を行うための部屋、『上弦の間』へと向かっていた。
緊急召集なんて初めて行うけど、アイツらちゃんと集まるかね?……リュウガとアヤネとマルチェロは普段からここに住んでるから、おそらくもう来ているだろうな。ラムダは普段はアレだがこういうところはきっちりする奴だから、遅かれ早かれちゃんと来るだろうし……。
問題はケティだ。極めていい加減でちゃらんぽらんな性格はもとより、六鬼衆に名を連ねてはいるものの、アイツは月代組に在籍している訳じゃない。こちらから召集をかけてもそれに応じる義務は無いし、仮に六鬼衆の資格を剥奪されたところで動じるような繊細な奴でもない。
「マルチェロを親分から離す訳にはいかねーし、国を相手取るにはケティの力が必要不可欠なんだがな……つーか『六鬼衆』の面子、どいつもこいつも前衛に偏り過ぎだろ」
「それ、あんたが言えた義理かい?」
―…っ!
「……キャロルの姐さん、しつこいようだが毎回毎回いちいち姿と気配消して忍び寄ってくんなよ」
溜め息をつきつつ苦言をぶつけると、偏光魔法を解除したのか突然俺の隣に女性が一人現れた。エメラルドグリーンの髪と眼をした高貴な顔立ちの、尖った耳が特徴的な魔法使いだ。
「しつこいようだけどこの手の悪戯は年寄りの数少ない楽しみなんだから、おいそれと奪おうとしないでよ」
「都合のいいときだけ年寄りぶりやがって……だいたいアンタはハイエルフだから、まだ若手の部類だろーがよ」
「ま、そうなんだろうけどさ」
この人は主にルーン魔術を得意とするアークウィザード、キャロルの姐さん。サイガ親分の奥さんで、かつて六鬼衆『羅刹』についていた凄腕の魔法使いだ。今はケティに『羅刹』の座を譲り冒険者を引退したがその実力は未だ健在で、
種族は見た目通りエルフ、それも極めて希少なハイエルフだ。年齢こそ60を過ぎているが、平均寿命200年以上のハイエルフからすれば若輩もいいところ。親分より年上なのに、二人が並ぶと心なしか犯罪臭がする……いやまあ犯罪臭も何も、親分はかつて国家反逆罪をかけられた正真正銘の無法者なんだけどな。
「久々のビッグイベントが起きるんでしょうけど、ケティちゃんが来ないなら先代『羅刹』の私が代役で出るから、そうやきもきしなさんな」
「マジか、そいつはありがてえ」
ぶっちゃけアイツがおとなしくサポートしてくれるとはあまり期待して無かったんだが、この人が戦線に加わってくれるならむしろケティよりやりやすくなるかも-
「まあケティちゃんならもう来てるんだけどね」
「だったら最初からそう言えや!?ぬか喜びさせやがって!」
この人ほんと性格悪いな!
「というかあなた以外の5人はもう『上弦の間』に集まってるよ。さっさと言ってあげなさいな」
へえ……月代本邸住まいの三人はともかく、ラムダとケティがこんなに早く来るなんてな。来るとしても数日は待たされると思ってたが……つーか俺ビリっけつかよ、あのちゃらんぽらん共に負けたの地味にショックなんだけど……。
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