第2話:ダクネスの覚悟

【sideみんちゃす】


ベルゼルグ王国には、近隣諸国から魔王軍に至るまで非常に広い範囲で恐れられている、安易に敵に回してはいけない5つの勢力が存在する。

一つ目は勇者の末裔、ベルゼルグ王家及び上級貴族達を中心とした王都。その中でも特に第一王子ジャティス率いる国王直属の超少数精鋭騎士団『ロイヤルナイツ』は、魔王軍の進行を食い止める主戦力を担っている、言わばこの国の切り札だ。

二つ目は大魔法使いの集団、天下に名高き我等が紅魔族。(俺を除いた)全員が生まれながらにアークウィザードの資格を有し、たとえ魔王軍幹部だろうが上級悪魔だろうが、単独で紅魔の里に攻め入るのは自殺行為でしかないと広く認知されている。

三つ目は狂信者達の集い、悪名高きアクシズ教団。デストロイヤーの進撃すら無事にやり過ごせると言われているほど逞しく、奴等の本拠地であるアルカンレティアに攻め込めば、王都や紅魔の里とは違った意味で無事では済まないとのこと。

四つ目は俺の実母にして最強の剣士、『白騎士』ダスティネス・フォード・アステリア。……一人だけ個人な時点でアレだが、その上脅威度は下手をすれば他4つすら上回るんだから、我が母ながら正直同じ人間とは思えない。

……そして最後の一つ。

治外法権都市クリアカンを拠点とする武闘派ヤクザ組織……大侠客ツキシロサイガ親分率いる月代組。

そして『六鬼衆』とは月代組創設に携わった六人の強者つわものを起源とする、『宿儺』、『仁王』、『般若』、『修羅』、『羅刹』、『夜叉』の6つの席で構成される、サイガ親分直属の選りすぐりの精鋭。

その内の一席『修羅』を預かる者として、特権階級共の法で裁けない蛮行は断じて許さないし認めない。

「まあそういうわけで……カズマは俺達月代組が匿わせてもらうから、アクセルのクソ領主にはそう伝えとけ」

「馬鹿なっ!?遺憾ながら、確かにクリアカンの住人及び『月代組』の人間は、国の法で罰することはできないと協定で決まってはいるが……それはクリアカン領内のみでの話だ!サトウカズマはそのどちらにも該当しない上に、国家転覆罪の嫌疑がかけられたこいつを庇おうなど、明らかに協定違反だ!貴様、戦争でも引き起こすつもりか……!?」

王国検察官が語気を荒げて抗議をする。まあ確かに、数十年前サイガの親分率いる6人が悪徳貴族共からクリアカンを力づくで乗っ取り、その後の王都との激しい攻防の末、講話条件として結ばせた協定内容を越えた行いではある。 

…………が、

「テメーらが頑なにカズマを連行するっつーなら、それも仕方ねーかもな」

「なっ……!?」

俺も断固として引き下がりはしない。そもそももし仮に権力に屈して仲間を見殺しにしたりすれば、俺が親分に斬り殺されるんだよ。

「しかしこりゃマズいよな。数十年のときを経て、ベルゼルグと『月代組』は再びぶつかり合い、まさに血で血を洗う戦いが巻き起こるって訳だが……さて、果たして今のこの国にウチと争っている余裕は有るのかねー?」

「……っ!?」

王国検察官の顔が真っ青に染まるが無理もない。現在この国は魔王軍と戦争状態(それも拮抗状態)にある訳で、そんな状況で反乱分子の一人二人ならともかく、よりにもよって月代組と内輪揉めなど起きてしまえば、おそらくこの国は魔王軍の侵攻を防ぎきれなくなるだろう。

つまりこの女は、カズマを見逃せばアクセル領主及び王都の連中に睨まれ職を失い、かといってカズマを捕らえようとすればベルセルグ滅亡の発端となってしまうという、絶望的な選択を突き付けられたんだからな。

俺としても月城組アイツらを巻き込みたくはない。できれば国のためを思って引き下がってくれるとありがたいんだが……

「……っ、私はっ!この王国検察官のバッジに従い、己の職務を全うするのみだ!」

……やっぱ無理か。こいつ、見るからに柔軟性皆無のガチガチ堅物人間だろうからな。しかし、どうやら悪意を持ってカズマをぶち込もうとしているわけでも無さそうだ。

……仕方ない、さっさとカズマ達を連れてクリアカンへ向かうか。戦争がどうたらと脅しをかけたが、ベルゼルグの宰相を務めるあの男は頭が切れる。王都陥落のリスクをいち早く察知し、クリアカンへは手出ししないよう圧力をかけるだろう。

その一方で国に喧嘩売った俺達も、アクセルにはもう戻ってこれないだろうが、流石に背に腹は変えられないし-


「待ってくれみんちゃす。この件、私に任せてくれないか?」


そんな俺の頭の中で描いたシナリオをぶっ壊すように、ララティーナが俺と王国検察官の間に割り込んできた。

「…………あ‘’?何寝惚けたこと抜かしてんだテメーは?」

唐突な横槍に、俺の口調も自然に不機嫌なものになる。

「テメーがアクセルから離れたくない、そして王国と対立できねー理由は知っている。……だがそれは、仲間を見捨ててまで固執することか?そうだっつーなら軽蔑はしねーけど失望はするぞ」

「確かに私はこの街を離れる気も、王国と敵対する気も無い。……だが、カズマを見捨てるつもりも毛頭無い。もう一度言うぞ……この件は私に任せてくれ。カズマを罪人になどさせないと約束しよう」

試しにそこそこ本気の殺気をぶつけてみると、余波だけで周りの奴が萎縮する中、ララティーナは眉一つ動かさずにこちらを見据える。普段でも萎縮はしないにしても気色悪い反応するのだが、どうやらその決意は本物のようだ。

「…………本気なんだな?」

「ああ。……む?」

俺は懐から『ちゅーれんぽーと』を取り出しララティーナに放ると、ララティーナはきょとんとした顔つきでそれを受け取る。……決意は本物らしいが、それ相応の覚悟も見せてもらわなきゃな。


「どちらでもいい、そいつで自分自身の片腕を斬り落とせ。そしたらこの件は一先ずはオメーに一任してやる」


「「「「「なっ!?」」」」」

「……」

その場にいるララティーナ以外……カズマ達だけでなく周りの冒険者共、さらには王国検察官及び騎士二人までもが驚愕し絶句する。

「いきなりなに言い出すんだお前は!?う、腕を斬り落とせってお前……!」

「そうですよ!なんですか、アホなんですか!?戦いと鍛練に明け暮れ過ぎて、頭に蛆か何か沸いてしまったんですか!?」

「そうよ!1万歩譲ってカズマならともかく、ダクネスに何の恨みがあるのよ!?そんなグロテスクな光景、女神たる私が断固として許しません!」

この通り仲間達からも非難轟々、他の面子もヤバい奴でも見るような目に。しかし俺はそれらを全部無視して、アクアにある確認を取る。

「なあアクア。冬将軍にバッサリいかれたカズマの首でも直せたんだ、取れた腕直すのなんざ楽勝だろ」

「え?……まあ、できるけど……」

「とのことだ。オメーがカズマの無罪を勝ち取れたら、斬り落とした腕ひっつけてもらえばそれで元通りだ」

「いやいやいや、ダクネスの腕はプラモデルじゃないんだぞ!?」

ぷらもでるとやらが何なのかは知らないが、おそらくカズマは倫理的にまずい的なことを言いたいんだろう。……が、

「残念だがヤクザを引き下がらせてーなら、それ相応の覚悟オトシマエが必要なんだよ。……ま、ビビったんなら別にしなくてもいいぞ。その代わりオメー とっととはすっこんで-」

「私は騎士だ。仲間のために我が身を盾にするなど、至極当然のことだ」

そう言ってララティーナは『ちゅーれんぽーと』の刃を左腕に添える。……おいおい、本気でやるつもりかよ?

「おま、正気か!?」

「何やってんのよダクネス!?早まらないで!」

「そんなことしなくても、みんちゃすは私達が物理的に引き下がらせますから!」

やってみろやコラ。

「すまないな皆。……だが私にも、通さなければならない意地があるんだ!」

カズマ達の静止を振り切りララティーナは躊躇なく『ちゅーれんぽーと』を切り払った。ララティーナの左腕は鮮血をぶちまけながら肘から先が千切れ-




ることはなく、『ちゅーれんぽーと』の刃はララティーナの皮膚一枚すら切ることなく押し留まった。

「「「…………え?」」」

その場の全員が状況に着いていけず唖然とする中、俺はララティーナから『ちゅーれんぽーと』を引ったくり懐にしまう。別にララティーナが直前で臆した訳ではない。

「俺の愛刀には爆発系統魔法への耐性の他にあと一つ能力があってな……俺以外の奴がこいつを振るっても、キュウリ一本すら切れなくなるんだよ」

以前カズマに絡んできた奴の魔剣と似たような性質だ。

「だいたいだなオメーら少しは頭使えや。いくら俺でも仲間にそんなスプラッタな真似させる訳ねーだろーが」

「……今までの傍若無人な言動から考えると、普通にやりそうなんですが」

「「「「「同感」」」」」

「よしテメーらそこ一列に並べ。一人残らずしばき回してやるから」

俺がボキボキと拳を鳴らすと、一同は一斉に目を逸らす。……まあいい。普段ならぶち殺し安定だがこれから忙しくなるし、今日のところは見逃してやるか。

「まあそれはともかく、確かにオメーの覚悟は本物だと伝わった。俺はこれからしばらくアクセルを離れ、オメーがダメだったときのための保険をかけにいく。……俺のこの根回しが徒労になるよう、精々めぐみん達と協力して頑張るんだな」

「……ああ、言われなくてもそのつもりだ」

ふむ……中々の面構えだ。性能と性癖はともかく、志は一端の騎士になってきたじゃないか。

俺が感慨に耽りながら転移魔法の詠唱を始めると、空気の読めない検察官が噛みついてくる。

「ま……待て!貴様のような国への反乱分子を、この私が見逃すとでも-」


「黙れ」


「ひぅ……!」

先程ララティーナに向けたものと違って、全力全開の俺の殺気に全身を震わせて後退りする検察官。

「わかってねーようだから教えてやるけどよ、俺がテメーら逃げるんじゃねー……俺がテメーらを見逃してやるんだよ。そんなこともわからねーから、テメーは行き遅れなんだよばーか」

「っ!?い、行き……!?誰が行き遅れだ-」

「『テレポート』」


去り際の挑発染みた捨て台詞から相手の反論を無視の移動魔法……うむ、実に素晴らしい紅魔の美学だ。

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