第9話:ノーライフキング①

【sideカズマ】


街から外れた丘の上。

そこにはお金の無い人や身寄りの無い人が、まとめて埋葬されている共同墓地がある。

この世界の埋葬方法は土葬。何の捻りもなくそのまんま土に埋めるだけだ。

今回受けたクエストは共同墓場に湧くアンデッドモンスターの討伐。

時刻は夕方に差しかかろうとしている。

俺達は現在、墓場の近くで夜を待つべくキャンプをしていた。

「ちょっとカズマ、その肉は私が目を付けてたヤツよ!ほら、こっちの野菜が焼けてるんだからこっち食べなさいよこっち!」

「みんちゃすも肉ばっか取らないでください。食生活が偏ってると、大きくなれませんよ?」

「大きくなれないも食生活の偏りも、オメーにだけは言われたくねーよ。だいたい俺はこの世で七番目くらいに尊敬しているポチョムキン男爵の『肉こそは正義』の言葉に従い、バーベキューのときは肉オンリーでいくって決めてるんだよ」

「俺、野菜苦手なんだよ。焼いてる最中に飛んだり跳ねたりしないか心配になるから」

墓場からちょっと離れた所で鉄板を敷き、バーベキューをしながら夜を待つ。

モンスター討伐のクエストなのに随分とのんびりした話だが、今回引き受けたのはゾンビメーカーと呼ばれる雑魚モンスターの討伐。

ゾンビを操る悪霊の一種で、自らは質のいい死体に乗り移り、手下代わりに数体のゾンビを操るらしい。

駆け出しの冒険者パーティでも倒せるモンスターだと言うので、これなら鎧の無いダクネスでもあまり危険はないだろうと引き受けた訳だ。

腹が一杯になった俺は、マグカップにコーヒーの粉を入れ、『クリエイト・ウォーター』という魔法で水を注ぎ、マグカップの下を『ティンダー』という火の魔法で炙る。

キャベツ狩りで仲良くなった魔法使いに教えてもらった初級魔法だ。

ティンダーは名前の通り着火に使う魔法で、殺傷能力はハッキリ言って無いが、ライター代わりに重宝している。

そんな俺を見て、めぐみんが複雑そうな表情で自分のコップを差し出した。

「……すみません、私にもお水ください。って言うかカズマ、何気に私より魔法を使いこなしていますね。初級魔法なんてほとんど誰も使わないものなんですが、カズマを見てるとなんか便利そうです」

俺はめぐみんのコップにクリエイトウォーターを唱えてやる。

「いや、元々そういった使い方するもんじゃないのか?初級魔法って。あ、そうそう。『クリエイト・アース』!……なあ、これって何に使う魔法なんだ?」

俺は手の平に出した粉状のサラサラした土をめぐみんに見せた。初級魔法の内、この土属性の魔法だけが使い道が分からない。

「……えっと、その魔法で出来た土は、畑などに使用すると良い作物が取れるそうです。……それだけです」

「間違っても戦闘に使う魔法じゃねーな、うん」

紅魔族ちびっ子コンビの説明を聞き、隣でアクアが吹き出した。

「何々、カズマさん畑作るんですか!農家に転向っすか!土も作れるしクリエイト・ウォーターで水も撒ける!カズマさん、天職じゃないですか、やだー!プークスクス!」

俺は右手の手の平に乗った土をアクアに向け、左手を構えた。

「『ウインドブレス』!」

「ぶああああっ!?ぎゃー!目が、目があああああっ!」

突風で吹き飛ばされた土がアクアの顔面を直撃し、目に砂ぼこりが入った女神(笑)は某ラピュタ王みたいな悲鳴を上げながら、地面を転がり回っている。

「……なるほど、こうやって使う魔法か」

「違いますよ!普通はそんな使い方しません!ってか、なんで初級魔法を魔法使い以上に器用に使いこなしてるんですか!?」

「ふむ、中々柔軟な発想力だな。フロンティアスピリッツの兆しを感じる」

前々から思ってたけど、フロンティアスピリッツってなんなんだよ。






「……冷えてきたわね。ねえカズマ、受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?……私、そんな小物じゃなくて大物のアンデッドが出そうな予感がするんだけれど」

「……俺も何か嫌な予感がする。警戒を怠るなよオメーら」

月が昇り、時刻は深夜を回った頃。

アクアとみんちゃすがそんな事をぽつりと言った。

「……おい、そういった事言うなよお前ら。それがフラグになったらどうすんだ。今日はゾンビメーカーを一体討伐。そして取り巻きのゾンビもちゃんと土にかえしてやる。そしてとっとと帰って馬小屋で寝る。計画以外のイレギュラーな事が起こったら即刻帰る。いいな?」

俺の言葉にパーティメンバーがこくりと頷く。

時刻もそろそら頃合だった。

クリスから教わった敵感知を持つ俺を先頭、パーティー最強のみんちゃすを一番危険な最後尾に配置し、俺達は墓場へと歩いていく。

二人の言った一言が気になるが、片方は普段からロクでも無い事ばかり口走っている駄女神、もう片方はめぐみんと同じくやたらと話を大きくしたがる中二病種族。あまり気に掛ける事もないだろう。

……無いはずだ。

………………ん?

「敵感知に引っかかったな。居るぞ、一匹、二匹……三匹……四匹……」

……あれ、多いな?

ゾンビメーカーって、取り巻きのゾンビはせいぜい二、三匹って聞いてたんだが。

まあこの程度なら誤差の範囲……。

そんな事を考えていると、墓場の中央で青白い光が走った。

……何だ?

それは、妖しくも幻想的な青い光。

遠くに見えるその青い光は、大きな丸い魔法陣。そのには、黒いローブの人影が居た。

「……マジかよ」

みんちゃすが目を見開いて呻く。 

「あれ。ゾンビメーカー……じゃない気がするんですが……」

めぐみんが自信無さ気に呟いた。

その黒いローブの周りには、ユラユラと蠢く人影が数体見える。

「突っ込むか?ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間に墓場に居る以上、アンデッドには違いないだろう。なら、アクアがいれば問題無い」

ダクネスが大剣を胸に抱えたままソワソワしているが、それをみんちゃすが手で制す。

「待てポンコツ騎士。……カズマ、ハッキリ言ってアレはヤバ過ぎる。俺としては撤退を提案するぜ」 

よく見るとみんちゃすの頬にはじんわりと冷や汗が伝っている。いつものほほんとしているこいつがここまで警戒するような相手に、駆け出しの俺達が敵う筈もない。……仕方ない、クエスト失敗になるがここは撤退を……

その時、アクアがとんでもない行動に出た。


「あ――――――――っ!!」


突如叫んだアクアは、何を思ったのか立ち上がり、そのままローブの人影に向かって走り出す……って何考えてんだこのバカ!?

「ちょっ! おい待て!」

俺の制止も聞かずに飛び出していったアクアはローブの人影に駆け寄ると、ビシッとその人影を指差した。

「リッチーがノコノコこんな所に現れるとは不届きなっ!この私が成敗してやるわっ!」


リッチー。


それは最メジャーアンデッドモンスター、ヴァンパイアと並ぶアンデットの最高峰。

魔法を極めた大魔法使いが、魔道の奥義により人の身体を捨て去った、ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王。

強い未練や恨みで自然にアンデッドになってしまったモンスターとは違い、自らの意思で自然の摂理を捻じ曲げ神の敵対者になった存在。

そんなエンディング後の隠しダンジョンにいるようか、超大物のボスモンスターが…


「や、やめやめ、やめてええええええ!誰なんですか!?いきなり現れて、なんで私の魔法陣を壊そうとするんですか!?やめて!やめてください!」

「うっさい、黙りなさいアンデッド!どうせこの妖しげな魔法陣でロクでもない事企んでるんでしょ!なによ、こんな物!こんな物!!」


ぐりぐりと魔法陣を踏みにじるアクアの腰に、泣きながらしがみつき、くい止めていた。

リッチー(?)の取り巻きのゾンビみたいなアンデッド達は、そんな揉み合う二人を止めるでもなくボーっと眺めている。

 ……えっと、どうしよう。

とりあえず、ゾンビメーカーではなさそうだが。

アクアは絡んでいる相手をリッチーだとか言い張っているが…

「……シュール過ぎる」

みんちゃすの言う通り、リッチーがチンピラに因縁付けられてるイジメられっ子にしか見えない。

「やめてー!やめてー!!この魔法陣は、未だ成仏できない迷える魂達を、天に還してあげる為の物です!ほら、たくさんの魂達が魔法陣から空に昇って行くでしょう!?」

リッチーの言う通り、どこから集まってきたのか、青白い人魂の様な物がふよふよと魔法陣に入ると、そのまま魔法陣の青い光と共に、天へと吸い込まれていく。

「リッチーのクセに生意気よ!そんな善行はアークプリーストのこの私がやるから、あんたは引っ込んでなさい!見てなさい……そんなちんたらやってないで、この共同墓地ごとまとめて浄化してあげるわ!」

「ええっ!?ちょ、やめっ-」

慌てるリッチーを無視して、アクアが手を広げ大声で叫んだ。

「『ターンアンデッド』!」

墓場全体がアクアを中心に白い光に包まれた。

アクアから湧き出すように溢れるその光は、リッチーの取り巻きのゾンビ達に触れるや否や、ゾンビ達が掻き消える様にその存在を消失させる。

リッチーの作った魔法陣の上に集まっていた人魂も、アクアの放った光を浴びていなくなった。

その光はもちろんリッチーにも及び……。

「きゃぁぁあああ!?か、身体が消えるっ!?止めて止めて、私の身体が無くなっちゃう!成仏しちゃうっ!天に昇っちゃう!」

「あはははははは、愚かなるリッチーよ!自然の摂理に反する存在、神の意に背くアンデットよ!さあ、私の力で欠片も残さず消滅するがいい-」 

「おい、やめてやれ」

「チンピラかオメーは」

アクアの背後に立っていた俺とみんちゃすは、後頭部を拳骨と剣の柄でごすっと小突いた。

「ッ!?い、痛、痛いじゃないの!あんた達何してくれてんのよいきなり!」

後頭部を強打され集中を途切れさせたのか、白い光を放つのをやめ、頭を押さえながら涙目で俺達に食って掛かる。

ダクネスとめぐみんもやってきた所で、俺は掴みかかるアクアをみんちゃすに任せて、震えながらうずくまるリッチーに声を掛けた。

「お、おい大丈夫か?えっと、リッチー……でいいのか?あんた」

よく見るとリッチーの足元が半透明になっており、軽く消えかかっている。

やがて徐々に、半透明になっていた足がくっきり見える様に戻り、涙目のリッチーはフラフラしながら立ち上がった。

「だ、だ、だ、大丈夫です……。あ、危ない所を助けて頂き、ありがとうございました……っ!えっと、おっしゃる通り、リッチーです。リッチーのウィズと申します」

言って目深まぶかに被っていたフードをはねのけると、現れたのは月明かりに照らされた二十歳位の人間にしか見えな、茶髪の美女だった。

リッチーってからには骸骨みたいなのを想像してたんだが。

ウィズは黒いローブとマントをはおり、さながら悪の魔法使いといった格好だ。……いや、リッチーなら悪の魔法使いでいいのか?

「ふぎゃっ!?」  

「ウィズ?……もしかして、『氷の魔女』ウィズか?凄腕アークウィザードで有名だった」

ウィズという名前に反応したみんちゃすは、掴みかかっていたアクアをその辺に投げ捨てて、リッチーのことをまじまじと見た。

「えっと……そのウィズです……」

『氷の魔女』という通り名が恥ずかしいのか、顔を伏せて呟くように肯定した。

へぇ、元冒険者なのかこの人……もといこのリッチー。

「えっと……。ウィズ?あんた、こんな墓場で何してるんだ?魂を天に還すとか言ってたけど……アクアじゃないが、リッチーのあんたがやる事じゃないんじゃないのか?」

「ちょっとカズマ!こんな腐ったみかんみたいなのと喋ったら、あなたまでアンデッドが移るわよ!ちょっとそいつに、ターンアンデッド掛けさせなさい!」

「話が進まねーからオメーちょっと向こう行ってろ、夜叉乾坤一擲」

「わきゃぁあああっ!?」

俺の言葉にアクアがいきり立ちウィズに魔法を掛けようとするが、話の腰を折られてイラついたみんちゃすに遠くまで投げ飛ばされた。

ウィズはというと困った様な顔をしながら、

「そ、その……。私は見ての通りのリッチー、ノーライフキングなんてやってます」

見ての通りとは言うが、どう見てもそんな大層なモンスターには見えない。

「それで、アンデッドの王なんて呼ばれてるくらいですから、私には迷える魂達の話が聞けるんです。この共同墓地の魂の多くはお金が無いためロクに葬式すらしてもらえず、天に還る事なく毎晩墓場を彷徨さまよっています。それで、一応はアンデッドの王な私としては、定期的にこの墓場を訪れ、天に還りたがっている子達を送ってあげているんです」

……ほろりときた。

いい子だ。というかいいリッチーだ。

店の店員とかを除くと、おそらく俺がこの世界に来て初めて出会った善良な人だ。

いや、人間ではないのだが。

「それは立派な事だし善い行いだとは思うんだが……。アクアじゃないが、そんな事はこの街のプリーストとかに任せておけばいいんじゃないか?」

「カズマ、そりゃ無理な相談だ。この町のプリーストはどっか誰かさんみてーに、金儲け優先の拝金主義者ばっかりだからなー。1エリスの得にもならねー共同墓地の供養なんざ誰もしねーよ。……だろ?」  

「え……、えと、そ、そうです……」

その場のにいる全員の無言の視線が戻ってきていたアクアに集まる中、当の本人はばつが悪そうにそっと目を逸らす。

「それならまあしょうがない。でも、ゾンビを呼び起こすのはどうにかならないのか?俺達がここに来たのって、ゾンビメーカーを討伐してくれってクエストを受けたからなんだが」

俺の言葉に、ウィズは困った表情を浮かべ。

「あ……そうでしたか……。その、呼び起こしている訳じゃなく、私がここに来ると、まだ形が残っている死体は私の魔力で勝手に目覚めちゃうんです。……その、私としてはこの墓場に埋葬される人達が、迷わず天に還ってくれればここに来る理由も無くなるんですが……。…………えっと、どうしましょうか?」

「ふーん……そういうことなら、ちょうど俺に良い案があるぜ」

心なしか楽しそうな表情でみんちゃすが前に出た。……あれ、なんだろう?何故だか知らんが、とんでもなく嫌な予感がするんだが。


「今ここで俺と戦え!」


それのどこが良い案だ!?

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