第6話:真っ当な冒険(前編)

【sideカズマ】


ゴブリン。

こことは別の世界ではこいつらを狩ることに生涯を捧げる奴までいるという噂もある、メジャー中のメジャー雑魚モンスター。まさに雑魚モンスターの中の雑魚モンスターだ。

個体の力はそれほどでは無いが、基本的に群れで行動し武器を使う。野性の亜人種らしく動きは速く、小柄ながら凶暴で、人や家畜を襲うため民間人にとっては割と危険な存在だ。

 普通は森などに住むらしいが、隣街へと続く山道になぜかゴブリンが住み着いたとのこと。

俺達はそいつらを討伐すべく、山へ向かう途中の草原をのんびりと歩いていた。

「しっかし、なんでこんな所に住み着くかなゴブリンは。……まあおかげでゴブリン討伐なんて滅多に無い、美味しい仕事が出てきた訳だけどさ!」

ゴブリン一匹で二万エリス。

ゴブリンがどの程度の強さなのかは知らないが、リーンが美味しい仕事と言うからにはそうなのだろう。

俺は三人の後を荷物を背負ってくっついているだけで分け前が貰える。

こんなに緊張感も無い楽な仕事は始めてかも知れない。普段なら道中であの三馬鹿が何か揉め事か厄介事を起こしたものだが、今日は何の問題も無く目的地の山に着いた。

山と言っても日本の緑豊かな山ではなく、山の殆どを茶色い岩肌が占めた禿山だ。

確かに……こんな自然の恵みが少ない不毛な所に、なんでゴブリンが引っ越してきたんだ……?

テイラーが足を止め、地図を広げる。

「ゴブリンが目撃されたのはこの山道を天辺まで登り、やがてちょっと下った所らしい。山道の脇にゴブリンが住みやすそうな洞窟でもあるのかも知れない。ここからはちょっと気を引き締めてくれ」

そんなテイラーの指示に俺は軽い感動を覚えていた。


これだ、これだよ……こんなやり取りが冒険者ってもんだよ……!


敵のど真ん中に突っ込みたいとか、何となく爆裂魔法唱えたいとか、早く帰ってお酒飲みたいとか、雑魚なんざ興味も無いし警戒も相手にもしないとか、そんな会話明らかにおかしいだろうよ。

全員が視線を合わせ無言でコクリと頷く。

山道は完全な一本道で、険しい岩肌の山の間を細い道が這う様に伸びていた。

パーティー全員が横に並んで歩ける程度の広さの道だが、道の片方には壁の様な岩肌が立ちはだかり反対側は崖になっている。

そのまま無言で山道を登っていると、敵感知スキルに反応があった。

「何か山道をこっちに向かって来てるぞ。敵感知に引っかかった。……でも一体だけだな」

ゴブリンは群れで行動するんじゃなかったか?……と、俺の言葉に三人が驚いた様に振り向いた。

「カズマ、お前敵感知なんてスキル持ってるのか?というか、一体だと?それはゴブリンじゃないな。こんな所に一体で行動する強いモンスターなどいないはずだが……。山道は一本道だ。そこの茂みに隠れた所で、すぐ見つかっちまうだろう。……迎え撃つか?」

テイラーが言ってくるが、

「いや、茂みに隠れても多分見つからないぞ。潜伏スキルを持ってるから。このスキルは、スキル使用者に触れてるパーティーメンバーにも効果がある。せっかく都合よく茂みがあるんだし、とりあえず隠れとくか?」

俺の言葉に三人が驚きながらも、特に反対すること無く茂みに隠れた。流石にベテランの冒険者パーティだ、相手の強さが未知数の場合は戦いを避けるに越したことは無い。用心深いのは恥ずべき事じゃない、用心を怠って死ぬ奴が恥ずかしいのだ。

これがいつもの俺の仲間達なら……ああうん、みんちゃすが捩じ伏せて終わりか……。

しかしあんな人間の枠組みから外れかかってる奴を参考にしたら、命がいくつあっても足りない。

茂みに隠れながらそんなことを思ってると、


ソレは来た。 


一言で言えば、猫科の猛獣。

虎やライオンをも越える大きさのそいつは、全身が黒い体毛で覆われ、サーベルタイガーみたいな大きな二本の牙を生やしていた。なんというか、「俺様はそんじょそこらの雑魚モンスターとは格が違うよ?」と外見だけで物語っていた。

そいつは俺達がさっきまでいた山道の地面を、クンクンと神経質に嗅いでいる。リーンがその姿を見て、慌てて自分の口元を押さえた。恐怖で悲鳴でも上げそうになったのかも知れない。潜伏スキルを発動中の俺に触れる三人の手が若干汗ばみ、緊張の為か力が入る。この三人がこれだけ緊張するという事は、やはり危険なモンスターのようだ。あの見た目で危険じゃない方がおかしいが。

そいつはしばらく辺りを嗅ぐと、やがて俺達が登ってきた街へと向かう道へ消えていった。

「……ぶはーっ!ここここ、怖かったあああっ!初心者殺し!初心者殺しだよっ!」

「し、心臓止まるかと思った!た、助かった……。あれだ、ゴブリンがこんなに街に近い山道に引っ越してきたのは、初心者殺しに追われたからだ」

「あ、ああ……。しかし、厄介だな。よりによって帰り道の方に向かって行ったぞ。これじゃ街に逃げ帰る事もできないな」

三人が、口々にそう言ってくる。

「えっと……さっきのヤツってやっぱりヤバいのか?」

俺の言葉に三人が、信じられない物を見るかの様な目で見つめてきた。知らないものはしょうがないだろ、ルーキーだもの。

「初心者殺し……あいつはゴブリンやコボルトといった駆け出し冒険者にとって美味しいと言われる、比較的弱いモンスターのそばをウロウロして、それを討伐しに来た弱い冒険者を狩るんだよ。しかもゴブリンが定住しない様に、群れを定期的に追いやり狩場を変える……狡猾で危険度の高いモンスターだ」

「なにそれこわい」

すごいな、モンスターですらそんな知恵を持つご時世とか……爪を煎じてアクアにでも飲ませてやりたいとこだ。

「とりあえず、ゴブリン討伐を済ませるか? 初心者殺しはエサとなるゴブリン達を外敵から守るモンスターだ。ゴブリンを討伐して山道の茂みに隠れていれば、俺達が倒したゴブリンの血の臭いを嗅ぎつけて、さっきみたいに俺達を通り過ぎてそっちに向かってくれるかもしれない。近づいてくればカズマの敵感知で分かるだろうし、帰ってくるかどうかも分からない初心者殺しを待って、何時までもここで隠れてる訳にもいかない。まずは目的地へと向かうとしよう」

テイラーの提案に俺達は茂みから出る。

……と、リーンが俺の背負っていた荷物の一部を手に取ると、

「もし初心者殺しに会ったら、皆で逃げる時カズマも身軽な方がいいからね。あたしも持つよ。……そ、その代わり、潜伏と敵感知スキル、頼りにしてるよ?」

自分の分の荷物を持ちながら、おどおどと言ってきた。そのリーンの言葉にテイラーとキースも俺の背中から荷物を取る。

「「べ、別に、俺達はカズマを頼りきってる訳じゃないからな?」」

おっと、誰得なツンデレを頂きました。

……しかし潜伏スキルはともかく、敵感知スキル大活躍だな。いつものパーティーだと素で俺より高い精度で感知できる理不尽みんちゃすがいるから、半ば死にスキルになりつつあるんだが。




初心者殺しが引き返してくる気配も無く、俺達がてくてくと山道を登っていると、テイラーの持つ地図の通り山道が下り坂になる地点に出た。ゴブリンが目撃されたのはこの辺りらしい。

テイラーがこちらを振り返った。

「カズマ、どうだ?敵感知には反応あるか?」

ええありますとも。それもたくさん。

「この山道を下っていった先の角を曲がると、いっぱいいるな。俺達が登ってきた方の初心者殺しが近づいてくる気配は今の所無いな」

しかし本当に気配が多いな。十やそこらじゃない……というか多!?あまりにも多過ぎてちょっと数えられない。

「いっぱいいるってのならゴブリンだな。ゴブリンは群れるもんだ」

気軽に言ってくるキースに、

「いや、俺はゴブリンと戦った事が無いから知らないけど、こんなに多いものなのか?普通はどのくらいの数で群れるんだ?探知できているだけでも、ちょっと数え切れないぞこれ」

若干不安に思いながらも俺は尋ねた。

そんな俺の様子にリーンも不安になったのか、

「ね、ねえ。そんなに居るの?カズマがこう言ってるんだし、ちょっと何匹いるのかこっそり様子をうかがって、数えてから…………」

リーンがそこまで言いかけた時だった。

「大丈夫大丈夫!カズマばかりに活躍されてちゃたまんねえ!おっし、行くぜ!」

叫ぶと同時、ゴブリンが居るであろう下り坂の角から飛び出すキース。

それに続いてテイラーも飛び出して、二人同時に叫んでいた。


「「ちょっ、多っ!?」」


叫ぶ二人に続き、俺とリーンも角を曲がる。

そこには三十やそこらはくだらない、ゴブリンの群れが居た。

みんちゃすよりさらに頭一つ分小さい程度の身長しかないが、その殆どが武器を持ち、まっすぐこちらを向いている。

これはちょっとした脅威だ。

それを見て、引きつった顔でリーンが叫ぶ。

「言ったじゃん!だから言ったじゃん!あたし、こっそり数を数えた方がいいって言ったじゃん!!」

泣き声を上げるリーンと、そしてアーチャーのキースを後ろに庇う形で、山道の角の部分にテイラーが前に出た。

「ゴブリンなんて普通は多くても十匹ぐらいだろ!ちくしょう、このまま逃げたって初心者殺しと出くわして、挟み撃ちになる可能性が高い!やるぞ!」

テイラーが叫び、リーンとキースが悲壮感を漂わせた顔で攻撃の準備を始めた。

それを見てゴブリン達が、奇声を上げてこちらに向かって山道を駆け上がってきた!

ここは山道で、道の片方は崖となっている。

「ギギャッ! キー、キーッ!」

そして俺達は今、坂の上に陣取っている。

「痛えっ!ちくしょう、矢を食らったっ!おいっ!弓構えてるゴブリンがいるぞ!リーン、風の防御魔法を!」

「リーンが詠唱してるが間に合わねえっ!全員、何とかかわせえっ!」

テイラーとキースが叫ぶ中、

「『ウインドブレス』ッ!」

俺が咄嗟に叫んだ初級風魔法が、俺達に飛び来る矢を吹き散らした。

「カ、カズマっ!で、でかしたっ!」

テイラーが盾を構えて俺の隣で叫ぶ中、リーンの魔法が完成したらしい。

「『ウインドカーテン』!」

 それと同時に、俺達四人の周りに渦巻く風が吹き出した。

そう、これこそが魔法だ!

一回こっきりのオーバーキルだったり、魔法とは名ばかりでやたらと物理的で暴力的だったりりしない、こういうのがちゃんとした魔法使いの支援魔法ってヤツだ!

きっと、矢を逸らすとかなんかしてくれる魔法なんだろう。

こういうのが本物の魔法使いかと感動しながら、俺は大声で叫んでいた。

「こんな地形では、この手が効くだろ!『クリエイト・ウォーター』ッッ!」

俺は初級水魔法を唱え、大量の魔力を注いで広範囲に水を生成した。

テイラーが立ち塞がる前の坂道にぶちまける様に。

「カズマ!?一体何やって……」

俺の十八番を見せてやる! 


「『フリーズ』ッ!」

「「「おおっ!!」」」


ゴブリン達の足元が一面の氷で覆われた。ゴブリン達は簡単に氷に足を取られ、あちこちで盛大にすっ転んでいる。

モタモタと上って来た、氷の上でプルプルと踏ん張っている不安定な体勢のゴブリンを、しっかりと乾いた地面を踏みしめながら、テイラー危なげなく切り捨てた。

この状況なら傷を負わされる事も無いだろう。

俺は剣を引き抜くと、テイラーの隣に並び立ち……!

「テイラー!この足場の悪い中、それでも上って来るゴブリンは二人でしばこうぜ!上って来ないゴブリンは、遠距離攻撃ができる後ろの二人に任せた!」

パーティーメンバー達との連携に軽い感動を覚えながら、俺は嬉々として呼びかける。

「でっ、でかしたカズマ!おいお前ら、やっちまえ!この状況ならどれだけ数がいたって関係ないぞ、ゴブリンなんてやっちまえ!」

「うひゃひゃひゃ、なんだこれ、楽勝じゃねーか!蜂の巣にしてやるよ!」

「いくよ!強力な魔法、ど真ん中に撃ち込むよーっ!」

なぜかやたらと高いテンションで、俺達はゴブリンの群れを迎え撃った! 




ゴブリンの群れを討伐した帰り道。

「……くっくっ、あ、あんな魔法の使い方、聞いた事もねえよ!何で初級魔法が一番活躍してるんだよ!」

「ほんとだよー!あたし、魔法学院で初級魔法なんて、取るだけスキルポイントの無駄だって教わったのに!ふふっ、ふふふっ、そ、それが何あれ!」

「うひゃひゃひゃ、や、やべえ、こんな楽なゴブリン退治は初めてだぜ! いや、俺はあのゴブリンの群れを見た時終わったと思ったね!」

俺達は山道を街へ向かって帰りながら、先ほどの戦闘を振り返っていた。

口々に先ほどの戦闘の話題で盛り上がる、いまだにテンションの下がらない三人に、

「おい、戦闘終わったんだから荷物よこせよ。最弱職の冒険者は荷物持ちが基本だろ?」

口元をにやけさせた俺の軽い皮肉に。

「ちょっ、悪かった、いやほんとに悪かったよカズマ、謝るよ!これからは冒険者だからってバカにしねえ!」

「ご、ごめんねカズマ!てか、なんで最弱職って呼ばれてる冒険者が一番活躍してるのさ! おかしいよ!」

「おいカズマ、荷物よこせ!MVPなんだから、お前の荷物も持ってやるよ!」 途端に慌てた三人に、俺は思わず吹き出した。吹き出した俺を見て、冗談だと気付いた三人も笑い出す。

ああ、いいなあ。

馬鹿な仲間の奇行にやきもきされられたり、チート過ぎる仲間に頼ってヌルゲー化するのでもない、程よい緊張感とそれを乗り越えたときの達成感。

これこそが冒険って感じだ。

「つっ……。いてて……」

テイラーが腕を押さえて顔をしかめた。

先程の戦闘で矢を受けたテイラーが、刺さったままだった矢を引き抜いた。

「おい、大丈夫か?回復魔法をこの場で習得してもいいんだけど、消毒薬とかが無いなら、街に帰るまで傷口は塞がない方がいいよな。街に帰ったら、傷を洗って消毒しようぜ」

テイラーに何気なく言った俺の言葉に、リーンとキースがなぜか喉をゴクリと鳴らした。

「カズマ、か、回復魔法まで習得できるの……?」

「回復魔法……。つ、ついに俺達のパーティにも回復魔法が使えるメンバーが……」

何か言いかけた二人の言葉を、テイラーが遮った。

「おい止めろ、カズマにはちゃんと帰る場所があるんだぞ。上級職ばかりのパーティがな。……ったく、なぜ最弱職のカズマが上級職ばかりのパーティでリーダーなんてやってるのかが、良く分かったよ」

テイラーは、そんな事を言いながら俺に笑いかけた。

俺は、自分がなぜあのパーティで問題児達の子守をしなければいけないのかが未だに分からないのだが、テイラーには良く分かったらしい。

今度、ぜひ教えてもらおう。

俺達は山から降り、街へと広がる草原地帯に足を踏み入れる。


そして、思い出した。


俺達はあまりにゴブリン狩りが上手くいきすぎていて、もっと注意を払わなければいけない存在がいた事を。

「あれ?何かが、凄い勢いでこっちに何か向かってきてないか?」

流石はアーチャー、視力が飛び抜けていいのだろう。ソレに最初に気付いたのはキースだった。

続いて俺も敵感知によりソレに気付く。

夕暮れの草原地帯のど真ん中にいる俺達に向け、駆けて来る黒い獣に。



「「「「し……初心者殺しだあああああああ!?」」」」



脳内で『呂布のテーマ』が流れ出すと同時に、俺は他の三人と共に一斉に街へ向かって駆け出した。

 

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