第7話:紅と蒼の瞳⑦

【sideめぐみん】


「めぐみん!分かってるわね!?」

朝からなぜそんなにテンションが高いのか、今日も教室に着くと同時にゆんゆんに絡まれた。机に座って眠そうに頬杖をついているみんちゃすの、「毎度毎度こいつも懲りねーな…」とでも言いたげな呆れ顔にもまるで動じてないあたり、この子は意外とメンタルが強いのかもしれない。

「分かってますよ、朝ごはんの時間ですね。ついでにこの子の食事もお願いします」

「朝ごはんの時間ってなによ!?毎日、どうして私が負けるのが前提で……えっ、この子って、クロちゃんの分?クロちゃんのごはんも私が用意するの!?」

ゆんゆんが朝からテンション高く叫ぶ中、私は自分の肩にへばりついていたクロを、これ見よがしに抱え上げた。

「嫌なら別に構いませんが。ただ我が家はあまり裕福な方ではないので、受け入れられないと言うのならばこの子は飢える事に……」

「分かったわ!分かったわよ、その子の分もごはんをあげればいいんでしょう!?で、でも、それはあくまでめぐみんが勝ってからだからね!?それに、その子の分までごはんを用意しろって言うのなら、今日の勝負内容は私に決めさせてもらうわよ!」

「いいですよ」

「それが嫌だって言うのなら…………えっ?いいの?」

驚きの表情を浮かべるゆんゆんに、私はもう一度告げる。

「いいですよ。勝負内容はゆんゆんが決めてくれて構いません」

「……ッ!」

私のその言葉にゆんゆんは、パアッと顔を輝かせて小さくガッツポーズを取る。そして、途端にハッと表情を引き締める。

「勝負は一回こっきりだからね?勝負内容を決められるのは三回勝負の内の最初の一回だけだとか言い出さないでよね!?」

「言いませんよそんな事、私をなんだと思っているのですか」

「オメーそれやったじゃねーか……二週間ほど前に」

みんちゃすの指摘は無視する。

だがゆんゆんは未だ疑わしそうに、

「今負けたのは本物の我ではない。今のは我の仮の姿。この後の第二形態に勝ってこそ、真にゆんゆんの勝ちと言えるだろう……なんて、もう言わないわよね?」

「ゆんゆんあなた……あんな昔の事をまだ覚えていたのですか?」

「1ヶ月前は昔ってほど昔じゃねーだろ……」

無視ったら無視。

「ちなみに私には第四形態までありますが、今日は一度でも勝てばその場で負けを認めてあげますよ」

それを聞き、今度こそゆんゆんは安心したようにホッと息を吐いた。

「じゃっ……、じゃあ!勝負は腕相撲!これなら貧弱なめぐみんには負けないわ!」

「うわせっこ。そこまでして勝ちが欲しいか」 

「みんちゃすちょっと黙ってて」

ゆんゆんは自分の机の上に腕を置き、袖をまくり上げて自信たっぷりな笑みを浮かべた。抱えていたクロをゆんゆんの視界に入るように机の隅に置き、私も袖をまくって腕を置いた。そのまま手を合わせてしっかり握ると、そんな騒ぎに興味を持ったのか眼帯をつけた長身のクラスメイト、あるえが近づいてくる。

「あるえ、ちょうどいいです。審判をお願いします」

「……ふむ、いいだろう。我が魔眼の前には何人たりとも不正は通らず」

「イカサマしたら指切り落とすから」

「「えぇっ!?」」

ペナルティ重っ!?

雑に扱われたこと根に持ってるのだろうか……。

「それでは、両者、構えて……!」

私の頼みに、あるえは身につけていた眼帯を大仰に外すと床の上に正座する。

「ところでゆんゆん。今回は私が勝ったら私とクロ吉の分のごはんをもらう訳ですが、今日も私はスキルアップポーションを持っていません。あなたが勝った際には何を要求するのですか?」

「えっ!?わ、私の要求!?そ、そっか、そうよね……。それじゃあその……。い、一緒に……。明日の朝から、私と一緒に、学校へ……!」

床に正座したまま机の上に顎を乗せ、机の端に両手をかけたあるえが叫んだ。

「ファイッ!」

「そおいっ!」

「えっ?あああああっ!待って!くうううう!」

あるえの不意討ちの開始の声と共に一気に勝負を決めに入るが、ゆんゆんはギリギリで持ち堪えた。体格的には私よりも上のゆんゆんは、そのままジリジリと押し戻していく。

不意討ちが効かなかった以上、かくなる上は……!

「くっ……。このままでは、今日の朝はごはんは抜きですか……。ゆんゆんのお弁当は美味しいので、毎日のささやかな楽しみだったのですが……」

「!?そ、そんな事言ってもダメだからね!?今日こそはめぐみんに勝つの!そして、紅魔族随一の天才の肩書きは私がもらうわ!族長の娘ゆんゆんじゃなく、それ以外の肩書きを……!」

どうやらゆんゆんは、族長の娘ということで特別扱いされている事を気にしていたらしい。私に毎日突っかかってくるのは、単に私以外に構ってもらえる相手がいないだけかと思っていた。


だが、紅魔族随一の天才という肩書きだけは譲れない……!


「くっ、このままでは、私はおろかクロ助までもが食事にありつけなくなります……!貧しい我が家ではクロ太郎の食事までは手が回らないのです。大切なクロ平のためにも、負けるわけには参りません……!」

「えっ!そ、それは……。ていうか、大切とか言いながらクロちゃんの名前が細かく変わってるじゃない!ダシに使ってるだけなんでしょ!?私の良心につけ込もうとしているだけなんでしょ!?」

良心を刺激されゆんゆんの力が抜けて膠着状態になる中で、あるえが真剣な表情で。

「膠着状態!残り制限時間は三十秒!この時間内に決着がつかなければ二人は死ぬ!」

「「ええっ!?」」

「この俺の手によって」 

「えええええっ!?!?」

突然そんな自分ルールを追加したあるえと、それにノリで便乗したみんちゃすに戸惑っていると、クロが机の上を歩きゆんゆんの傍に寄る。そして私と拮抗して腕を震わせているゆんゆんの手をクンクン嗅いで甘えだした。

「や、やめてクロちゃん、私が勝ってもクロちゃんのごはんぐらいはあげるから……!そんな仕草を見せないで」

「ペットの物は飼い主の物!私の分のごはんが無ければクロのごはんを取り上げると知るがいいです!」

「卑怯者ー!」

「ウィナー、めぐみん!」

「いい加減学習しろよゆんゆん……」

あるえが私の右腕を上げ宣言した。





「先日、里のニート……手の空いていた勇敢なる者達を引き連れ、里周辺のモンスターを駆除した事は知っているな?おかげで現在、里の周りには強いモンスターがいない。弱いモンスターはあえて残してもらって、危険なものだけを駆除してもらった。今日の授業は野外での実戦だ。比較的安全になった里周辺で、我が紅魔族に伝わる養殖と呼ばれるレベル上げ方法を使って全員のレベルの底上げをする。という訳で校庭に集合する事!あと、三人グループを四つとペアを二つ作っておくように!以上だ!」

出欠を取り終えた後、担任は今日の予定を告げて出て行く。と、教室内が賑やかになった。

クラスメイト達が好きな者同士で寄り集まっていく中、ゆんゆんが自分の席に座ったまま私や、机に寝そべって夢の世界へ旅立っているみんちゃすの方をチラチラ見る。

「なんですか?自称私のライバルのゆんゆん」

「自称!?いや、その……そうだけど……。……グループ作りだってさ」

「そうですね。グループだそうですね。それが何か?」

突き放した言い方をしてみると、目に見えてオロオロしだすゆんゆん。


……まったく。


相変わらず一緒に組みたいと自分から素直に言い出せないらしい。まあごはんももらった事だし、ここは自分から-

「めぐみん。組む人がいないなら私とどうだい?」

自分の方から誘おうとしていると、いつの間にか近くにいたあるえが声を掛けてきた。確か三人グループでも良かったはずだ。弱らせた雑魚モンスターの討伐なんて授業など、みんちゃすのことだからほぼ確実にサボるだろうし、ここは…

「いいですよ。一緒に組みましょうか」

「!?」

隣ではゆんゆんが、そんなやり取りを見ていよいよ困ったようにソワソワしだした。そんなゆんゆんを、私とあるえがなんとなく見る。

ゆんゆんは、やがてこちらに向けてオドオドしながら、

「あ、あの……めぐみん、私も」


何かを言いかけた、その時だった。


「ねーゆんゆん、あたし達と一緒に組むでしょ?」

「うんうん。いつもあぶれてるよね?入れてあげるよ」

ふにふらとどどんこがゆんゆんに声を掛けてきた。二人はにこにこと笑みを浮かべながら、ゆんゆんの席にやって来る。

「えっと……。でも……」

だが誘われたゆんゆんは、どうしようかと迷う視線でこちらをチラッと見て。

「ほら、行こーよゆんゆん。クラスメイトなんだしさ」

「そうそう、友達でしょ?」

「!?とっ、友だ……!う、うん、それじゃあ……」

 “友達”の一言で、ゆんゆんは顔を赤くしながら立ち上がった。


チョロい、なんてチョロい。 


やはりこの子は、将来悪い男に振り回されそうな気がする。ゆんゆんはまだこちらを気にしながらも、ふにふらに背中を押されながら教室から出て行った。その後ろ姿を見送る私に、あるえがポツリと……。


「これが寝取られ……」

「ね、寝取られじゃない!」






「で、俺が組まされたわけか……やる気出ねーからその辺で寝てて良いか?」

「みんちゃすにとって旨味が少ないのはわかりますが、たまにはやる気出してください」

「でもなー…」

「………今のみんちゃす、なんだかぶっころりーみたい-」

「よし任せろ、生態系が狂うまで狩り尽くしてやる」

「それはやり過ぎです!?」

そんなにあのニートと同列は嫌なのだろうか?……嫌だな。私だって絶対嫌だ。

「よし、全員揃ったな!武器を持っている者は自分のを使っていいぞ。武器を持っていない者は、モンスターにトドメを刺すのにこれを使え!」

担任教師がマントをなびかせながらそう言って、地面に置かれている物を指す。それは様々な武器の山。特筆すべきは多くの武器が……

「せ、先生!武器が大き過ぎてどれも持てそうにないんですが……」

そう、どれもこれもがえらく大きかった。

長身のあるえの身の丈をも超える大剣や、私の体よりも大きな刃を持つ斧。オーガですら振り回せそうもない巨大な鉄球がついたモーニングスターなど。こんなのみんちゃすぐらいしか持ち上げられないんじゃあ……

と、担任が私達の目の前で巨大な大剣を軽々と持ち上げた。細身な体格のクセに、担任は顔色一つ変えずに片手で持ち……!

「コツは、自らの体に宿る魔力を肉体の隅々まで行き渡らせる事だ。それにより、我々紅魔族は一時的に肉体を強化させる事ができる。今日までの授業を通して、実はお前達にその基礎を叩き込んできた。意識さえすれば、自然とその力が使えるはずだ!」

担任のその言葉に、あるえが一歩前に出る。

そして……。


「……我が魔力よ、我が血脈を通り我が四肢に力を与えよ!」


あるえは一声叫ぶと、身の丈以上もある大剣を片手で持ち上げた!

「「「おおっ!」」」

「えっ!?す、凄い……!凄いけど、今のセリフは必要だったの!?」

一人でおかしなツッコミをしているゆんゆんを尻目に、みんちゃす以外の他の生徒達も次々と武器の前に群がった。

「?みんちゃす、お前は武器を選ばないのか?」

「いらねーよ。俺には幾多の大物共を沈めてきた拳があるからな」

「しつこいようだがお前、本当にアークウィザードなんだよな?」


「この子、私の持てる全ての魔力を注いでも壊れないだなんて……!さあ、あなたには名前をあげる!そう、今日からあなたの名前は……!」

巨大なハルバードを両手で抱きかかえ、武器に名前をつける者。

「フッ!!……へえ、今の素振りにも耐えるなんて、なかなかの業物だな。いいぜ、これなら俺の命を預けられる……!」

片刃の長剣を何度も素振りし、不敵な笑みを浮かべる者。

それらを横目にしながら、私も巨大な斧を手にした。私の魔力ならば、これぐらいいけるはず……!

「……くっ、まだ魔力が足りない様ですね……!我が魔力よ燃え上がれ……!さあその力を、その恩恵を我に……!」

私は斧を手にして、ふらつきながらも持ち上げた。まだだ。まだ魔力が足りない!

私は紅魔族において随一の天才!私ならこれくらいは……!

歯を食い縛りながら斧を持ち上げる私の横で、ゆんゆんが…


「せ、先生、これ全部ハリボテじゃないですか……。木に金属メッキがされてるだけで、どれもこれも凄く軽いんですけど……」

「ゆんゆん、減点五だ」

「ええっ!?ちょ、先生っ!」

「空気読めバカヤロー」

「みんちゃすまで!?」

私は重い斧を放り出し、一番小さい木剣を拾い上げた。

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