第13話:紅と蒼の瞳⑬

【sideみんちゃす】


「まったく、こんな危険な場所でふざけるもんじゃないよ。モンスターの死体はすぐに処理しないと、血を嗅ぎ付けて他のモンスターが集まってくる事があるんだぞ?」

地面に無様に転がったぶっころりーが、服に付いた泥を払いながら立ち上がる。流石はニート歴が長いだけあって、全然懲りてないなコイツ……。

「私達が怒る原因を作ったあなたがそれを言いますか。その熊の肝を取って、とっとと帰りますよ」

必要以上の殺生は趣味じゃないから俺はしないが、数人の紅魔族が狩りに出る場合はあえてこうして死体を処理しないままさらし、他のモンスターを呼び寄せる事もある。

だがこの中でまともに戦えるのは俺とこのニートのみ。さっきみたいに単体ならともかく複数で来られたら、流石にこの二人を庇いながら闘うのは危険過ぎる。目的のブツを回収したら、ここはさっさとズラかるべき……なんだが、

「ハァ……」

「?溜め息なんてみんちゃすらしくないですね、どうしたのですか?」

そんなことを考えてるときに限って、来るんだよなぁ……。

「……ねえ」

俺が感じ取った気配の主に気づいたゆんゆんが、青ざめた顔でめぐみんの服の袖をクイクイ引く。……さてと、俺はこいつら連れて逃げる準備でもしておこう。

ぶっころりー?知らん。仮にも紅魔族の端くれなら多分切り抜けられるだろう。

「ああ、あれ……」

小さく震えながらゆんゆんが指指した方向を、めぐみんが恐る恐る振り返ると……

「逃げますよっ!ぶっころりー、熊の肝は諦めましょう!この作戦は失敗です-ってみんちゃす、いきなり何を!?」

「あ、あわわわわっ…///」

「いいからじっとしてろ、舌噛むぞー?」

二人をそれぞれ片手で担いで持ち上げ、俺は全速力で一目散に走り出した。

「うおおおおおお、ちょ、ちょっと待ってく-って速っ!?ぜ、全然追い付けない!二人も人を抱えてるのに何そのスピード!?その小さい体のどこからそんな筋力が!?」


「「「ゴルアアアアアアアアー!」」」


そこには仲間を殺されて気が立っている、一撃熊の群れがいた。





「さて二人とも、そろそろお昼ですし帰りましょうか」

「そだな。思い残すことはもう何も無い」

「そうね。それじゃあまた明日、学校でね」

「待ってくれ!三人とも見捨てないでくれ!頼むよお……!」

割と余裕をもって里に逃げ切った俺達がそう言って帰ろうとすると、ぶっころりーが泣きついてきた。なし崩してきに一撃熊の群れに一人で追いかけられたせいか、あちこちが泥まみれになっている。ただでさえそんな汚れた格好なのに、12歳のガキ相手に恥も外聞も無く土下座し、みっともなく顔を歪めて泣くいい歳したニートの姿は、流石の俺でも同情を誘うものであった。

……ああもう、仕方ないな。

「……はあ。分かりましたから、いい大人が、学生に土下座しないでください」

「流石に可哀想だから、もうちょっとだけつき合ってやるよ……」

「しかしどうしましょうかね。ぶっころりーの恋人候補を占ってもらう作戦が……」

「というか、どうしてあの一撃熊達はあんなところに集まっていたんだろう。本来、一撃熊ってのは群れたりしないはずなんだが……」

ぶっころりーがしょげ返りながらそんな事を言う。確かにあいつらいつも単体でうろついてんのに、何故今回に限って……仲間意識にでも目覚めたか?

「お父さんも最近の森の様子がおかしいって言ってたけど、あの変わったモンスターが出た事と関係あるのかな?」

ああ、俺の悪鬼羅刹掌に沈められた奴か。ぷっちん曰く邪神の使いっ走りらしいが……

ちょっと引っ掛かりを覚えたので、近頃起きた変わったことを、頭の中で大雑把に整理してみる。


森の異変……邪神の封印……邪神の手下……めぐみんの使い魔(猫)……


……ん?猫?


んー………。


……まあいいか、特に確証があるわけでもないし放っておこう。


「ともかく、ここでこうしていても始まりません。そけっとの店に戻りましょうか」

と、めぐみんのの提案で再び店へと向かったのだが……。

「……準備中の札が掛かってるわね。そけっとさん、どこかに出かけたのかな?」

「大方山にでも籠って、新必殺技の開発にでも勤しんでるんだろ。実に紅魔族らしい暇の潰し方じゃないか」

そんな俺達の言葉を聞き、ポンと私達の肩を叩いたぶっころりーが……


「残念ながら違うよみんちゃす、そけっとの事なら俺に任せてくれなんせ俺とそけっとの仲だからね、まずそけっとは朝七時頃に起きるんだ、健康的だよね、その後シーツを洗濯かごに放り込んでから朝食の準備に移るんだけど、そけっとは毎朝うどんばかり食べるんだよね、そんなにうどんが好きなのかな?彼女は鍋に水を張って沸かしている間に歯磨きと洗顔を済ませるんだ、効率的だよね、顔も良い上に頭も良いよね、そけっと賢いよそけっと。うどんを食べた後は朝食の食器と一緒に昨日の晩ご飯の時の洗い物も済ませるんだよねそけっとは、前日の晩ご飯の食器を浸け置きしておくんだよ本当賢いよね、きっと良い奥さんになれるよね、そけっとはそれからお風呂に入るんだよ、朝からお風呂だよ綺麗好きなんだよね、夜も入るし朝も入るんだ、だからあんなに綺麗な肌をしてるんだろうね、お風呂から上がると新しく出た洗濯物をかごに入れて洗濯するんだよ、ここだよ、ここが大事なんだよね、彼女は洗濯物をすぐ洗っちゃうんだよ、これって凄く困るよね、いや困らないよ、うん別に困らない、いや困……やっぱり困らないよ、だって俺にはやましい事なんて何もないからね、洗濯が終わった後は散歩に行くんだよそけっとは、本当に健康的だよね、しばらくウロウロした後店に行くんだよ、その後は君達も知っての通りさ、まずは店の掃除を始めるんだ、本当に綺麗好きだよね、それに家事全般が上手そうだよね、しばらく掃除した後は店に引っ込んで出て来なくなるんだよ、きっと中で退屈してると思うんだ、本当、お金さえあれば毎日通うんだけどね、その後お客が来なくて退屈したのか店の外に出てくるんだ、それからストレッチしたりお客が来ないかなーなんてあちこちキョロキョロするんだよ、可愛いよね、綺麗なだけじゃなくて可愛いだなんて反則だよ本当に、そけっと可愛いよそけっと、後は店を閉めてどこかに出掛けちゃうんだよね、お店放り出してだよ、こんな奔放なところも素敵だよね、自由すぎるっていうかさ、ほら俺なんかも自由を謳歌するニートだからね、その辺も相性バッチリだと思うんだ、まあそれはいいとして、今の時間帯だとそけっとが店に帰ってくるまであと二時間ちょっとってとこかな、このまま待っててもいいんだけどね。……どうする?」

…………俺がそけっとと会うといつも敵意混じりの視線を感じちゃいたが、ここまでガチでストーキングしてるとは……。

「……ま、まるでいつも見ている様な言い草ですね、軽く引きますよ。……どうしてそんなに詳しいのですか?」

「そりゃあ、暇さえあれば、ここに来ては色々と調べてるからさ。そして俺は、自慢じゃないが里の中で一番暇がある」

本当に自慢じゃねーよ!?

紅魔族随一の暇人?肩書きダッサ!?

「そ、それってストーカ-」

「おっとゆんゆん、それ以上言うのはいくら族長の娘でも許さないぞ」

もうこいつはここで綺麗さっぱり消しておくのが、世のため人のためな気がしないでもない。

「ともかく、肝心のそけっとが居ないのでは仕方ありませんね」

「だな。今日はもうお開きで、続きはまた日を改めていつの日かに……」

抱いていた同情の気持ちも消し飛んだことだし、何とかこのままうやむやにしてお蔵入りしたいところだが…

「大丈夫だ、行き先なら検討がついているんだ」

往生際の悪いニート兼ストーカーは、自信満々にそんなことを言ってきた。





「……本当にいましたね」

「うん……」

「やっぱこいつ通報した方がよくね?」

ぶっころりーに案内された俺達は、複雑な思いで雑貨屋の店先で商品を眺めるそけっとを遠巻きに見ていた。

「な?俺だってやれば出来る。このくらいの調査は朝飯前だ」

言ってる内容がもはやアクシズ教徒だな。

「……まあ何にせよ、今回は外にいます。あれなら私達が声を掛けても不自然ではないでしょう。ゆんゆんと二人で、さり気なく好みのタイプとやらを聞いてきますよ。行きますよゆんゆん。私に会話を合わせてください」

「あれ?俺は?」

「あなたは戦力外なので待機です」

「みんちゃすはこういうの不向きだから……早く聞いて、こんな事さっさと終わらせよう」

どんよりと疲れた目をしている二人は、そけっとがいる雑貨屋へと近づいていく。

……あいつら失敗したら覚えてろよ。





「失敗もいいところだこのカス共が。つーかオメーらよくもまあ、あんな偉そうなことほざけたもんだよな?んー?」

「痛たたたたたた!?ちが、違うのです!?途中までせっかく良い流れだったのに、ゆんゆんが……!」

「だって!だって!?…痛い痛い痛い!みんちゃす、ごめん、あ、謝るから許してぇ!」

結論を言うと、大失敗。

何やらコソコソと話をしている間に、そけっとは買い物を済ませて店を出てしまっていた。

現在俺は偉そうなことを言っておいて無様に失敗してきたバカコンビに必殺『大般若鬼哭爪だいはんにゃきこくそう』(アイアンクロー)でお仕置きしている。

「ちょっと二人とも、何やってたんだよ?そけっとが行っちゃったじゃないか」

俺が二人の顔から手を放すと、めぐみんは息を整えながら弁明する。

「いえ、あと一歩のところだったのですよ、それが思わぬ妨害に……。というか、常日頃腰に短剣をぶら下げている危険人物が、なぜ木刀を嫌うのですか!ほら、いつまで言っているんですか、行きますよ!」

常日頃から包丁持ち歩いている俺も危険人物なのかね?……木刀?ああなるほど、愛刀の買い換えに来てたのか。

「私のオシャレな短剣を、あんな木刀と一緒にしないで!」

で、またゆんゆんの妙なセンスが炸裂して揉め事に発展……と。

「二人とも、喧嘩は後にしてくれ!」

「こいつら隙あらば揉め事起こすよなー……しかもくだらねーことで」




俺達のしばらく前を、上機嫌のそけっとが木刀を握り歩いていた。その様子を見てぶっころりーとゆんゆんは小さく囁き合う。 

「……木刀を振り回しながら歩くそけっと。そんなお茶目なとこも可愛いなあ……」

「はたから見ると危ない人にしか見えないと思いますけど……」

今のそけっとの気持ちは実によくわかる。武器を買った直後ってなんかこう……伝説の剣を引き抜いた勇者みたいな気分になるよな。この気持ちは感性がおかしいゆんゆん以外なら、きっと賛同してくれるに違いない。

俺達は今ぶっころりーの魔法により、姿を隠した状態でそけっとの後をつけている。……多分そけっと薄々気づいているだろうけど、面倒だし別に言わなくてもいいか。

「どうやら、あの木刀が気に入ったみたいですね。木から落ちてくる葉っぱに斬りかかってますよ。何かの修業のつもりでしょうか」

「ありゃ母ちゃんから教わった鍛練の基礎だな。……ちなみに一枚でも落としたらボコボコにされるペナルティがある」

「想像以上にガチな修行ですね!?」

そけっとは枯れ葉を落とそうとして木の幹を木刀で殴ったり、ゲシゲシと蹴りつけたりしている。落ちる瞬間を見極めるのも修行の内だから、この現場母ちゃんに見られたらシゴキ決定だな。

「あ、あの、そけっとさんのどこがそんなに気に入ったんですか?ぶっころりーさん的には、木を蹴りつけているあの姿は大丈夫なんですか?」

「顔かな。俺が気に入ったのは、そけっとの顔とスタイルだよ。美人なら、あんな行動だって可愛く見えるもんさ」

あまりにも堂々とした面食い発言。ここまで言い切られるといっそ清々しい。

「ぶっころりー。通りすがりを装って、さり気なくそけっとを手伝ってあげてはいかがでしょうか。あの木に風系の魔法を唱えて木の葉を落とし、彼女の修業の手助けをするというのは」

なんか嫌な予感しかしない。

「それだ!流石は紅魔族随一の天才!めぐみん、頭良いな!」

「あっ!わ、私だってぶっころりーさんが女性に好かれる方法を考えられますから!たとえば、その寝癖なんかはNGだし、まずは仕事を……」

何やら対抗心を燃やしたゆんゆんのガチのダメ出しには聞く耳を持たず、ぶっころりーが姿を消したままの状態でソロソロとそけっとに近づいていく。そして……


「『トルネード』!」


ぶっころりーが巻き起こした竜巻により、そけっとが空高く舞い上げられた…………っておいコラ!?

「バカじゃないんですか?バカじゃないんですかっ!?」

「限度ってもんを知らねーのかこの腐れニートが!」

「埋めましょう。このニートは埋めてしまいましょう!」

そけっとの無事を確認し、慌ててその場から離れた二人はぶっころりーの首を締め付けて、俺はさっきより強めに大般若鬼哭爪をかける。

「痛たたたたた痛い痛いみんちゃすそれ凄く痛い!?…ま、待ってくれ!二人とも、ちょっと落ち着いてくれよ!あと、もっと静かな声で!見つかったらどうするんだ!」

舞い上げられたそけっとは、遠目にも真っ青に見える表情で風の魔法を自分に使い、何とかバランスを取りつつ地上に降り立っていた。そして魔法を唱えた犯人を探しているのか、キョロキョロと紅い瞳を辺りに向けている。

俺達の周囲の空間はぶっころりーの魔法により光がねじ曲げられ、大声さえ出さなければそけっとに見つかる事はない。

そんな中ゆんゆんがぶっころりーの胸ぐらを両手で掴み、律儀に小さな声で食って掛かる。

「そけっとさんの事が好きなんじゃなかったんですか!?それがどうして、あんな致命的な魔法を食らわせたんですかっ!?」

「あんなもん闇討ちを疑われても否定できねーよ……」

「ち、違うんだ!そもそも俺は、上級魔法しか使えないから手加減が……!それに、最初は離れた所に魔法を使って、葉っぱだけを吹き散らそうとはしたんだよ!でも気づいたんだ、風の魔法をより彼女に近づけたなら、スカートが……」


………ギルティ。


俺はゆんゆんを引き離すと、くだらないことで上級魔法をぶっ放したバカの首を引っ掴んでそけっとのもとに歩いていく。

「え、ちょ、何するつもりなのみんちゃす!?そっち行くと気づかれ-」

「テメーをそけっとに引き渡す」

「ちょっ!?ちゃっと待-」

「テメーは仁義を欠いた。その落とし前はきっちり付けてもらう」

最近のマイフェイバリット小説『仁義なき貴族達』から名言を引用しつつ、俺は何やら喚く腐れニートを無視して処刑台に送る。めぐみんもゆんゆんも依存は無いようで、黙って俺についてきた。

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