第14話:白騎士

【sideみんちゃす】


淡い紫色の布が所々に掛けられた占い店の中で、俺達から事情を説明されたそけっとが呆れて言った。

「本当に、あなた達もいい迷惑ね。そこの変態に無理矢理付き合わされたんでしょう?」

森から帰った俺達はそけっとの店で、処刑されて満身創痍になったバカぶっころりーの手当をしていた。

「おい、変態は止めてくれよ。アレはいやらしい気持ちでやった訳じゃないんだよ。紅魔族の女性達がどんな色を好むのかという、魔法使いとしての純粋な知的探究心から……。すいません、やましい気持ちがありました。その木刀は早く捨ててください」

「せっかく買い換えた愛刀【十七代目ぷよぷよ号】を捨てるわけないでしょ……」

壁に立てかけてあった木刀に手を伸ばしたそけっとに、怯えた様子のぶっころりーが包帯を巻かれながら慌てて言った。

先程の件の落とし前でそけっとの木刀で散々しばき回されたこのバカは、現在ゆんゆんの手当を受けている。そんな姿を見ながらそけっとが深々とため息を吐く。

「……まったく。森に入ってお金を稼ごうとするほど占いをして欲しかったのなら、相談してくれれば最初の一回ぐらいサービスするのに」

「いいの!?」

結局この腐れ腰抜けニートは森に入った本当の理由も言い出せず、占って欲しい事があるからその占い代を稼ぐために森に入ったと言い訳していた。

「トルネードの魔法は論外だけど、ここで断っちゃうと可愛い弟弟子の苦労が無駄骨になっちゃうしね……まあ、一回だけよ?で、一体何を占って欲しいのよ?」

断ったら断ったで俺は、希望が断たれたニートを指差して笑って大団円たったんだがな。

そけっとは部屋の奥から水晶玉を持ってくると、それをぶっころりーの前に掲げる。

「そ、それはその……。俺の未来の彼女……、いや、嫁……。いやいや、俺を好きになってくれる人?……ああっ、どれにしよう!」

「オメーな……」

いきなり本来の目的を見失いだしたぶっころりー。それを見て呆れた表情のそけっとが、面倒臭そうに水晶玉に手をかざす。

「要するに未来の恋人ね。この水晶玉の中には、あなたと将来結ばれる可能性の高い女が見えてくるわ。未来は変えられるもの。だから、ここに映る人が絶対だとは言えないけれど……、っと、そろそろ見えてくるわよ……!」

そけっとの水晶玉が淡い光を放ち、やがて光が収まったそこには……!


「……何も見えないんだけど」

「あ、あれっ!?」

さっきトルネードの魔法で空に舞上げられた時ですら割と冷静に行動していたそけっとが、驚きの表情で水晶玉をブンブンと振っている。

…………あ、ヤバイ。

駄目だ、まだ堪えるんだ俺。

「ちょ、ちょっと待ってね。どうしたのかしら、こんなはずは……。どんな人でも、最低一人ぐらいは姿が浮かんでくるものなんだけれど……!」

「そういった心にくる事は、本人がいない所で呟いてくれ」

そこに何も映らないという事は、もちろんそけっとと結ばれる芽もないという訳で……ヤバイ、もうそろそろ限界……ファイトだ俺。悲しい結果を知って泣きそうな顔になっているぶっころりーに、そけっとが気の毒そうに憐憫の目を向けた。

「……その、大丈夫よ。私の占いは必ず当たるって訳じゃないから……。私が子供の頃に天気を占った時、曇りって結果が出たのに五分ほどにわか雨が……」

「止めてくれ!占いの精度を自慢しているのか慰めているのか分からないよ!何だこれ、普通に断られるよりも余計辛いんだけど!」

そんな二人から距離を取り、めぐみんとゆんゆんはヒソヒソと囁きあう。そして俺はとうとう堪えきらず、腹を抱えてその場に蹲り決壊する。

「いくらニートとはいえこれは流石に気の毒ですよ。一切何も映らないという事は、さっきゆんゆんが、冗談で言っていた女型のモンスター、安楽少女にすら相手にされないという事で……」

「どうしよう……私、ここまで酷いだなんて思ってなくて……」

「二人とも聞こえてるよ!話すならもっと小さな声で話してくれ!」

「だーっはっはっはっは!あひゃひゃひゃひゃは!あひ、あひひひひーっ!」

「そしてみんちゃすはホント血も涙も無いね!?少しくらい可哀想だとは思わないの!?」

「ぐふっ…うくくくく……お前、実に可哀想な人間だなぁ(笑)」

「う、うわあああああん!」

ぶっころりーが号泣しながら店を出ていった。流石に気の毒に思ったのか、三人は何やら非難するような目でこちらを見てくる。

「みんちゃす、今のはちょっと酷すぎるよ……」

「流石に私でもドン引きです……」

「いくらなんでも、ねぇ……」

「いやいや仕方ねーだろ、俺の心の内に巣食う黒き獣が暴れだしたんだからよ。そうなったが最後、己の本能のまま暴虐を尽くす以外に道は無い。……同じように心に邪悪なる獣を飼っているめぐみんとそけっとなら、わかってくれるよな?」

「「それなら仕方がない(わね/ですね)」」

「仕方がないの!?ねぇ二人とも、本当にそれでいいの!?」

「「黒き獣が原因なら仕方がない」」

「そ、そうなんだ……し、仕方がない……のかなぁ……?」

紅魔族の琴線に触れる誘い文句で、二人はアッサリと懐柔される。そしてゆんゆんも多勢には勝てず引き下がる。だから仕方がない、ぶっころりーは尊い犠牲だったんだ。……と、ふと思い出したようにそけっとが、

「そういえば……占いのおかげでうやむやになっちゃったけど、魔法の理由はともかく、日頃私をつけ回している理由を聞くのを忘れていたわね」

「それは……。ぶっころりーのためにもこれ以上は聞かず、そっとしておいてあげてください」

「これ以上の死体蹴りはやめてやれ」

「めぐみんはともかく、死体にしたみんちゃすがそれを言うの……?」

俺達の言葉にそけっとが首を傾げ、半泣きで痛む体を引きずって帰って行ったぶっころりーの背を見送りながら、

「ダメ人間だけど結構面白そうな人なのに。不思議ねえ……」

そう呟きながら、そけっとは手の平の上で水晶玉を転がしていた。


……んー? 


……まさかな。







めぐみん達と別れ、夕飯の食材を購入してから帰宅する。今日は母ちゃんが王都から帰ってくるらしいので、いつもより多めに買い込んでいる。……つっても母ちゃん騎士を引退したのにやたらと忙しいようだから、予定通り帰宅することなんてあんまり……


「Zzz……」

「…………」  

帰宅しリビングへの扉を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、愛用の剣をその辺に放り投げ、外出の際に身に付けていた立派な騎士鎧やら服やらをこれまたその辺に脱ぎ散らかし、上下共に下着姿で酒瓶を枕にして大きくイビキをかいてグースカ寝ているアラフォーの女性だった。

この金髪碧眼ポニーテールの、歳の割りに無意味に若々しい外見の女性は、ダスティヌス・フォード・アステリア。この国の懐刀にして三大貴族の一角であるダスティヌス家出身の最上級貴族であり、かつては最年少で王国騎士団長の座に抜擢され、『白騎士』の通り名で魔王軍や悪徳貴族達、ついでにその厳格さで騎士団のメンバー達を震え上がらせた武勇伝を持つ、教科書に乗るほどの名実ともに最強の聖騎士……だった人物。

とどのつまり、俺の母ちゃんだ。

そけっとのように剣の道を志す者達からは、今でもとてつもない人気を誇る、まさに憧れの人物らしい。……が、この残念極まりない光景を目にすれば百年の恋も冷めるどころか跡形もなく消し飛ぶことだろう。誤解無きよう弁明しておくが、別に騎士を引退してから常時この粗大ごみモードというわけではない。家の外に出る際は身なりをきっちり整え、所謂いわゆる騎士モードに入り現役時の苛烈なまでの厳格さを完全に取り戻す。しかし我が家にいる内は日頃張りつめすぎた緊張の糸が解け、このような体たらくに陥るのだ。言わばこのダラけっぷりは日頃背負った重圧と苦労の証明そのものだ。

「できれば久しぶりに闘いたかったけど……疲れているみてーだし、存分に寝かしといてやるか……」

俺は晩御飯の準備に取りかかる前に、母ちゃんが散らかしたものを片付けようとして-



突如目の前に飛来した純白の剣を咄嗟に白羽取りする。……よく考えたらこの歴戦の戦士が、ここまで俺が近づいていて目を覚まさないわけなかったな……途中から狸寝入りだったのか……!

「っ…っっ!」

「ほう……随分と腕を上げたじゃないか」

完全に不意を突かれて全身から冷や汗が吹き出る俺の前には、下着姿のまま斬りかかってきた母ちゃんが不適に笑っている。……いや、その姿でキメ顔されても格好よくないからな? 

「だがしかし先程の言葉は聞き捨てならんな。確かに私は既に引退した身だが、魔法も習得していない半人前魔法使いの小僧に気を使われるほど、耄碌した覚えはないぞ?」

そういう格好良い台詞は服を着てからいってくれ。

……第一そんなことは知っている。普段から狂暴なモンスターひしめく森にて鍛練を積んでいる俺は、気配を察知することにかけては我ながら結構自信がある。たとえ潜伏スキルなどを使われたとしても、そうそう不意打ちなんか食らわないと自負している。

その俺の感知を潜り抜けて離れた武器を取り、わざわざ視界に写るように真正面から斬りかかる寸前まで俺に気付かれないほどの隠密能力。

レベルやステータス、スキルといった表面的な強さではなく、幾多の戦場を潜り抜けてきた経験が可能としたスキルに頼らず気配を完全に消すほどの絶技だ。……そんな離れ業をやってのける人が、耄碌などしている筈がない。

「……それに、子が親に遠慮などするんものじゃあない。私の記憶の限りでは貴様はもう少しで魔法を覚え、学校を卒業し外の世界へと繰り出すのだろう?道を先行く者として一つ胸を貸してやろうじゃないか……さあ、全力でかかってくるがいい!」

俺から距離を取り、愛刀である伝説の聖剣『デュランダル』を構える。

さっきの攻撃……あれが実戦で、さらに死角から斬られてたら間違いなく殺られてたな……。あのやり取りだけでも俺とこの人の間にある、絶望的なまでの力の差が手に取るようにわかる。はっきり言って勝ち目など欠片も無い。


だけどな……


「いやここでやるわけねーだろ、家ぶっ壊す気かアンタ。……それから母ちゃん、闘う前に服ぐらい着ろ。今の格好じゃ何やってもキマらねーよ」

「む?」

「いや、む?じゃなくて……」

ここで退くわけにはいかない。

俺が世界最強を目指す以上、この人は避けては通れない壁だからな!










しっかり身なりを整えた母を連れ近所の空き地に移動し、久しぶりに存分にり合った。

結果?当然ながら惨敗。これで0勝……ああダメだ、負けた数なんて多すぎていちいち数えてられない。

レベル17中堅に入りたてぐらい程度のペーペーがレベル90オーバー歴史に名が残る英雄クラスの化け物に叶うはずもなく、もう清々しいくらいボッコボコにされた。さらに言えば、聖剣なんて殺傷力全快の武器を使っておいて俺が生きてる以上、まず間違いなくかなり手加減されていることもわかっている。

この闘いを通して、最強への道はかくも遠く険しいものだと再認識させられた。

「ふむ……やはり以前よりも格段に強くなっている。今の強さに満足することも慢心することなく、自己鍛練を欠かさずやっておるようで何よりだ。……だがしかし、近々魔法を習得することを考慮したとしても、魔王軍幹部クラスを倒すにはまだまだ力不足であると言わざるを得んな」

通り名の由来となった純白の鎧と、これまた純白の聖剣を手にした母が、腕組みしながら俺をそう評価した。

……いやいや、そりゃそうだろ。レベル20弱の冒険者に幹部が倒されるようじゃ、魔王軍のの面目丸潰れだろうよ……。

そう言い返したかったが力を使い果たしてうつ伏せに倒れている俺に、そんな気力は残されていない。

「それでも……」

俺にポーションを飲ませ回復させてから、母ちゃんは俺を抱き締める。そして綺麗な蒼の瞳で俺を真っ直ぐ見据えながら、

「貴様が最強を目指すというなら、私はその背を押してやろう。……強くなれ、みんちゃす。貴様の覇道を、迷うことなく突き進むがいい。さすればいかなる困難をも、乗り越えていけるはずだ。いいか?貴様は私の掛け替えのない宝にして……私の誇りだ!」


実にこの人らしいエールを送ってくれた。

こんな凄い人が俺を応援してくれてるんだ……目指さないわけにはいかないよな、最強の座を!



「さて……それでは貴様の卒業の前祝いだ!今日は朝まで飲み食いするぞみんちゃす!お産に最高級焼酎があるから、浴びるほど飲ませてやろう!」

「いや俺明日も学校だぜ!?つーか未成年に酒飲ませようとすんなよ!?」

「学校?知るか、休め!未成年?知るか、私が法律ルールだ!」

「アンタ本当に騎士か!?それに母ちゃんエリス教徒だろ!我が家でのダラけっぷりといい、何だそのアクシズ教徒みたいなノリ!?」

「愚弄するな!後にも先にも私はエリス教徒だ!しかしそれとこれとは話が別だろう!?エリス教徒だってなぁ、羽目を外してはしゃぎたいとときがあるのだ!ダラけたいときだって勿論ある!」

「開き直りやがった!?」


…………この人のこういうところは反面教師にしよう。絶対にだ。

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