第12話:紅と蒼の瞳⑫
【sideめぐみん】
魔力の豊富な紅魔族は魔法関連の仕事に就く事が多い。例えば魔道具職人だったり、ポーション職人だったり……。
そしてぶっころりーが片思い中の
喫茶店を出た私達は、そんな彼女の店へと向かっていた。
「奴はー、奴はー、奴はー♪紅魔の里の面汚しー♪
ニート♪奴はニート♪奴の名前はぶっころりー♪
ニート♪奴はニート♪毎日暇をもて余すー♪
ニート♪奴はニート♪未来永劫穀潰しー♪
ニート♪奴はニート♪誰が呼んだか時間セレブ♪
ニート♪奴は-」
「やめろよその歌!?的確に僕の傷口を抉ってくる上に、なんか頭にずっと残るんだよ!?」
早くもモチベーションがだだ下がりしたみんちゃすは、即興で作曲した歌を歌いぶっころりーを弄り倒している。……確かに「ニート♪奴はニート♪」のあたりがずっと頭から離れない。多分この歌を誰かに聞かれたら、しばらく里中で流行るだろう。
「うるせーな、やる気無くなったんだから仕方ねーだろ……なんで成就する確率明らかにごっさ低いそけっとなんだよ?現実見ろバカたれー」
「確かに……よりにもよってそけっとですか。ニートのクセに、理想が高いですね」
「ニートが理想を高く持っちゃいけないのか。いいかめぐみんにみんちゃす……人間、理想は高く持つべきなんだ。それは仕事においてもそうだ。俺は靴屋なんかじゃなく、もっとデカい仕事に就きたいんだ……!」
「でも、お付き合いしたいっていうのなら、お仕事ぐらい見つけてからの方が……」
変な持論を展開しているぶっころりーについていきながら、そけっとについて考える。
「相手は紅魔族随一の美人と呼ばれるそけっとです。それに対してこちらはなんの取り柄も変哲もない、親の仕事を継ぐのも嫌がる将来性もないニート。……ぶっころりー、今日の所は私達三人が遊んであげますから、もう諦めませんか?」
「そうそう、仕方ねーから俺達三人がお前で遊んでやるよ」
「冷静に分析しないでくれ!もしかしたらダメ男が好きな変わり者かもしれないじゃないか。まずは好みのタイプがどんな男かを聞くべきだ」
「自分がダメ男だという事は理解しているのですね。そこは好感が持てます。まあ、どうせ暇ですし、やるだけやってみましょうか」
「玉砕して憐れに散るニートは愉快っちゃあ愉快だが、休日潰してまで見たいとは思わねーな……」
「玉砕前提なんだ……あ、あの、自分がダメだって分かっているのなら、努力して真っ当な人間になるってのじゃいけないんですか?タイプの男性像を聞いてくるぐらい構いませんけど……」
私達の言葉を背に受けながら、ぶっころりーはズンズン進む。
同性の私達やそけっとの弟弟子であるみんちゃす(その割にはみんちゃすの方は全然剣を使わないのはなんでだろう……)に、現在気になっている男性はいないのか。そして好みの男性のタイプはどんな人なのかを聞き出して欲しいらしい。ぶっころりーが私達に相談を持ち掛けてきたのは、つまりはそういう事だった。
「つーか俺もう帰っていい?俺呼んだ理由の本命は、普段からそけっととバトりまくっている俺が、もしかしたら好きなタイプ知ってるかもれねーから……なんだろ?知らんからもう帰っていい?」
「ご飯奢らせておいて露骨にやる気無いねみんちゃす……まあ呼んだ本当の理由はそうなんだけどさ」
姉弟弟子だけあってみんちゃすとそけっとは仲が良いようだが、流石はみんちゃすと言うべきか、出会うと即バトルという甘酸っぱさなど欠片も存在しない殺伐とした関係らしい。
「というか好きなタイプぐらい、自分で聞けばいいと思うのですがね。その方が話のきっかけだってできると思いますし」
「そんな度胸と社交性があったなら、未だにニートなんてやってる訳ないだろ。……おっ、見えてきた!」
どうしようもない事を自信満々に言うぶっころりーは、そけっとの店を木に隠れながら遠巻きに観察する。占い屋の前には紅魔族一の美人と呼ばれるそけっとが、箒を手にして掃き掃除をしていた。そけっとほどの美人だと、そんな当たり前の姿も絵になるものだ。
「そけっとは、相変わらず綺麗だなあ……。ゴミになって、あの人の足下に散らばって集められたい……」
「ニートなんて既にゴミみたいな
「他者への悪影響を考えると、ゴミ通り越してもう疫病だなー」
「ふ、二人とも!」
そんなことを言いながら観察していると、そけっとは大きく背伸びをして店に引っ込んでいってしまった。
そこでハタと閃いた。
閃いてしまった。
「ぶっころりー!これです!」
「ど、どれ!?ゴミになって足下にって作戦か?いや、いくら何でもそんな変わったプレイはお付き合いしてからの方が……」
「仮にも姉弟子がそんな特殊な性癖に付き合ってる光景は、死んでも見たかねーな……」
「何をバカ言っているのですか、違います! 良い考えが浮かんだのですよ。そけっとの店は占い屋です。彼女はとても腕の良い占い師ですから、彼女に占ってもらうのです!そう……ぶっころりーの未来の恋人を!」
「ああっ!それはいいかも!占いで、そけっとさんの姿が映れば良し!告白する手間も省けるし、そのままお付き合いすればいいわ!そして、他の女性が映ったのなら何をしても上手くいかないって事だから……」
告白して見事に振られるよりは、傷も浅いのではないだろうか。そんな私の提案に、だがぶっころりーは…
「ニート舐めんな、占いをしてもらう金があったなら、毎日店に通い詰めてるさ」
「しかもさっき俺達に奢ったせいで、もうパンひと切れすら買えねーよな……よし二人とも、帰ろっか?」
「そうですね」
帰ろうとする私達に必死で頭を下げるぶっころりー。しかし、こうなると一つ問題が。
「ねえ、そけっとさんは店に入っちゃったし……。私達が好みのタイプを聞くにしても、いきなり尋ねていって唐突にそんな事を言うのもどうかと思うんだけど……」
そう、私やゆんゆんにとっても初対面に近いそけっとの店に、いきなり訪ねていってそんな事を聞けるはずもない。となるとここはみんちゃすの出番かと思いきや…
「んじゃここは俺が聞いてきてやるよ。ふむ、そうだな……『ぶっころりーがアンタに発情してみてーなんだけど、アイツに気とかあったりする?』とかでいいか……」
「いい訳ないだろ!?直球過ぎるし人の純情な恋心を発情呼ばわり!?」
……ご覧の通りだ。単にデリカシーが無いだけなのか、それとも嫌がらせが目的か……どちらにしてもみんちゃす一人に任せると、まず間違いなくロクな結末にならない。
するとぶっころりーが腕を組み、真面目な顔を見せた。
「仕方ない。ここは一つ、占い代を工面しようか……!」
紅魔族の里の周りは強力なモンスターが多数生息している。並の冒険者では倒すどころか逃げる事すら難しい程の(そんなモンスター達を魔法無しで狩りまくっているみんちゃすはやはりおかしい)。その手強いモンスター達の毛皮や内蔵は、物によっては高値で取引される。そんな高値で捌けるモンスターを狙い、私達は里のそばの森へと足を踏み入れていた。
「……つーか、しばらく大型のモンスターは出ないんじゃねーの?オメーらニート共のせいでよー」
「ニートニートうるさいよ。ニートにだって人権はあるんだ。まあ確かにこの間君達の野外実習のために、手の空いてる者で強いモンスターを駆除して回ったけど、根気よく探せば……おっと、ようやく見つけた!」
先頭を歩いていたぶっころりーが声を潜めた。
その視線の先には、木の根をほじくり返している一匹の黒い生き物。
強靱な前足で人の頭など一発で刈り取る威力を誇る必殺の一撃を放つ、一撃熊というモンスターがいた。
「一撃熊か。あれの肝は高く売れるんだ。……よし」
ぶっころりーは何かの魔法の詠唱を始め、やがて……。
「『ライト・オブ・リフレクション』」
唱えていた魔法を発動させた。それと同時に、しばらく先を歩いていたぶっころりーの姿が掻き消える。
光を屈折させて姿を見えなくする魔法を使ったらしい。草が所々踏みつけられていくのを見るに、姿を消したまま近づいて行っている様だ。
と、一撃熊が突如立ち上がり、鼻をふんふんと蠢かせる。
やがて……思い切りこっちを向いた。
「「ちょっ!?」」
隠れながら見ていた私達とバッチリ目が合った一撃熊は、獲物を見つけた喜びからか咆吼を上げ、真っ直ぐこっちへ向かってくる。
「ゆんゆん、確か短剣を……!短剣を持っていたでしょう!格好良い我がライバルゆんゆん、私のために戦ってください!」
「普段は適当にあしらってるクセに、こんな時だけライバル扱いするのは止めてよね!だいたいこんな短剣一つで、あんなの相手にできる訳-」
「修羅滅砕拳」
……私達が慌てまくっている中、いつの間にかみんちゃすは一撃熊の懐に入り、渾身の力で顎を殴り飛ばした。一撃熊はバタリと地面に仰向けで倒れ込み、そのまま気絶して動かなくなった。みんちゃすは普段から愛用しているらしい解体用包丁を懐から取りだし、首もとをかっ切って一撃熊にトドメを刺す。
「た、助かった……」
「あ、ありがとうございます……」
「いいってことよ。……それよりオメーら慌て過ぎじゃね?魔法使いたるもの、冷静さを欠いちゃおしまいだぞー?」
みんちゃすはこちらに振り帰りながら、そう言って私達を諫める。……なんというか、みんちゃすが頼もし過ぎる。
「……あなたの幼馴染みは、拳一つで始末したようですが?」
「あんな規格外と一緒にしないでよ!?」
改めて、みんちゃすの強さが常軌を逸していることを痛感する。いつかこの超人と最強の魔法使いの座をかけて闘わなければならないと思うと……彼を魔法使いのカテゴリにいれていいのかは甚だ疑問だが。
「……?みんちゃす、どうしたのですか?」
倒した一撃熊には目も暮れず、おもむろに明後日の方向に歩みを進めるみんちゃす。すばらく歩いて立ち止まると…
「おら、さっさと出てこいやこの役立たず」
「げふっ!?」
みんちゃすが空中に拳を振るうと、何もない空間からぶっころりーが弾き飛ばされたかのように出現した。魔法で姿を消していたのは知っていたが、いったい何故あんなところに?さっきまで私達がピンチだったというのに。
みんちゃすは私達を手招きして呼び寄せてから、腹を抑えて蹲るぶっころりーを冷たい目で見下ろす。
「い、いきなり何するんだよみんちゃす……というか無茶苦茶痛いんだけど……どんだけ全力で殴ったのさ……?」
「あー?貧弱過ぎだろオメー。ちょっと軽く殴っただけだっての」
「……これで?さっき一撃熊をワンパンで沈めたこといい、君ホントに魔法使い職?」
それは私も、ゆんゆんも、他のクラスメイトも、担任さえも常々思っている疑問だ。
「今はそんなことどうでもいいんだよ。それよりなんで俺達……俺は違うか……なんで二人がピンチだったのに、そんなところで隠れてみていたんだ?んー?」
「そ、そりゃあ倒すタイミングを伺っていたんだよ。もしそけっとが危機に瀕している時に格好良く助けられるように練習がてら……痛いっ!ちょっ、ちょっと待ってくれ!悪かった、いや、飛び出すタイミングを計るのは紅魔族なら当たり前の事で……!やめ、せめて腹以外に……!」
私とゆんゆんは、ぶっころりーに無言で腹パンし続けた。
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