第10話:キールのダンジョン③

【sideカズマ】


ウチの脳筋バトルジャンキーが、性懲りもなくリッチーに喧嘩を吹っ掛けたなう。

「あのなぁみんちゃす……お前は強そうな奴を見ると戦わなきゃ気が済まない病気でも患ってるのか?だいたいお前、ついこないだリッチーに完敗したばっかだろうが」

「お前なー……魔術師キールと言えば魔法使い職なら知らない奴はいない、伝説の凄腕アークウィザードだぞ?そんな奴がさらにリッチーになってパワーアップしてるときたら、是が非でも戦いたいって衝動に抗えようか……いやない!」

いや、あるよ!?

「それにだカズマ……つい最近だと?あんな昔のこと引っ張りだしてこられてもなー」

「いやいや昔って……まだ2ヶ月も経ってないだろ-」

「いいかカズマ」

みんちゃすは俺の指摘を手で制し、


「見せてやるよ、あの時の俺とは違うってことをな……ハァァァアアアアアッ!」


雄叫びとともになんかドラゴンボール的な紅色のオーラが吹き出し、みんちゃすの全身を包み込んだ。……えっ、何それ?なんか凄そうってのだけはわかるけど。

それを見たキールは目を……骸骨なので目は無いのだが、目があったであろう窪みを見開いて驚愕する。

「なんと……その若さで闘気を扱えるとは……。しかもその深い赤色……まさか、紅蓮の闘気クリムゾン・オーラかね……?」

「御名答。……片方の目がこんな色してるが、俺は紛れもなく紅魔族なんでね」

闘気とやらが何かはわからないが、リッチーが警戒するくらいなんだから、あのドラゴンボーみたいなヤツはよほど凄いものなんだろう。

そんなことを思っていると、ごくたまに気がきくことに定評のあるアクアが俺に闘気について耳打ちしてきた。

「あのねカズマ。闘気っていうのはね、自分の生命力そのものをエネルギー化して体外に放出したものよ。スキルポイントでの習得は不可能で、己の体を鍛えに鍛えた武人にしか発現しない、前衛の奥義とも呼ばれている特殊技能なの」

なんで前衛の奥義を魔法使いが……なんてツッコミはみんちゃす関連ではもはや今更のことだ。

「それで……どうするんだ?元最強のアークウィザードさんよ。もし怖じ気づいたってんなら無理強いはしねーけどな」

「残念ながら私は最強のアークウィザードなどではないよ。リッチーとなった今でも、我が師には及ばないだろうからね。……しかし、最後に他でもない紅蓮の闘気クリムゾン・オーラを纏う者と相対するとは、これまた因果なものだ……よろしい。アークウィザードとして、そしてノーライフキングとして、君の挑戦を受けて立とうじゃないか」

みんちゃすの挑発は軽く流しつつも、あの紅色のオーラに思うところがあったらしく、キールは戦闘体勢に入り魔力と殺気を解放した。

こ、怖っ……!

流石はリッチー、もの凄い圧力だ。俺に直接向けられているわけじゃないのに、余波だけで思わずチビりそうになったぜ……。

「そうかい、それじゃ遠慮無く……『パワード』、『ラピッドリィ』、『プロテクション』!からの鳳凰剛健脚・紅蓮!オラァッ!」

強化魔法で身体能力を底上げしてから、みんちゃすは目にも止まらぬスピードでキールの懐に入り、腹に当たる部分に蹴りを叩き込んだ。

「うぐぅぅ……つ!」

苦悶の表情を浮かべながら後ずさるキール。え……リッチーに物理攻撃が効いている……!?

「闘気による攻撃は闘気でないと防げないわよ。生身で受ければ防御力次第で軽減はできるけど、それでも確実に痛手を負うことになるわ。物理攻撃に強力な耐性のあるリッチーでも、例外じゃないわ」

俺の疑問を見透かしてか、またアクアが俺に耳打ちしてきた。つまり避ければどうってことないということか……え?みんちゃすの攻撃を避け続ける?

みんちゃすが同じ人間とは思えないスピードで撹乱しながら、キール目掛けて次々と自慢の格闘技を振るう。それを目の当たりにしつつこう思う。

それなんて無理ゲー?

しかも物理攻撃が無効であるリッチーのキールが苦痛に呻いていることから、どうやらアクアの言っていることは本当らしい。

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

キールも負けじと魔法で応戦する。掌からとてつもなく強力な冷気を発し、みんちゃすの体を包み込んだが……

「この程度の魔法、今の俺には通用しねーんだよ!」

纏った闘気がいとも容易く冷気を霧散させた。……って魔法も効かないのかよ!?いくらなんでもチート過ぎねぇ!?

「やはり魔法は通用せんか……ふむ、さてどうしたものか-」

「チンタラやってんじゃねーよ!

ハァァアアア……修羅滅砕拳・紅蓮!」

みんちゃすは左拳に闘気を集中し、キールの腹……にあたる部分をぶち破り風穴を開けた。

や、やったのか……!?

なんてフラグめいたことを俺が考えたせいか、キールがぶち開けられた腹部には気にもとめず、みんちゃすの左腕に両手を添える。

「……素晴らしい攻撃だったが私はリッチー、流石に腹を破かれた程度では死なんよ」

「っ、何するつもりだ!?言っとくが状態異常なんざ-」

「そして覚えておくといい……どんな力にも弱点は存在する」

そう言いながらキールが左腕を握りしめると、纏っていたオーラが突然消え去った。いや、それだけでなく-


「ぐ、ぐぁぁああぁぁあああーっ!?」


みんちゃすが苦悶の表情を浮かべて絶叫し、その場に膝から崩れ落ちた。

何が起こったのかはわからないが、とりあえずこの勝負はキールの勝ち-



「紅蓮一閃」



と思うや否や、みんちゃすは右手で『九蓮宝燈』を目にも止まらぬ速さで鞘から引き抜き、キールの首を斬り落とした。

しかしその一撃で力を使い果たしたらしく、みんちゃすはそのままキールの体を巻き込み、うつ伏せに倒れ込んで気を失った。

……え?ちょ、どうすんのこれ?


「痛たたた……。体力を大幅に吸われた状態から、さらに闘気を用いた斬撃で首を落とされるとは……なんという勝利への執念だ」

「ひゃえっ!?」

突然生首が呟いた口から変な声出た、というか内蔵が出るかと思った。

「あ、あんたまだ生きてるのかよ……!?というか、首切られて痛いで済むの!?」

「そりゃあリッチーだからね、首を落とされたぐらいでは死なんよ。まあかなりの重症だかね。見てごらん、いつのまにか私の体が大分透けているだろう」

確かにちょっと幽霊みたくなってるけど、痛手それだけ!?不死王ノーライフ・キングの名に偽り無しだわコレ。というか最早いったいどうやったら死ぬんだ?

「どうやったら死ぬんだ?……とでも言いたげだね。神聖な力に頼らず上位のアンデッドを滅ぼすには、跡形もなく消し潰す以外に方法は無いよ。いやまったく、私もほとほと苦労させられた……そんな訳でそこのアークプリ-ストのお嬢さん、結果的に勝負は私の勝ちのようだし、どうか私を浄化してくれないか?」






アクアが一つ一つ、言葉を噛みしめる様に魔法の詠唱を行う中、取れた首を手の平に乗せたデュラハン状態のキールは、ベッドに横たわるお嬢様のその腕の骨に空いている方の手を置いた。ちなみに俺は気を失ったみんちゃす(キールによると命に別状はなく、闘気の過剰使用による一時的な昏睡らしい)を背負いながらことの成り行きを見守っている。

アクア曰く、お嬢様の方は何の悔いもなく安らかにに成仏しているらしい。なので本来はキールを浄化できるだけの大きさの魔法陣で良いのだが、アクアは気合を入れて浄化の魔法陣を拡大し、今やその魔法陣はお嬢様の骨はおろか、部屋中をも覆い尽くす大きさになっていた。

キールはお嬢様を守り戦っていた際に重傷を負ったが、彼女を守り抜く為にリッチーに成ったらしい。

半ば自滅とはいえ仲間がやられたというのに、不覚にもこのリッチーのことをちょっとだけ格好良いと思ってしまった。

妾となってからろくに屋敷の外にも出してもらえなかったお嬢様は、国を相手取り、世界を飛び回った逃走劇の果てに、このダンジョンで最期を迎えたらしい。

不自由な逃亡生活の中、彼女は文句の一つも言わず、絶えず幸せそうに笑ってくれていたのだとキールは言う。

キールは、私はお嬢様を幸せにできたのだろうか、と呟くと。

「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石に出来ないし、この通りそう簡単には死ねない体だしね。じっとここで朽ち果てるのを待ってたら、とてつもない神聖な力を感じたもんだからね。思わず私も、長い眠りから覚めたってものさ」

部屋を満たす魔方陣の柔らかな光に包まれ、手の平に乗ったキールの頭がカタカタと笑った。

アクアが、唱え続けていた詠唱を終える。

そして今までに見た事も無い優しげな表情で、キールに向けて笑いかけた。


………誰だこいつ?


俺が自分の目を疑っていると、アクアが優しげな声でキールに告げる。

「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。……目が覚めると、目の前にはエリスと言う不自然に胸のふくらんだ女神がいるでしょう。例え年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いと言うのなら……。彼女にこう頼みなさい、再びお嬢様と会いたいと。彼女はきっと、望みを叶えてくれるわ」

重ね重ね誰だよこいつ。同姓同名かつ外見が一緒の別人だろうか。

あまりのアクアの変貌振りに現実を直視できない俺を尻目に、キールは光に包まれた部屋の中、手を動かして深々と頭を傾けた。


「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」


……光が消え、再び暗闇に閉ざされる部屋の中。

そこにはあのリッチーと、そしてなぜかお嬢様の骨も消えて無くなっていた。

何とも言えない雰囲気に場は静まり返る。

「……帰るか」

「そうね」


  




「……っ……?ここは……?」

ダンジョン入口へと帰る途中、俺に背負われたみんちゃすがようやく目を覚ました。

「お、やっと起きたか。ったく、強敵と見るや意気揚々と喧嘩を売りにいくのはこれっきりにしてくれよ?」

「……そいつは、できねー相談だな……それにしても、くそっ……!勝ち逃げしやがってあの骸骨ヤロー……!」

「その骸骨ヤローから、お前に伝言を預かってるぞ」

「……あ?」

首を傾げるみんちゃすに、俺はキールに伝えて欲しいと頼まれた言葉を伝える。

「『君の闘気術はまだ未熟過ぎる。未熟ということは、成長する余地が十二分にあるということだ。君はこの先強くなるよ、恐らくリッチーである私よりもね。だから追い抜かれない内に、すまないけど勝ち逃げさせてもらうとするよ』だってさ」

「……強くなるだと?んなもん当たり前だ。俺はいずれ誰よりも強くなってやる。リッチーよりも、『白騎士』よりも……かの三つ目の紅魔族よりもな!フハハハハハ」

誰よりも強くなる、か。こいつなら本当にそうなってもおかしくないよな。

それにしても……

「なあアクア……あのアンデッド、またお嬢様に会えるかな?」

「……どうかしら。まあエリスなら何とかしてくれるでしょ」

「あのリッチー良い人だったな。もう要らないからって、タンスにしまってた財産くれたぞ。どれぐらいの価値があるのか知らないけど、街に帰ったら山分けな」

「……そうね。彼らの分まで、大事に使ってあげましょう……」


…………。


なんかいつもと違うしんみりした空気に耐えられなくなった俺は、地上に戻ってアクアが元気になってから聞こうと思っていた事を、今ここで聞く事にした。

「……なあアクア。あいつが言ってたけどさ」

「……なに?」



「……あの人さ。とてつもない神聖な力を感じて目覚めたって言ってたけど。このダンジョンでやたらとアンデッドに出会うのって……別にお前と一緒に居るからじゃ無いよな?」

 


「ッ!?」

「あー……」

アクアが俺の質問に、その場にビクッと立ち止まる。

「そ、そそそ、そんなー、そんな事はない……と、思うわ……?」

とてつもなく曖昧な返事を返してきた。

そして背中のみんちゃすが、俺に呆れた声をぶつけてくる。

「オメー今の今まで気づいてなかったのかのかよ?ついこの前ベルディアが攻めてきたときも、こいつアンデッドナイトにやたら群がられたじゃねーか」

「!?」

みんちゃすの指摘に更にビクリと震えるアクアから、俺は無言でジワジワと距離を取る。

そんな俺を見てアクアは俺にジリジリと距離を縮めて来る。

「……ね、ねえカズマ。なんでそんなに距離を取るの?いつモンスターが襲って来ても良い様に、私達もうちょっと近くに居るべきじゃ無いかしら?」

その意見を黙殺してさらに距離を取ろうとしたら、アクアが俺の服の裾にすがりついてきた。

「私だけこんな所に置いていこうとしたって、そうはいかないわよぉっ!みんちゃすも戦闘不能だし、アンデッドも倒せる私が居なかったらカズマは一人じゃ帰れないじゃない!お願い置いていかないでぇっ!」

「だから、お前がそのアンデッドを呼び寄せてんだろ!?」

「ダメよ!他のモンスターーだっているんだから一人にしない……で……?」 


俺達二人が不毛なやり取りを繰り広げていたら、ダンジョンの闇の中から何かの遠吠えが聞こえてきた。

敵感知が大勢のモンスター達の気配を察知。そいつらはここへ向かってくる……か。


「…………潜伏」


俺は無言でピタリと壁に張り付き、そのまま闇に溶け込んだ。

「えっ、ちょっとカズマ!待って!?ねえ、何私一人残して潜伏してるの!?……嘘でしょ?悪い冗談やめてよ、ねぇ!?ごめん、ごめんなさい、私が悪かったわ!悪かったから、私にも潜伏スキル使ってよ!ごめんなさい、カズマ!ねえ、カズマ様ー!!ああああああああーっ!ああああああああーーーーーっ!」

アクアが泣き出した頃に潜伏スキルに混ぜてやった。


「結局こいつら、最後まで緊張感が足りてねーな……」

ぐったりした状態で背負われてるお前も人のこと言えないだろ。 






「……何があったのか聞いてもいいですか?」

ログハウスで待機していためぐみんが開口一番に尋ねてきた。

「うっ、うわあああああああ!カズマが、カズマがああああああああ!」

ダクネスは俺の後ろで泣くアクアの頭を撫でて慰めている。ちなみにみんちゃすはようやく体力が回復し、俺の背から降りて紅茶の準備に取りかかっている。

「人のせいにするなよ!?お前がアンデッドを寄せ集める体質なのが悪いんだろうが!」

「だってだって!私が神々しいのは生まれつきなんだから、こればっかりはしょうがないじゃないの!……それとも何?私にカズマのヒキニートレベルにまでこの神聖なオーラを下げろって言うの?そんな事をすれば、世界に散らばる敬虔なアクシズ教徒達がどれだけ嘆き悲しむか……!」

「こいつちっとも反省してやがらねえ!?少しはあのリッチーとお嬢様の純粋さでも見習えよ!」

「あーーーっ!ヒキニートが女神にアンデッドを見習えとか言った!」

こちらの首を絞めようとするアクアを引き剥がす俺に、ダクネスが首を傾げながら呟いた。

「……リッチーとお嬢様?」

俺は泣きながら掴みかかってくるアクアに抵抗しながら、ダクネス達にかいつまんで敬意を説明してやる。

「……なるほど。みんちゃすがカズマに背負われていたのは、そういうことでしたか。それにしても、新しく覚えた力を考え無しにぶっ放してして自滅とは、みんちゃすもまだまだヒヨッ子ですね……あっ、冗談です。ですから『ちゅーれんぽーと』の刀身をちらつかせないでください、すごく怖いです」 

「知ってるかーめぐみん。人ってのはなー、痛いとこつつかれたら腹が立つ生き物なんだよ」

痛いとこってことは、自分でもそう思ってるのか。

「……それでアクアの話じゃ、そのお嬢様は未練もなく、綺麗に成仏してたんだと。あのリッチーはお嬢様を幸せにできただろうか、とか言ってたが……逃亡生活だったらしいし、果たしてどうだったのかねえ」

なんとなく呟いた俺の言葉に、ダクネスが物憂げな表情で呟く。 

「……幸せだったろうさ、そう断言できる。そのお嬢様は、逃亡生活の間が人生で一番自由で楽しかったに違いない」

「……どっかの誰かみてーにか?」

「……ああ、そうだな」

ダクネスの意味深な台詞に、みんちゃすがこれまた意味深な質問すると、ダクネスは少しだけ寂しげな笑顔で肯定した。

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