第9話:キールのダンジョン②
【sideカズマ】
今日のアクアは絶好調だ。
トイレの神様でもなければ宴会の神様でも、借金の神様でも貧乏神でもない。
「死してなおこの世にさ迷い続ける魂達、安らかに眠りなさい……『ターンアンデッド』!」
今のアクアはどこに出しても恥ずかしくない立派な女神そのものだった。
まあこのせまい空間でそんな目立つスキルを使えば、アンデッド系以外のモンスターにも見つかることになるのだが、
「豪傑無双烈破!鳳凰剛健脚!仁王空裂絶刀!修羅滅砕拳!」
そこはみんちゃすがいつものごとく魔法使い職とは思えない見事な格闘技を駆使して、鎧袖一触とばかりに大半の敵を蹴散らしてくれる。
あれ?俺いる意味無くね?
経験値配分に気を使ってみんちゃすがちょいちょい俺にも回してくれてるけど、このパーティーの編成から俺を除外しても、何の支障もなく回るのが悲しい。
……はっきり言って俺はダンジョンを甘く見ていたようだ。確かに暗視と潜伏のコンボによる利点は大きい。こいつを駆使すれば大概のモンスターはどうにでもなりそうだ。……が、こんなモンスターハウスかってぐらいアンデットがうじゃうじゃ沸いて出てくるなら、そんな利点はあって無いようなものだ。
自分の認識の甘さを深く反省する。
浄化を終えたアクアが良い仕事をしたとばかりに息を吐き、みんちゃすは手応えが無かったようで退屈そうに欠伸をしている。
「ご苦労さん。いや助かったよ、俺一人で来てたら危ない所だった」
「んー……それはどうかねー?」
何やらみんちゃすが首を傾げる中、俺の労いを受けたアクアが得意気に、
「あら?私のありがたみがようやくわかってきたかしら?……それにしても、お宝はどこかしら。荒らされ尽くしたダンジョンだしあんまり期待はしてなかったけど、ここまで深く潜って手ぶらってのもねえ……」
確かに。
当初の予定では探索方法の有用性は確認できたらさっさと引き返すつもりだったが、あまりに何にもないもんだから、俺達が闇の中でも問題なく進めることもあって、気がつけば随分奥深くまで来てしまっていた。
わざわざここまで来たんだから何かお宝とまでは言わなくても、金目の物の一つでも見つけたいのが人情ってものだ。
俺は前方にある部屋に敵の気配や罠が無い事を確認すると、慎重に部屋の中に入る。
危険がないことを確かめてから、ガサ入れを開始する。
「……チッ、ろくな物が無いな」
「……ねえカズマ」
「はいカズマ」
「そのセリフ……私、コソ泥の気分になってきたんだけど」
「それも常習犯のなー」
言うなよ、俺もちょっと後ろめたくなっちゃうだろうが。
「……? ねえカズマ、あそこに何かあるわ」
と、アクアが部屋の隅に何かを見つけた様だった。 三人で部屋の隅に行くと、そこには……
「ちょっと、宝よ宝、宝箱よ!やったわね!」
…………いやいやいやいや。
ノコノコと宝箱に寄っていくアクアを慌てて止める。
「おい待て迂闊女神、お前こんなもんあからさますぎるだろ……だいたい何度も探索されたダンジョンに、唐突にこんないかにもな宝箱……やっぱり……敵感知スキルに反応があるな」
「ふーん?ならちょっと確かめてみるか」
そう言って宝箱に向かってすたすたと近づいていくみんちゃす……え、何するつもり-
「ていっ」
「「ちょっ!?」
みんちゃすが宝箱を蹴飛ばすと、周囲の壁と床が突然蠢き、みんちゃすを飲み込もうと醜悪な牙を剥いた!気持ち悪っ!?
「あ、危な-」
「流氷一閃!」
しかしみんちゃすは凄まじい速さで『雪月華』を鞘から引き抜き、居合に強力な冷気を乗せて放った。壁や床一面に擬態していた何かは完全に氷漬けになり、やがて宝箱もろとも跡形もなく消え去った。
「ダンジョンもどき風情が……俺を栄養にしようなんざ千年
「だ、ダンジョンもどきっていうのか今のアレ……」
「……歩いたりする事は出来ないけれど、体の一部を宝箱やお金に擬態させて、それに触った生き物を捕食するの。場合によってはモンスターも捕食するわ」
「モンスターまで!?タチ悪いな!?」
ダンジョンの中にもちゃんとこうして生存競争が成り立っているらしい。
この世界は相変わらず世知辛い。
「……つーかみんちゃす、わかってたんなら無視すりゃいいじゃねーか」
「なんか俺よりアクアの方が目立ってたから、ムシャクシャしてついやっちゃった☆」
「やっちゃった☆じゃねーよ!?」
これだから紅魔族は!
「……というかみんちゃす。さっきの技、お前にしては凄くまともな魔法だったな。ようやく普通の魔法を取ったのか?」
「誰の魔法がまともじゃねーのかは、ダンジョンから帰ってからじっくり聞くとして……さっきのは『雪月華』の力だ。精霊結晶で作られた武器はちょっと魔力を込めてやれば莫大なエレメントを産み出せるんだよ」
何それずるい。
「……なあみんちゃす。その剣俺が使ってもいいか?お前そんなんなくても十分強いんだし」
「精霊結晶は分不相応な人に使役されそうになると逆襲するからやめといた方が良いわよ?駆け出しの最弱職のカズマさんだと多分、握っただけで即氷漬け間違いなしね」
……この世界は本当に世知辛い。どう足掻いても、俺がチート能力で無双できる日は来ないようだ。
「『ターンアンデッド』!」
もうどれだけのアンデッドをアクアが退治したのか数えきれない。トラウマになってもおかしくない数のアンデッドと遭遇していた。
千里眼スキル取っといてよかった……普通に灯かりを点けて進み、これだけのゾンビ達に遭遇していたなら、俺はもうとっくに泣いて帰っていただろう。
「……いやおかしくね?アンデッド多過ぎだろ。こんなもんアークプリーストが居るパーティじゃなかったらどうしようもねぇじゃん」
「あー?俺ならどうとでもなるぞ」
「お前は例外だよ」
ここは駆け出し連中が練習代わりにしているダンジョン。これだけの量のモンスターを、駆け出しが相手に出来るとは思えない。
魔法をガンガン撃っているにも関わらず、アクアは疲れる様子は見せていない。流石は一応女神と言った所か。
みんちゃすも何十というモンスターを蹴散らしてきたのに、息一つすら上がっていない。このめぐみんよりも小さな体の、どこにそんな体力があるんだ?
「結局お宝らしいお宝は見つからなかったが、そろそろ帰るか?」
だが、いくらアクアやみんちゃすがいるとは言え、めぐみん達を待たせてることだしそろそろ引き返すべきだろう。
「そうねえ。お宝は無かったけど、アンデッドを沢山浄化できたし私的には満足したわ。……でも待って? なんか、まだその辺にアンデッド臭がするわね」
俺の敵感知には反応しないが、今日のアクアは絶好調らしい。
「アンデッド臭とやらは知らねーが……あっちの方からとんでもなく強大な魔力を感じるぜ。おそらくこのダンジョンに入ってすぐに、俺が感知した魔力の持ち主だろーな」
は?
「……ダンジョンに入ってすぐに?なんだよそれ聞いてないぞ」
「あー?………あっ、オメーがすぐ引き返すっつってたから伝えてなかったわ。いっけね」
「いっけねじゃねぇよ馬鹿野郎!?前々から思ってたけどお前って大分能天気だよな!明らかにヤバめのことでも先送りにするとこあるよな!」
「いちいち喚くんじゃねーよ。ダンジョン内なんだから緊張感持てっつってるだろ」
「誰のせいだと思ってんだ馬鹿野郎!?」
言い争う俺とみんちゃすを尻目にアクアが突き当たりの壁に近づくと、突如その一部がクルリと横に回転して開いた。
みんちゃすが何かした訳じゃなく、向こうから開いたのだ。その奥からはくぐもった低い声が聞こえてくる。
「そこに、プリーストが居るのか?」
部屋の中は、小さなベッドとタンス、そしてテーブルとイスがあるのみだった。
ベッドの隣のイスには、みんちゃす曰くとんでもなく強大な魔力の持ち主が腰掛けている。
「やあ、初めましてこんにちはこんばんわもしくはおはよう。外の時間は分からないからどれが正解かはわからんがね」
俺のスキルでは相手の輪郭しか見えないので、挨拶をしてきた相手に一言断りつつ、ティンダーでテーブルに置いてあるランプに灯を点ける。
闇の中、ランプの灯りで照らされたその相手は、目深にローブをかぶった、干乾びた皮が張り付いた骸骨……ウィズと同じノーライフキング、リッチーだった。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いさ」
その昔、キールと言う名のアークウィザードが、たまたま街を散歩していた貴族の令嬢に一目惚れをした。
身分の違いからその恋が実らない事を知っていたキールは、とある凄腕魔法使いのもとでひたすら魔法の修行に没頭した。
月日は流れ、やがて師が去った後も研鑽を積み続けたキールはいつしか、国一番の最高のアークウィザードと呼ばれるようになった。
キールは持てる魔術を惜しみなく使い、国の為に貢献すると、やがて多くの人々に称えられ、王城にてその功績を称える宴が催された。
王が言う。
その功績に報いたい、どんなものでも望みを一つ叶えよう、と。
キールは言った。
この世にたった一つ。どうしても叶わなかった望みがあります。それは虐げられている愛する人が、幸せに成ってくれる事。
「そう言って、私は貴族の令嬢を攫ったのだよ」
キールが、そんな事を自慢げに語った。
……なるほど。
「……つまりなんだ。あんたは、悪い魔法使いじゃなくて良い魔法使いだったって事か? その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りの為に王様の妾として差し出され、でも王様には可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、その子が虐げられてる所を、要らないんなら俺にくれと攫っていったと」
「まあそう言う事になるな。……で、その攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパチやった訳だ。……いやあ、あれは楽しかったな。ちなみにその攫ったお嬢様がそこにいる方だよ。鎖骨のラインが美しいだろう?」
「だろう?と言われても骨の良し悪しなんざわかんねーよ……」
キールが指す方を見ると、小さなベッドの上に、白骨化した骨が綺麗に整えられて横たわっている。感想としてはみんちゃすに同意しておく。
……どうしたもんだこれ。
俺の隣では、アクアがキールに向けて爛々と目を輝かせていた。きっと浄化させたくてさせたくて、しょうがないのだろう。
「……で、だ。そこの女性にちょっと頼みがあってね」
キールが、そんな事を言ってきた。
「頼み?」
「大方自分を浄化してほしいとかそんなんだろ?」
みんちゃすの問いにキ-ルがコクンと頷くと、みんちゃすは溜め息をついて肩を竦める。
「まあそう死に急ぐなよ。……アンタ、かつて国一番と言われたほどのアークウィザードなんだろ?」
「うむ、そう言われていたな」
……どうしよう。そこはかとない既視感を感じる。
「安らかに眠りたけりゃ、今ここで俺と戦え!かつて貴族の娘さんを拐ったように、浄化される権利は腕づくで奪い取るんだな!」
だと思ったよ畜生!ついこの前ウィズに完敗したってのに、この戦闘バカまったく懲りてねえ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます