【幕間】魔剣の勇者と竜帝(後編)

【sideミツルギ】


「はぁぁあああっ!」

僕は魔剣グラムを構え、ティアマットに向かって斬りかかった。

が……

「えっ……?」

グラムが届く寸前、ティアマットの姿が忽然と消えた。

僕が呆気に取られたのはほんの一瞬。次の瞬間にはいつの間にか真横にいたティアマットが剣で僕の足下を掬った。

「うわぁっ!?」

僕はバランスを保てず転倒し、そのまま地面に倒れ込んだ。

「ま、マズ-」 

「……拍子抜けだな」

すかさず起き上がろうとする僕の鼻先に、ティアマットは大剣を突き付けた。

「剣速と敏捷性は中々のものだが、剣の腕が拙なすぎる。どうやらその魔剣の加護で身体能力が底上げされているようだが、身の丈に合わぬ袈裟が立派でもただ滑稽なだけだ。……その魔剣を扱うには、お前はあまりに未熟過ぎる」

「-ッッッ!」 

全身から嫌な汗が吹き出るのを感じ、喉は火傷を負ったかのようにますます渇きを覚える。

もしティアマットが手心を加えていなかったら、たった今僕は確実に命を落としていた。

そんな僕を一瞥し、ティアマットは剣を鞘にしまう。

「……去れ。私の剣を未熟者の血で汚したくはない」

「……ッッッ!」

そう言ってティアマットは踵を返す。一瞬間を置いてから、僕の心は怒りによって埋め尽くされた。

この怒りはティアマットの態度に対してではない……見逃されたことに、一瞬でも助かったと安堵を覚えた自分自身にだ!

モンスターに敗北し、あまつさえ見逃されてほっとする……そんな奴を勇者と呼べる筈がないじゃないか!

今の僕が勝てる相手ではないことなど、戦う前からわかっていたことだ。この期に及んでおめおめ引き下がるようなら、ここで討たれた方がマシだ。

「……待て!まだ勝負はついてないぞ!」

僕は立ち上がり、魔剣グラムをティアマットに突き付けてそう宣言した。

ティアマットは振り向き、呆れたような表情を僕に向けてくる。

「愚かな……実力の差をまだ理解していないのか?一度の蛮勇も許さぬほど狭量ではないが、二度も見過すつもりはないぞ」

「生憎だが……僕に後ろへ下がる足はついていないんでね!」

己を鼓舞するように僕がそう言い放つと-

「それでこそキョウヤよ!私達も、一緒に戦うわ!」

「竜帝だか魔王軍の幹部だか知らないけど、魔剣の勇者パーティーを舐めないでよね!」 

「ほう……」

草影で隠れていたクレメアとフィオが僕の両隣へと並び、武器を構えてそう啖呵を……ええっ!?

「なんで出てきたんだ二人とも!?アイツは君達が敵う相手じゃ-」

「それはキョウヤだって同じことでしょ?」 「そ、それは……!」

僕の目をまっすぐ見つめてそう言ったフィオに、僕は言い返すことができなかった。確かに彼女の言う通り、相手にならないという点では僕も二人も大差ないのかもしれない。

フィオに続くようにクレメアも僕を見据えながら、

「こんなこと私だって認めたくないけど、アイツはキョウヤでも手に負えないほど強い……でも、私達はパーティーでしょ?キョウヤ一人じゃダメでも、私達が力を合わせれば-」

「どうになる……とでも思っているのか?現実はそう優しくはないぞ」

再び鞘から大剣を引き抜きつつ、ティアマットはそう言い捨てる。

「もう一度言うが、私は戦意の無い者は斬らん。だがそうして私の前に立ちはだかった以上は、お前達も“敵”だと判断せざるを得ない。……それを覚悟の上なのだな?」

ティアマットは僕だけでなく、クレメアとフィオにも極大の殺気をぶつける。二人はそれに一瞬気圧されるも、二人で頷き合うとそのままティアマットに向かって駆け出した! 

「あったり前でしょうがこのエラ女!」

「キョウヤ!私達がこいつの隙を作るから、キョウヤはその後斬り込んで!たとえドラゴンの王だろうと、魔剣の力があれば両断できる筈よ!」

「む、無茶だ二人とも!?やめろ!」

急いで追いかけながら制止するも、二人はまるで歩みを止めない。……ダメだ、間に合わない!

「愚かな……そのような稚拙な戦術が、このティアマットに通じると思うなぁっ!」

ティアマットが剣に炎を纏わせ空を斬ると、その軌道に沿って吹き出た熱風が二人を襲った。

「「きゃぁぁぉああああ!?」」

「クレメア!?フィオ!?」

二人は僕よりも遥か後方に吹き飛ばされた。いったい二人はどうなったのか、命に別状はないのかは振り向いてみないとわからない。彼女達を想うならば、背を向けてでも駆けつけるべきなのかもしれない。しかし、頭に血が上り冷静さを失った僕は、目の前のティアマットを斬る以外の選択は消失してしまった。

「ティアマットォォォオオオオオ!!!」

「仲間が倒され、冷静さを失ったか……青いな」

ティアマットは僕を迎え撃つように剣を構える。間違いなく警戒すべきだと理性は謳っているが、そんなものは一瞬にして黒い感情に塗り潰された。

「『ルーン・オブ・セイバー』!」

僕のもてる最高の技を発動し、フルスピードのままティアマットへと魔剣グラムを振り降ろ-





『オメーの太刀筋には柔軟性がまるでない。一から十まで教科書通りの見え見えの剣だ。』



っっっ……!!!

振り降ろす瞬間にあの少年に言われたことが脳裏を掠めたことで、僕は持てる理性を総動員して剣を、そして踏み込もうとした足をどうにか押し止める。

「っ!?フェイントだと!?」

次の瞬間、凄まじい剣速で大剣か僕の目の前を通過した。どうやらティアマットは僕の攻撃に対してカウンターを狙っていたらしく、あのまま僕が不用意に突っ込んでいたらやられていただろう。……図らずもあの少年のおかげで、絶好の隙が生まれた!

「うぉぉおおおおぉぉぉおお!」

「っ、刺突!?」

僕はすぐさま魔剣グラムの剣先で、ティアマットの首を狙う。刺突技はその技の性質上、魔剣グラムの斬れ味を活かせないため相性は良くない。『ルーン・オブ・セイバー』も然りだ。

ティアマット程の強者がそんなことを見抜いていない筈がなく、だからこそ再び裏をかくことができた。もし普通に斬りかかっていれば、すぐさま体勢を建て直したティアマットに受け止められていただろう。

グラムの剣先はそのまま邪魔されることなく、ティアマットの首に吸い込まれるように-


「-ッッッぁぁぁあああああッ!」


……しかしティアマットはギリギリのところでそれを躱し、結界僕が放った刺突は肩口を引き裂くだけに留まった。

くっ……ならばこのままもう一度- 


「貴様ぁぁあああぁぁあああああ!!!」


次の瞬間、怒号と共にティアマットの全身から放出された高熱の閃光に、僕は為す術もなく吹き飛ばされた。 

「あ‘’ぁっ!……うぐ……っ!」

すぐさま立ち上がろうとするも、全身が大火傷の痛みで悲鳴を上げ、動くどころかまともに喋ることもできなくなった。相当遠くまで飛ばされたらしく、僕の少し前にはクレメアとフィオが気を失って倒れ伏している。

二人の無事に安堵したのも束の間、今までとは比較にならないほどの凄まじい殺気が、ティアマットから僕に向けて放たれる。

「図に乗るなよ小僧……貴様ごときでは私の首は取れん!のぼせ上がるなぁっ!」  

決死の覚悟で報いた僕の一矢は、どうやら奴の逆鱗に触れてしまったらしい。このまま倒れたままなら確実に殺されるだろうが、やはり指先一本たりとも動かすことがままならない。

くそっ、せめて……せめて二人だけでも……!

「そんなに命を粗末にしたければ、お望み通り我が奥義で葬ってくれる……ついでにそこの二人もまとめて消し飛ばしてやろう!」

ティアマットは大剣に炎を灯す。その勢いたるやまるで火山の噴火のようであり、遠く離れた僕にまでその熱が届くほどだった。あんな炎をぶつけられたら、僕はもとよりこの二人までも巻き添えになり、灰も残らず焼き尽くされてしまうだろ。

「刮目しろ、これぞ我が剣戟の極致……」


動け……動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けぇぇえええ! 


「火焔竜演舞!」


そんな僕の心からの願いも虚しく、ティアマットの奥義は炸裂した。一瞬の間に繰り出された無数の炎の斬撃が、1つの巨大な業火となって僕達三人へ襲いかかる。

くっ、万事休すか……クレメア、フィオ、非力な僕を許してくれ-

 


「ジェノサイド・ハリケーン」

 


死を覚悟した僕だったが、どこからともなく突如飛来した巨大な竜巻が、ティアマットの放った斬撃の炎とぶつかり合った。

拮抗したのはほんの一瞬、竜巻はあれほど燃え盛っていた業火を消し潰し、


「こ、この技は-うぐぁぁあああっ!?」


そしてなおその勢いは止まらず、竜巻はティアマットを情け容赦なく飲み込んだ。

最後の力を限界まで振り絞って首を動かし、竜巻が来た方角を振り向いて見ると、身に付けている装備全てが白一色で統一された、どこかで見覚えのある顔立ちをした長身の騎士が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

やがて竜巻が収まると、全身生傷だらけになったティアマットが姿を現した。

「くっ……-っ!?せ、師匠せんせいっ!?」

竜族の強い生命力故か、ティアマットは全身に負った傷に痛がる素振りすら見せず、驚愕した表情で純白の騎士を見つめていた。

やがて純白の騎士は無言でティアマットに、こちらに来るよう手招きする。ティアマットが未だに驚愕しつつも、それに従って近づくと-


「この……大馬鹿者がぁぁあああっ!」


怒声と共にティアマットの横っ面をひっぱたいた。辺り一帯に鳴り響いたビンタの音とは思えない轟音からして、常人なら間違いなく首から上が無くなっていたんじゃないかという威力だった。

あまりの威力にぶっ倒れるも、すぐさま起き上がり臣下の礼を取るティアマットを、純白の騎士は侮蔑のこもった目で見下ろす。

「相手の力を侮り手を抜いておきながら、思わぬしっぺ返しを喰らって逆上……か。竜帝ともあろう者が、随分とまあ醜態を晒したものだなティア?他でもないこの私に剣を習っておいて、そのような愚行を犯すとは……恥を知れ!」

「申し訳ありません!……全て、私の未熟さが招いた結果です……!」

魔王軍の幹部であるティアマットがなぜ人間にこうべを垂れているのか、いったいあの白い騎士は何者なのか……疑問は山程あったが受けたダメージがもう限界だったようで、その辺りで僕の意識は途絶えてしまった。


「……ちょうどいい、そろそろ貴様に弟子を取らせようか。さて、そうだな……そこに転がっている魔剣の小僧を、一端の剣士にまで育て上げてみよ。そうすれば今回の剣は不問にしてやろうではないか」


……そんな不吉な言葉が、妙に鮮明に僕の耳に聞こえてきた。






【続く】

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