第20話:首無し騎士⑤
【sideカズマ】
アンデッドナイトはゾンビの上位互換であり、鎧をしっかりと着込むことでアンデッド故の肉体の脆さをある程度克服した、駆け出し冒険者にとって十分な脅威なモンスターだ。
で、現在そのアンデッドナイトが数ダース単位で襲い掛かってきている。
「ちっ、流石にあの数は処理が面倒だな。かといってあんな有象無象共に『ちゅーれんぽーと』は抜きたくねーし……」
みんちゃすがそうボヤくが、こいつ以外にとっては面倒どころの話ではない。
「おわーっ!?プリーストを!プリーストを呼べー!」
「誰かエリス教の教会行って、聖水ありったけ貰って来てくれえええ!」
その証拠にあちこちから、そんな切羽詰まった冒険者の叫びが響き渡る。
街中へと侵入してくるアンデッドナイト達を何とか迎え撃とうとする冒険者達だが、駆け出し冒険者にはかなり荷が重い相手だ。
そしてそれを理解しているベルディアは、嘲笑うかの哄笑を……
「クハハハハハ!さあ、お前達の絶望の叫びをこの俺に……。……俺……に……?」
「わ、わああああーっ!なんで私ばっかり狙われるの!?私、女神なのに!神様だから、日頃の行いも良い筈なのに!」
「ああっ!?ず、ずるいっ!私は本当に日頃の行いは良い筈なのに、どうしてアクアの所にばっかりアンデッドナイトが……っ!」
仮にも女神のくせに神々しさの欠片もない事を叫ぶアクアと、どうしようもないことを羨ましそうに叫ぶダクネス。アンデッドナイト達は街の住人に手を出すでもなく、なぜかひたすらにアクアだけ執拗に追いかけている。
「こっ、こらお前達!?そんなプリースト一人にかまけてないで、他の冒険者や街の住人を血祭りにしろぉぉおお!」
それを見たベルディアが焦った声を上げるが、依然としてアンデッドナイト達は猟犬の如くアクアに粘着する。
意思を持たない迷える下級アンデッド達は本能的に女神であるアクアに救いを求め、蛍光灯に群がる蛾のように集まってしまうのだろうか。
「『パワード』、『プロテクション』、『マジックゲイン』、『ラピッドリィ』、『フレイム・ウエポン』」
アクアが体を張って時間を稼ぐ中、みんちゃすは万全の準備を整え、抜刀した『九蓮宝燈』に炎を纏わせ、
「このままでは埒が明かん……仕方がない、俺が出るしか-」
「火焔竜演舞!」
「ぐおおおおおっ!?」
あっさりと前言を撤回し前線に出ようとしたベルディアに、業火の嵐を叩きつけた。
「カズマ、あのヤローの足止めは俺が引き受ける!オメーらはその間にさっさとあの雑魚共を片付けろ!できるだけ急げ、多分そこまで長くは持たねー!」
「わ、わかった!」
俺の返事に満足そうに頷くとみんちゃすは『九蓮宝燈』を納刀し、凄いスピードでベルディアに向かって一直線に駆けていった。
「おのれ『赤碧の魔闘士』……俺を舐めるなぁっ!」
ベルディアは馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくるみんちゃすに対し、カウンター気味に大剣を振り降ろす。
「
「な、なんだと!?ぐっ……!」
しかしみんちゃすは大剣に手を添えると、ド素人の俺ですら見惚れる程の流れるような動きでひらりと受け流した。
大剣はそのまま地面に叩きつけられ、その反動でベルディアが少し怯む。
「うぅぅぅ……おおぉぉぉおおおおぉぉおおお!!!」
「ぐおぉっ!?バ、バカな!?」
その隙を逃さずみんちゃすはベルディアの両脇を掴み、その体を持ち上げながら数メートルほど飛び上がる。二メートル以上もある重装備の巨体が、めぐみんより小さいみんちゃすに持ち上げられる様は、ハッキリ言って非常にシュールな光景だ。
「圧壊しろクソアンデッドが!飛龍堕天奈落!」
「がはぁぁあああっ!?」
みんちゃすはそのまま空中でベルディアを地面にぶん投げた。猛スピードで思いっきり背中から強打し、ベルディアは仰向けのまま苦悶の声を漏らす。あの技人間が喰らったら即死か、少なくとも間違いなく背骨をやって二度と立てなくなるよな……。
「続けて鳳凰剛健脚!」
「げぼぁああっ!?」
そしてみんちゃすはまるで容赦せず、そのままベルディアの腹にドロップキックして着地し、その後も絶えずベルディアに苛烈な攻撃を続ける。……俺もう今後あいつにタメ口とか聞けない気がする。
「な、なあカズマ。あとでみんちゃすにあの凶悪コンボをしてもらえないか頼んでみようと思うのだが、ダメだろうか……?」
「ダメだよ何もかもが」
この変態は最近ようやく騎士として認めてもらったのに、それをあっさりとふいにするつもりだろうか。
「調子に乗るなぁぁあああ!」
「っ、『ヘヴィメタル』-ぐぁっ!?」
しかしベルディアもやられっぱなしではなく、すぐさま体勢を建て直して大剣を薙ぐ。腹にまともに喰らったが斬り裂かれることはなく、大きな金属音が響くと共にみんちゃすが苦悶の表情を浮かべる。……なんで人体からあんな重厚な音が出るんだ……?
まあそれはともかく、みんちゃすとアクアが時間を稼いでる今がチャンスだ。
「めぐみん、あのアンデッドナイトの群れに、爆裂魔法を撃ち込めないか!?」
「ええっ!街中ですし、ああもまとまりがないと、撃ち漏らしてしまいます!」
と、その時、
「わああああ、カズマさーん!カズマさーん!!」
アクアがアンデッドナイトの大群を引き連れて、俺を目指して駆けて来た。
何考えてんだこのバカ女!?
「このバカッ!おいやめろ、こっち来んな!向こうへ行けよ300エリスあげるから!」
「そんな端金で動くほど私は安い女じゃないわよ!このアンデッド達おかしいの!ターンアンデッドでも消し去れないの!」
畜生、そういや部下にも魔王の加護がかかってるって言ってたなアイツ……っ!
いや待てよ?……
これだ!
「めぐみん、街の外で魔法唱えて待機してろー!」
「ええっ!?……りょ、了解です!」
めぐみんにそう告げ、俺はアクア(withアンデッドナイツ)に追い掛けられながら街の外へ、わざとアンデッドナイトと戦闘している冒険者の近くを通り過ぎながら、できるだけ多くのアンデッドナイトをアクアに擦り付けていく様に向かう。
「カズマさーん!なんか、なんか私の後ろに!街中のアンデッドナイトがついて来てるんですけど!」
振り返ると俺の目論見通り、全てのアンデッドナイトの大群がアクアの後ろに集まった。
「……おっ!あばよ糞騎士、『エア・ウォーク』!」
「むっ、臆して逃げる気か!?『赤碧の魔闘士』の名が泣くぞ!」
「テメーがまんまと俺一人に気を取られてる間に、あっちの準備は済んだみてーだからなー」
「何?……っ、紅魔の娘!?」
空中に浮かぶみんちゃすからの言葉にベルディアはこちらを向くが、もう遅い!
俺とアクアに続くように、アンデッドナイトが街を出たその瞬間、
「今だめぐみん、蹴散らせーっ!」
俺の合図にめぐみんがマントをはためかせ、紅い瞳を輝かせながら杖を構える。
「何という絶好のシチュエーション!感謝します、深く感謝しますよカズマ!
……我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!魔王の幹部、ベルディアよ!我が覇道、我が誇り……そして、我が力を見るがいい!『エクスプロージョン』ッッッ!!!」
めぐみん会心の爆裂魔法が、アンデッドナイト達を包み込んだ。
めぐみんの放った爆裂魔法は、街の正門の真ん前に隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターを作り上げ、アンデッドナイトを一体残らず葬り去った。
その場の誰もがその魔法の圧倒的な破壊力に言葉を無くす中、
「クックックッ……。我が爆裂魔法の威力を目の当たりにし、誰一人として声も出せないようですね……。ふああ……口上といい、凄く……気持ち良かったです……あう……」
勝ち誇っためぐみんの声が聞こえてきた。声のする方を向くと、ちょっと離れた所の地面から、魔力を使い果たしてうつ伏せに倒れているめぐみんの姿が。
「………おんぶはいるか?」
「お、お願いしまーす……」
せっかく大活躍したってのに、いちいち絞まらない奴だな……。
めぐみんを抱き抱え自分の背中に背負い込むと、みんちゃすは俺達の近くに着地した。体のあちこちに生傷や腫れができているが、大したダメージは受けていないようだ。
「お疲れー。ぶっちゃけノープランで丸投げしたが、上手く処理してくれたみてーだな」
こいつ意外と無責任なとこあるよな……。
「口の中が……、口の中がじゃりじゃりする……!」
アクアも半泣きで口の中の砂を吐き出しながら俺の方に歩いてくる。どうやら爆裂魔法の余波を受け、地面を転げ回っていたらしい。
未だ大量の爆煙が上がる中、街中の冒険者からの歓声が沸き上がる。
「うおおおおおお!やるじゃねーか、頭のおかしい子!」
「名前と頭がおかしいだけで、やるときはちゃんとやるじゃないか!」
「見直したぜ、頭のおかしい子!」
背負っているめぐみんがこめかみを引くつかせたのが、後ろを見なくてもわかる。
「ちょっとあの人達に爆裂魔法ぶっ放したいので、近くまで連れていってください」
「いやオメーもう魔力空だろーが。今はとりあえず顔だけ覚えとけや」
「今日は大仕事したんだ、自信持って胸張って休んどけよ。……ご苦労さん」
その言葉にめぐみんが、安心したようにしがみつく。当然俺の背中には柔らかい物が……
物……が…………?
……まあロリっ子だし、期待しても仕方ないか……。
「紅魔族は知能が凄く高いのですが……今、カズマが何を考えているのか当ててあげましょうか」
「……めぐみんて、着痩せするタイプなんだなーって思ってた-痛たたたたっ!?」
あまりにもあからさまなお世辞に、めぐみんは無言で俺の両肩に爪を食い込ませる。
「あのなーオメーら……もう少し緊張感を持てや。前座を片付けただけで、真打ちはまだ残ってるんだからよー」
呆れたような声色とともにみんちゃすが顎で差した場所に視線を移すと、みんちゃすにボコられたせいか所々鎧がへこんだベルディアがいた。しかしベルディアもみんちゃす同様、大したダメージは受けていないようだ。
ベルディアは無言で、街の入り口で俺達をじっと見ていた。
……正確には、俺の背中のめぐみんを。
やがて、ベルディアが肩を震わせ始める。
「クハハハハハ!面白い!面白いぞ紅魔の娘よ!まさか『赤碧の魔闘士』抜きで配下を全滅させられるとは思わなかったぞ!……よし、では約束通りこの俺自ら、貴様らの相手をしてやろう!」
街の入り口にいたベルディアが、大剣を構えてこちらへと駆け出してくる!
「カズマ、奴を倒す算段はある程度ついた。本来リーダーはオメーだが、今は俺が指揮っていいか?」
「勿論!」
抜刀しながらのみんちゃすの提案に、俺は二つ返事で了承する。なんだったら今回だけでなくずっと丸投げしたいくらいだ。
「それじゃ腹括れよオメーら。相手は腐っても魔王軍幹部、軽はずみな行動はそのまま死に直結すると思……は?」
みんちゃすの言葉が言い切られる前に、警告したNGな行為を体現するかのように、多数の冒険者達が武器を手に狙われた俺達を援護するべく、ベルディアを遠巻きに取り囲んだ。
それを見たベルディアは、愉快そうに肩をすくめる。
「……ほーう?俺の一番の狙いはそこにいる連中なのだが……。……クク、万が一にもこの俺を討ち取ることができれば、さぞかし大層な報酬が貰えるだろうな。……さあ、一獲千金を夢見る冒険者達よ。まとめて掛かってくるがいい!」
一攫千金というその言葉に、包囲を狭めていた冒険者が色めき立つ。
「いくぞお前ら!こいつが強かろうが、後ろに目は付いちゃいねえ!囲んで同時に襲い掛かるぞ!」
ベルディアの横手から、周りの冒険者に向けて死亡フラグのお手本みたいな台詞を叫んだ
「おい、相手は魔王軍の幹部だぞ!そんな手で簡単に倒せる訳ないだろ!」
「高額報酬に目が眩んで色気づいてんじゃねーよ!オメーら雑魚共にどーこーできる相手だとでも思ってんのか!」
すぐさま援護に行こうとする俺達を、噛ませ犬みたいなセリフを言った戦士風の男が手で制した。
「心配すんなみんちゃす!時間稼ぎが出来れば十分だ!緊急の放送を聞いて、すぐにお前と並ぶこの街の切り札がやって来るさ!お前とあいつ二人がかりなら、魔王軍の幹部だろうがこいつは
さらに死亡フラグを積み重ねながら襲い掛かろうとする男を前に、ベルディアは片手に持っていた自分の首を空へと放り投げた。
……この街の切り札?
誰だか知らないが、みんちゃすと並ぶってくらいだから、さぞかし腕利きの冒険者だろうか?
そんなことを考えてる間にベルディアの首は、顔の正面を地上へと向けながら宙を舞う。
「それが色気づいてるっつってんだよ!オメーらごときじゃ時間稼ぎにもなりゃしねーよ!」
その光景と、慌ててあちらに向かいながら呟いたみんちゃすの言葉に、俺は背筋がぞくりとした。そしてその不吉な予感は周囲で見ていた冒険者達も感じ取ったらしい。
「やめろ!行くな……」
名も知らない冒険者達を止めようとするがが……。
ベルディアは一斉に斬りかかってくる冒険者達の攻撃を、あたかも背中に目が付いているかの様に全てなんなく躱した。
「えっ?」
斬りかかった冒険者の誰かの、何が起きたかわからないといったトーンの一言の直後、アッサリと全ての攻撃を躱してみせたベルディアは、片手で握っていた大剣を両手で握り直し……
斬りかかってきた冒険者全員を、瞬く間に斬り捨てた。
「っ、間に合わなかったか……バカヤロー共が……!」
みんちゃすの重苦しく呟いた悪態に、紛れもなく即死であると嫌でも実感させられた。
あまりにも理不尽な光景を目の当たりにし、俺はようやくこの世界の現実を思い知る。
ドシャリと音を立てて崩れ落ちる男達を満足そうに見届けると、ベルディアは片手を上に向け、落ちてきた首をキャッチするその
その一連の動きを何でもない事だったかのように、ベルディアは駆けつけたみんちゃすに視線を向ける。
「次は……やはり貴様か、『赤碧の魔闘士』。まあもとより、貴様以外に俺の相手が務まる奴など、この街にいやしないだろうがな」
そう言って殺気を放つベルディア。先程のアクアやみんちゃすに好き放題されていたときとは別物の、気を抜けば気絶してしまいそうな程の迫力だ。流石のみんちゃすも顔を強張らせ警戒耐性に入り、居合わせた冒険者達も怯む中、唐突に一人の女の子が叫びを上げた。
「な、なによ……あんたなんか……!あんたなんか、今にミツルギさんが来たら一撃で斬られちゃうんだから!」
…………え?
「………あ‘’?」
ミツルギって、俺とみんちゃすにボコられて、レベルを1にされて魔剣まで売り捌かれた……あの?
「おう、もう少しだけ持ちこたえてくれみんちゃす!あの魔剣使いの兄ちゃんとお前のコンビなら、きっと魔王軍の幹部だって……!」
「ベルディアと言ったな!この街の高レベルで凄腕の冒険者は、何もみんちゃすだけじゃないんだぜ!」
……ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!ヤバイがゲシュタルト崩壊するほどヤバイ!
色々とヤバイが何が一番ヤバイって、それはもうみんちゃすだ。
自分があんだけコテンパンにした奴と同格のように扱われ、ましてやそいつが前座のように言われたりしたら、あの世界一気が短いヤクザ魔法使いのことだから……。
「………このド腐れ騎士の前に、まずはあいつらから血祭りに上げてやろうかあ”ぁ”ん!?」
やっぱ怒ってらっしゃるぅぅぅ!この上なくご立腹でいらっしゃるぅぅぅ!
運良く戦闘中で命拾いしたなあの人達……あくまでひとまずだが。
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