第11話:紅と蒼の瞳⑪

【sideみんちゃす】


「おはよう二人とも。めぐみん、朝食は食べた?」

「おはようさん」

「おはようございます。最近ますます魔性ぶりに磨きがかかった妹が、色んな方々から貢がせているようでして。そのおこぼれをもらっているので、お腹いっぱいですよ」

「そ、それって人としてどうなの……?」

「めぐみんが情けないんじゃなくて、こめっこがスゲーんだよ。俺を荷物持ちに使った奴なんて、後にも先にもアイツだけだしなー」

「いったい何があったの!?」

「いつもいつも食材の提供ありがとうございます。あなた達二人は我が家のライフラインですよ」

「今後も提供させる気満々だなー……」

「やっぱり私が負ける前提なんだね……つ、次は絶対私が勝ってみせるんだからっ」

今日は紅魔族の祝日なので休校日。

お世辞にも快晴とは言えない曇り空の中、俺とめぐみんがとゆんゆんはニート《ぶっころりー》の相談に乗るべく、わざわざこうして朝早くから集まっていた。……よくよく考えてみれば、なんでわざわざ俺達がニートごときのために、わざわざ貴重な休日を潰さなきゃならないんだ?

「ふふっ、二人とも、これを見て!」

少しばかりムカついてきた俺は気晴らしに、ゆんゆんが喜々として取り出した王都で人気のあるボードゲームに注意を向ける。

「どうしたんですか、それ?」

「王都に旅行に行ってたおじさんが、お土産にくれたのよ。『これは一人じゃ遊べない物だから、これがあればきっとお前も……』とか、よく分からない事言ってたけど」

……ゆんゆんのおじさんも色々と苦労してるな。最近友達ができたことを死ったら歓喜で泣き崩れるんじゃないか?

「これを学校に持って行こうかと思うんだけど……その前に、ぶっころりーさんが来るまでやってみない?」

「……まあ構いませんが。頭を使うゲームで負ける気はしませんよ?」

「最初はオメーら二人でいいぞ。俺はどちらか負けた方とやるからよ」

それにしても芝生の上でボードゲームとは、なんだかな……。

「じゃあまずは、私からいくわね……!」



「くうううう!……こ、ここっ!このマスに、『ソードマスター』を前進させるわ!」

「このマスに『アークウィザード』をテレポート」

「めぐみん、テレポートの使い方が嫌らしい!……ねえ、『アークウィザード』は使用禁止にしない?」

「自分の職禁止ってオメーな……」

「そうですよまったく……ほら、そうこう言っている間にリーチですよ」

「ああああ、待って、待って!」


勝者、めぐみん。

続いて俺vsゆんゆんの試合が始まるのだが…………仕掛けてみるか。

「どんまいゆんゆん。まあそう気を落とすなって。俺に勝って自信をつけてから、またリベンジすりゃいいじゃねーか」

「みんちゃす……励ましてくれてありがとう。でも、手加減はしないからねっ」 

しめしめ。



「うわー(棒)流石は次席にして族長の娘、強すぎるー(棒)」

「……あれ?これって……」 

めぐみんは気づいたみたいだな……ゆんゆんは既に、取り返しのつかない罠に嵌まっていることに……!

「よし、このままいけば勝てそう……!さあみんちゃす、これで終わりよ!このマスに『クルセイダー』を前進!」

よし、ビンゴ!

さここからがショータイムだ!

「斜め方向に配置していた『冒険者』でそいつを狩る」

「え……えぇっ!?い、いつのまにそんなところに……あ、『アークプリースト』で『冒険者』を……」

ゆんゆんよ……思考停止はいかなる場合も悪手中の悪手だと知れ!

「そいつをどけちゃっていいのかー?『ソードマスター』で『アークウィザード』!」

「あぁ!?しまった!?……こ、ここはいったんソードマスターで守りを固めて……」 

とどめだ!

「ゆんゆんは相変わらず視野がせまいなー、もっと盤面をよく見ようぜ」

「え?それはどういう-」

「ほれ、リーチ」

「……え?……あ…あああああああ!?」

「え、えげつない……」

生憎だが少し前に、似たような内容のゲームを母ちゃんとよくやってたんだよな。ボッコボコにし過ぎてリアルファイトに発展してボコられたっけ……。

というわけで勝者、俺。

「みんちゃすの鬼!悪魔!天国から地獄に叩き落とされた気分よ!」

「わりーわりー。この手のゲームだと、初対戦の相手にはついつい仕掛けたくなるんだよなー。途中まで不利な展開を演出し相手を調子づかせて、相手が勝ちを確信した直後当たりから、怒濤の攻めで毟れるだけ毟るっていう戦法」

「手口が酷すぎるよ!?」

「ふむ、なにやらみんちゃすは経験者だったようですね。私の相手にとって不足無しです!」



二時間後……。


「計六回やって結局ゆんゆんは全敗で、俺とめぐみんが一勝一敗かー」

1敗はエクスプロージョンされたから仕方ないにしても、勝った方の割と薄氷の勝利だった。……もしこいつが初心者じゃなかったら、多分負けてたなありゃ。やっぱりこいつは紅魔族の中でも別格だ。

「もう一回!ねえめぐみん、もう一回お願い!」

「ゆんゆんが相手じゃ何度やっても私の勝ちですよ、もう諦めてください。……というか、このゲーム結構面白いですね。勝者の権利として、しばらく借りていきますよ」

「ああっ!ま、待って!ていうか、このゲームのルールがおかしいのよ!エクスプロージョンとかテレポートとか!誰よこんなルール考えた人は!」

涙目のゆんゆんが、悔しげに駒を指で弾く。……なんか心当たりがある気がするが、きっと気のせいだろう、うん。

「うう……めぐみんはともかく、みんちゃすにも勝てないなんて……」

「オメーが常日頃俺をどう認識してるのかは伝わったよ。とりあえず辞世の句はそれでいいよな?」

「待って!?喧嘩を売ったつもりはなくて……」

バキボキと手を鳴らしてにじりよる俺に対して、涙目になって弁明するゆんゆん。そんなことは勿論知っている。喧嘩売ったつもりがあったのなら既に沈めてるからな。では何故こんなことをするかというと……ゆんゆんのリアクションが面白いからだ。

「えっと…みんちゃすって学校だとああだから、こんなに頭が良かったなんて知らなくて」

「それは私も同感ですね。……というか、私ほどでないにしてもそれほど頭が良いのに、なんで学校ではああなのですか?」

「事実とはいえ、オメーは意地でも自分がトップということは譲らねーのな……つーかゲームが強い=頭が良いってわけじゃねーだろうが」

まあその指摘はもっともだろうが…

「そりゃ単純に興味がーからだろな。俺は入学した頃には既に父ちゃんから紅魔族としての心構えと、冒険者としてやっていく上で必要な知識はだいたい教わっていたからなー」

「そ、そうだったんだ……」 

「その他で必要と感じた知識は自主勉で補った方が早い。ぷっちんの授業は、はっきり言って無駄なものが多すぎるからな。普通の紅魔族からのウケは良いんだろうが、何分混血のせいか俺の感性はほんのちょっとばかしズレているみてーだ」

「ああ…やたらと近接戦闘に拘ったり、絶好のタイミングで助けに入る紅魔族の美学に難色を示したり、言われてみればちょくちょくズレていますね。……ですがそこまで気にするほどじゃありませんよ?それに、純血の紅魔族にもゆんゆんみたいな娘もいますし」

「そうだな……俺もゆんゆんの変人っぷりに、今まで何度安心させられたことか」

「やっぱりこの里では私がおかしいの!?」

この三人で談笑すると、高確率でゆんゆんがいじられる流れになるな。


「……しかし、肝心のぶっころりーが遅いですね。一体何をしているのでしょうか」

「あんの腐れニートめ、人を呼び出して重役出勤とはいい身分だなーオイ……ぶち殺し決定だ」

「殺すの!?」

「良いですね、では行きましょうか」

「めぐみんも止めてよ!?」


こうしてめぐみんの家の近所にあるぶっころりーの家へ向かう。ぶっころりーの家は、この里随一の靴屋。……と言ってもこの里には靴屋が一件しか無いのだが。随一より唯一が適切だろうが気にしたら負けだ。

店に入ると、ぶっころりーの父ちゃんこと靴屋の店長がいた……そりゃそうか。

「ごめんください。ぶっころりーはいますか?」

「おっ、めぐみんじゃないか、らっしゃい!倅ならまだ寝てるぜ」


 ……よし、殺そう。


めぐみんとアイコンタクトだけで打ち合わせを終え、再び店長に向き直る。

「すいません、起こしてもらっていいですか?実はぶっころりーから、『いたいけな少女の君達に相談があるんだよ、はあ……はあ……!』とか言われてまして」

「ちなみに俺は、『あぁ勿論君も大歓迎だよ。僕、男でも全然いけるから。特に君ぐらいの年齢の子ならなおさら……ぐへへへへへ』とか言われたなー」

「あの野郎!」

店長は鬼の形相で即座に二階へと駆け上がっていく。

「ちょ、ちょっと!ぶっころりーさんが言っていた事とは、大体合ってるけど大きく違うわよ!あと、みんちゃすに至っては完全に事実無根じゃない!?」

「殺すって言ったろ?まずは社会的にだ」

「人を呼びつけといて呑気に寝ているニートには、このぐらいしてやらないと」

二階から怒鳴り声と悲鳴が聞こえ、や

がてぶっころりーが駆け下りてきた。

「ひいぃっ!?ああ、めぐみんとみんちゃす!酷いじゃないか!親父に、『このホモ、ロリコン、ショタコン、ニートの四重クズが!』とか怒鳴られていきなり叩き起こされたよ!」

その肩書きは真っ当な人生を送る上で、重い足枷になること間違いなしだ。

「自業自得だ馬鹿」

「そうです、人に相談を持ち掛けといて、約束の時間を過ぎても寝ているからではないですか。ほら、とっとと行きますよ!」

「あっ、ちょっと待ってくれ! 俺、まだ着替えてもいない!」




着替えを済ませたぶっころりーと共に外に出た俺達は、里に一つしかない奇抜なメニューの喫茶店に入る事に。

「ゆんゆん、みんちゃす、好きな物を頼んでください。ぶっころりーの奢りなので遠慮する事はないですよ。あ、私はカロリーが一番高いパフェをお願いします」

「それって俺が言う事じゃないのか!?金なんてほとんど無いのに……」

「ニートだもんな、可哀想に……それじゃあ俺は紅茶と、値段が一番高い料理を頼む」

「確実に可哀想と思ってないよねその注文の仕方!いったい何が目的でそんなことを!?」

「高額な支払いに狼狽ろうばいするニートを、指刺して笑いたいだけだが?」

そしてそれを肴に紅茶を啜る……実に素晴らしいひとときだ。

「…………相談する相手を間違えた」

「ええっと、私はお腹いっぱいなので、その、お水でいいです……。というかめぐみん、今朝はたくさん食べたんじゃなかったの?」

「食べれるときに食い溜めしておくのが我が家の処世術です」

めぐみんの弁は切実過ぎて涙を誘う。

テーブルに着いて注文を終えた俺達は、改めてぶっころりーの相談に乗る事に。

「はあ、もういいや…………今日はすまないね。相談っていうのは他でもない。実は俺……好きな人ができたんだ」

「ええっ!」

「ニートのクセにですか!?」

「ニートは関係ないだろ!?ニートだって飯も食えば眠りもするし、恋だってするさ!」

「ニートに色気付かれてもなー……ただただ気色悪いだけだな」

「奢ってあげたのに辛辣過ぎませんかね君!?」

ぶっころりーが(特に俺に)抗議してくるが、既にめぐみんとゆんゆんは聞いておらず、二人で勝手に盛り上がっていた。こいつらも年相応に女の子してるなー…と、俺は優雅に紅茶を啜りながら暖かい目で二人を見守る。

「こ、恋話だ!ねえめぐみん、恋話だよ!」

「まさか、身近な人のこんな甘酸っぱい話を聞くだなんて思いもしませんでしたね」

脇の酸っぱい奴の話だけどな。

「……というか、相手は誰なんですか?ひょっとして、私達の知っている人とか。いえ、もしかして、私達のどちらかだとか……!」

「おい、失礼な事言うなよ。二人とも自分の年を考えてくれ。俺はロリコンじゃ……や、止めろっ、止めろよ二人とも!悪かったから、俺のコーヒーにタバスコ入れようとするのは止めてくれ!」

慌てて謝るぶっころりーは、急に真剣な表情になる。……しゃーねーな。大分溜飲も下がったことだし、ふざけるのはこの辺にしてそろそろ真面目に聞いてやるか。

……だが二人はともかく、この手の話題でなんで俺まで呼ばれたんだ?自分で言うのもなんだが、完全に人選ミスだろ。

「……その、俺が好きな人って言うのは……」


ぶっころりーのカミングアウトでその疑問は一気に解けた。よりにもよってあの人かよ……俺のやる気が見る見るなくなっていく……。

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