【第2章】第1話:雪精討伐クエスト

【sideみんちゃす】


「……金が、欲しいっ!」


冒険者ギルドの酒場にて、パーティーリーダーのカズマが血を吐くような切実さでそう呻き、そのまま両手で頭を抱えながらテーブルに顔を伏せたまま起き上がってこねー。

「そんなの私だって欲しいわよ。……というかアンタ、甲斐性無さ過ぎでしょう?女神であるこの私を毎日馬小屋なんかに泊めてくれちゃって、恥ずかしいと思わないんですかー?分かったらもっと私を贅沢させて。もっと私を甘やかして」

そんなカズマに人としてアレなことを言い出したのは、カズマ曰く「女神を自称する痛い奴」ことアクア。能力は俺の知っているプリーストの中でも一二を争う実力を持っているが、どういうわけかロクに活躍したところをほぼ見かけねーという面白生物だ。

「オメーなー……カズマがなんで金を欲しがってんのか、わかんねーのかよ?」

「はあ?そんなの私がわかるわけないでしょ。このヒキニートのことだから引き篭れるだけの蓄えが欲しいとか、そんなところじゃないの?」

「いや借金だろ」

俺の放った一言に、アクアがびくりと震えて目を伏せる。俺に続くようにカズマが勢いよく顔を上げ、力任せにテーブルをバンと叩く。

「そうだよ借金だよ!お前が作った借金のせいで、毎回請けたクエストの報酬から大半が、借金返済のために天引きされていくんだぞ!?今朝なんて馬小屋の中で目が覚めたら睫毛が凍ってたんだぞ!?このまま本格的な冬になったら、馬小屋の寝床じゃ小声死ぬわ!」

そう食ってかかるカズマに対し、アクア耳を塞いでそっぽを向く。

「前にも言ったがたかだか4000万ぐらい、別に俺が立て替えといてやってもいいんだぞ?そんなに切羽詰まってるなら寝床も提供してやるしよ」

「前にも言ったがそれは遠慮する……年下のヒモとか言われて後ろ指差されたら、別の意味で死にたくなってくるから……」

まあ気持ちはわからんでもない。もし俺がこいつの立場でも、多分拒否してただろーし。……それにしても窃盗スキルでパンツ剥ぎ取ったりしてる割には、意外と世間体気にするよなこいつ。

つーかそんな悠長なこと言ってて大丈夫なのか?冬の間は弱いモンスターは皆冬眠するし、活動するのは厳しい環境をものともしない強力なモンスターだけになる。俺は何の問題もーが、まだ駆け出しのこいつらに冬のモンスター討伐なんてリスクが大き過ぎねーか?

と、言われ放題だったアクアが突然テーブルをばんと叩き、身を乗り出して反論しだした。

「だってだってしょうがないじゃないの!ベルディアの時は私の超凄い活躍が無かったら、この街は滅ぼされてたかも知れないのよ!?」

確かにアクアの言うことも一理ある。最終的にあいつを滅ぼしたのは俺だが、あんな隙だらけの未完成技をぶち当てられたのは、アクアの喚び出した洪水で大幅に弱っていたことが大きな要因だった。……まあその喚び出した洪水で街の外壁その他諸々をぶっ壊さなきゃ、ケチがつくことも無かったんだろーが。

「わかったらもっと私を称えてよ!誉めて誉めて甘やかしてよ!みんちゃすみたいにお酒も奢ってよ!」

「この構ってちゃんがのクソバカが!意外と人をダメにするタイプだったみんちゃすに甘やかされてりゃ調子に乗りやがって!」

オメー俺のことそんな風に思ってたのか……?あれはほらアレだよ、魔王軍幹部打倒に貢献したってのにあの結末じゃ流石に不憫だと思ったから、あの日くらいは好きに飲み食いさせてやろうと思っただけで……アレ?否定できなくねー?

「だったらお望み通り、報酬も手柄も借金も全部お前のモンにしてやるよ!借金、一人で返してこいよ」

「わあああ待って!ごめんなさい、調子に乗ったのは謝るから見捨てないで!」

席を立とうとするカズマに、すがりついて泣き喚くアクア。別段珍しい光景でも無いので、俺はティーカップを片手に『クエス王女の物語・第一章』を読み耽る。

さて、そろそろアイツらも来る頃かね?




あの後すぐにめぐみんとララティーナも合流して、クエストが張り出されている掲示板に向かう。

この街の冒険者達は先日のベルディア討伐に後見したとして報酬を得ており、わざわざ危険な冬のモンスターを狩りに行く理由などー。

そんな訳で、ギルドの掲示板の依頼は選び放題な状態なんだろうが……

「どれどれ……。……報酬は良いのばかりだが、本気でロクなクエストが残って無いな……」

「俺が普段ソロで受けてるようなヤツばっかりだなー」

余談だが、カズマ達がクエスト受けない日、俺は一人で難関クエストとかに特攻している。カズマ達のレベルに合わせたヌルいクエストじゃあ、俺の中に巣くう闘争本能がちっとも満たされねーからな。

そんな中、一枚の張り紙を剥がしながらララティーナが顔を上気させ、

「カズマ、カズマ!」

「カズマです」

「これはどうだ!牧場を襲う白狼の群れの討伐、報酬100万エリスだ!ケダモノ共の群れに、滅茶苦茶にされる自分を想像しただけで……!」

「却下」

にべもなく一蹴され、がっくりと肩を落とし張り紙を掲示板に戻すド変態騎士。だから負け前提で考えてんじゃねーよこのバカは……。

にしても白狼かー……俺一人なら余裕だが、数が数だからこいつらを守りきれねーな多分。誰とは言わんが白狼に突っ込んでいくであろう愚か者もいるだろーし……。

続いてめぐみんが同じく張り紙を剥がしながら、

「カズマカズマ!」

「カズマだよ」

「これはどうですか?冬眠から目覚めた一撃熊の討伐、300万エリスです!ふっ……我が爆裂魔法とどちらが強力な一撃か、今こそ思い知らせてやろう!」

「そんな物騒な名前のモンスターに関わりたくない。首を撫でられただけで即死しそうだ」

やはり却下され、めぐみんがすごすごと張り紙を掲示板に戻す。つーかめぐみんよー……仮にも俺と最強の座を争おうって奴が、魔法使えなかった頃の俺にワンパンで沈められてたようなモンスターと張り合うなよ……。

しかし一撃熊ねー……俺が時間を稼いでいる内に、めぐみんが爆裂魔法の準備をして……そんなまどろっこしいことしなくても、そのまま俺がシバいて終わりだな。まあ借金立て替えるのも遠慮したカズマが、何もしないで報酬だけ折半するような寄生虫行為はしねーよな、うん。

「……機動要塞デストロイヤー接近中にぬき、進路予測の為の偵察募集?……なんだよこれ。デストロイヤーってなんなんだよ」

……いやいやいやカズマの奴、どんだけ世間知らずなんだよ有り得ねー。

「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて、高速起動する要塞だ」

「ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する、子供達に妙に人気のあるヤツです」

「まあつまり、機嫌悪いときの俺の母ちゃんみてーなもんだ」

俺達の説明にもカズマはピンとこなかったらしく、興味を失い仕事の吟味に戻る。

「なあ、この雪精討伐って何だ?名前からしてそんな強そうにも思えないんだけど」

カズマが指差した張り紙は、雪精を一匹討伐するごとに10万エリスというクエスト……なんだが、あの化け物と遭遇するリスクを考えれば、あまり割に合ったクエストとは言えねーなー……。

「雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原に多く居ると言われ、剣で斬れば簡単に四散させる事が出来ます。ですが……」

めぐみんの言葉の途中に、カズマはその張り紙を剥がし取る。

「雪精討伐?雪精は、特に危害を与えるモンスターって訳じゃ無いけれども、一匹倒す毎に春が半日早く来るって言われるモンスターよ。それを請けるなら、私も準備してくるわね」

張り紙を剥がしたカズマに、アクアがちょっと待っててと言い残して何処かに向かう。

おいおい、大丈夫かよ……?まだ戦ったことねーけど《《アイツ》》は多分、俺でも太刀打ちできねー相手だってのに……。

「雪精か……」

このドMは相変わらずこうだしよ……。

……まあ、いいか。流石にこいつも最低限の分別くらいはつくだろ。




街から離れた所にある平原地帯。

まだ本格的な冬でもないのに、辺り一面が沢山の雪精で真っ白に輝いていた。

「『サンダー・エッジ』」

俺は雪精達に駆け寄りながらの指先から不定形な雷の刃を長く伸ばし、 


「紅魔死滅爪・雷轟」


両腕で曲線を描くようにら大きく振るった。その軌道に沿って指先から伸びた10の雷刃が、ふわふわ漂う雪精達を蹂躙する。……6匹か、やっぱ一気に狩ろうとすると小さくてすばしっこいから思ったより当たらねーな。

「よし、今日の仕事終わり」 

「早い早い早い!?まだ始まったばかりだぞみんちゃす!?」

平原に腰を下ろして店じまいする俺にカズマがすかさずツッコむ。んなこと言われてもよー、雑魚狩りなんざ俺の趣味じゃねーんだよ。……それに、あまり狩り過ぎてもマズイしな。

「……それからアクア。お前、その格好どうにかならんのか」

ふとカズマは虫網と小さな小瓶を幾つか抱えた、珍妙な格好のアクアに呆れて言った。

「これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れておくの!で、そのまま飲み物と一緒に箱にでも入れておけば、いつでもキンキンのネロイドが飲めるって考えよ!つまり、冷蔵庫を作ろうって訳!どう? 頭いいでしょう?」

レイゾウコとやが何かは知らねーが、雪精の寿命は春を迎えるまでってこと考慮してんのかこいつは?……いちいち指摘すんのもめんどいから放置。

「あとダクネス。お前、鎧はどうした?」

さらにカズマは、壁役とは思えねーほど薄い装甲のララティーナにも一言物申した。

「修理中だ」 

「……こないだ魔王の幹部にボロボロにされてたからなぁ……。でもそんな格好で大丈夫なのか?」

「問題ない。少し寒いが、我慢大会みたいでそれもまた……」

今日もこの変態は脳が愉快に沸騰してんなー……。




「めぐみん、ダクネス!そっちに逃げたの頼む!くそっ、チョロチョロと!」

「闇雲に振り回しても早々当たらねーよ。雪精の動きを見極め、それに応じて剣を振れー」

「そんな達人みたいなこと駆け出し冒険者にできるわけねーだろ!?つか、お前もぼーっと見てないで手伝えよ!」

「そんな文句は俺より数多く討伐してから言いやがれー」

「チクショウ、腹立つけど言い返せない!」

雪精に言いように翻弄されてるカズマ達を肴に、俺は持参した紅茶で一服する。

冒険者の世界は結果主義。あれから俺は(しつこく頼まれて渋々)さらに3匹ほど、合計9匹討伐したので文句を言われる筋合いはー。

カズマがようやくまさ匹目の雪精を仕留め、ほっと一息吐く。

「四匹目の雪精取ったー!カズマ、見て見て!大漁よ!」

そんな中アクアは虫網で捕まえた雪精を、小瓶にきゅっと詰めていた。あの虫網、結構このクエスト向きな装備だったなー。 

「カズマ、私とダクネスで追い回しても、すばしこくて当てられません……。爆裂魔法で辺り一面ぶっ飛ばしていいですか?」

ララティーナと二人で追い回し、杖で叩き、ようやく一匹仕留めためぐみんが、荒い息を吐きながら言ってきた。んー……そろそろ危ねーんだがなー……。

「……オメーも敵感知使って警戒しとけよカズマ」

「ああ。……おし、頼むよめぐみん。まとめて一掃してくれ」

その言葉にめぐみんが嬉々として呪文を唱え始め……


「我が深紅の流出を以て、白き世界を覆さん!……『エクスプロージョン』ッッッ!」


1日1発の最初にして最終の奥義が雪原に放たれた。冷たく乾いた空気をビリビリと振動させて、轟音と共に白い雪原のど真ん中に、茶色い地面を剥き出させたクレーターを作り上げた。

魔力を使い果たしためぐみんが、雪の中にうつ伏せに倒れたまま、自分の冒険者カードを確認する。

「8匹!8匹やりましたよ。レベルも一つ上がりました!」

お、討伐数が俺と並んだか。アクアが捕まえた分も含めると、これで合計25匹。……もういつアイツが来てもおかしくねーな。

「……カズマ、そろそろ撤退するべきだ」

「は?なんでだよ?せっかくこんな美味しいクエストなのに-」 

「-ッ!?気をつけろオメーら!」

ちっ、遅かったか……。

不服そうなカズマの台詞を遮り、パーティーメンバーに警戒を呼び掛ける。

日々の過酷な鍛練により遥かに研ぎ澄まされた俺の感知力は、流石にリュウガのアレには及ばねーが、カズマの敵感知スキルよりも早くその存在の接近を察知した。

危惧していた奴が、間もなくここにやってくるようだ……! 

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