第2話:冬の精霊
【sideカズマ】
雪精討伐クエスト。
多少すばしっこいだけで戦闘力皆無のこいつを、一匹討伐するごとになんと10万エリスという破格の報酬。
こんなボロ儲け間違いなしのクエストを、どうして誰もやらないのか。
……その疑問の答えが、俺達の前に突然現れた。
「……ん、出たな!」
ダクネスがそいつを見て、大剣を構えて嬉しそうにほくそ笑む。
あまりにも唐突なそいつの出現に、逃げるどころか敵感知で察知するのも遅れた。
「「…………」」
先程までレベルアップして浮かれていためぐみんは、うつ伏せのまま無言で死んだフリをしている。どういうわけかそれの接近にいち早く気づいていたらしいみんちゃすもいつもの気の抜けた表情から一転、剣呑な表情でめぐみんを庇うようにその近くに寄り添いながら、膝をついて無抵抗の意を示している。
「……カズマ。なぜ冬になると、冒険者達がクエストを受けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」
あまつさえ天下のお調子者であるアクアすらも緊張感を孕んだ声色で、そいつから一歩後ずさりつつ言葉を紡ぐ。
―俺達の視線を集めるそいつはたった一歩、ズシャリと前に足を踏み出した。
「あなたも日本に住んでいたんだし、この時季になると天気予報やニュースで名前ぐらいは聞いたでしょう?」
全身を白く染め上げた重厚な鎧姿のそいつが吹き出す重厚な殺気が、俺達の肌を抉るように突き刺さる。
日本人である俺はそいつの容姿をを一目見て、もうアクアが言う前に何なのかを把握していた。……そいつの存在を許容できるのかはまた別問題だったが。
「雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている……」
日本式の白く重厚な鎧兜に、同じく真っ白で、素晴らしくキメ細やかな陣羽織。
そして、白い総面を付けた鎧武者が、強い冷気を漂わせる純白の刀を握り立っていた。
「そう……冬将軍の到来よ」
「バカッ!このクソッタレな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだぁぁあああ!」
恐ろしく斬れそうな抜き身の刀を煌めかせ、冬将軍が襲い掛かってきた!
依然として強烈な存在感と殺気を放ちながら、冬将軍が剣道で言う八双の構えを取り、日の下に白刃を煌めかせながら、一番近くに居たダクネスに斬りかかった。
「くっ!?」
「おいバカ騎士!?何ボサッとしてんだー」
みんちゃすが何かを言い切る前に、ダクネスはそれを大剣で受けようとするが、
キンッと澄んだ音を立て、ベルディアの猛攻にすら耐えた大剣が、プリッツのようにあっさりとへし折られた。
「ああっ!?わ、私の剣がっ……!?」
アクアが冬将軍とダクネスから恐る恐る距離を取りつつ、
「冬将軍。国から高額賞金を掛けられている特別指定モンスターの一体よ。冬将軍は冬の精霊……。精霊は元々は決まった実体を持たないけど、出会った人達の無意識に思い描く思念を受け、その姿へと実体化するの。火の精霊は全てを飲み込み焼き尽くす炎の貪欲さから、凶暴そうな火トカゲに。水の精霊といえば、私のように清らかで格好良く知的で美しい水の女神を連想して、美しい乙女の姿に」
……緊急時だからスルーしてやろう。
「でも冬の精霊の場合はちょっと特殊で、危険なモンスターが
……は?
「……つまりこいつは、日本からこの世界に来たどっかのアホが、冬と言えば冬将軍みたいなノリで連想したから生まれたのか?なんて迷惑な話なんだよ、どうすんだこれ。冬の精霊なんてどう戦えばいいんだよ!?」
ダクネスを見捨てる訳にもいかないので、隣に立ち剣を構え冬将軍と対峙する。が、はっきり言ってまるで勝てる気がしない。
一見人型の鎧武者だが、それが精霊が実体化した物だって言うのなら、俺が剣で斬りつけたぐらいでどうにかなるとは思えない。
めぐみんはもう魔力が空っぽだし、こういうとき頼りになるみんちゃすも…
「カズマまで何やってんだ!?さっさと降参して頭下げて謝れやコラ!」
完全に心が折れたのかそんなトチ狂ったことを言ってきた。戦闘狂のこいつがこうなるなんて、やはり相当ヤバイ奴らしい。だからって…
「お前こそ諦めんの早すぎだろ!それにこんな殺気立ってる奴が、謝ったぐらいで見逃してくれるわけ無いだろうが!」
「違うのカズマ、みんちゃすの言ってることは正しいわ!」
そう言いながらアクアが携えていた小瓶の蓋を開け、せっかく捕まえた雪精達を解放し出した。
「カズマ、聞きなさい!冬将軍は寛大よ!きちんと礼を尽くして謝れば、見逃してくれるわ!」
アクアはそう言いながら、白い雪が積もる雪原に素早くひれ伏した。
「DOGEZAよ!DOGEZAをするの! ほら、皆も武器を捨てて早くして!謝って!カズマも早く、謝って!!」
……。プライドなどそこらに落としてきたらしい元なんとか様は、きっちりと頭まで雪につけた、それはもう見事な土下座を行なった。
「正直屈辱の極みだが……背に腹は変えられねーしな」
「…………」
見ればみんちゃすも雪原にひれ伏し、めぐみんに至っては完璧な演技で死んだフリを続けている。その迷いの無い全面降伏は、いっそ清々しさすら感じられた。
その行動はどうやら間違っていないらしく、冬将軍は土下座した三人には目もくれなくなる。
その分俺とダクネスにその視線が向けられ、俺も慌てて土下座をしようと膝を降り-
……と、俺の隣ではダクネスが、未だ立ったままでいる。
「おい何やってんだ、早くお前も頭下げろ!」
ダクネスは切り飛ばされた大剣を捨てつつ冬将軍を睨み付けていた。
「くっ……! 私にだって聖騎士であるプライドがある!誰も見ていないとは言え騎士たる私が、怖いからとモンスターに頭を下げる訳には……!」
面倒くさい事を言い出したバカ女の頭を俺は左手で引っ掴み、そのまま無理やり下げさせた。
「いつもはモンスターにホイホイ着いて行こうとするお前が、何でこんな時だけしょうもないプライドを見せるんだ!」
「や、やめろお!くっ……下げたくも無い頭を無理やり下げさせられ、地に顔を付けられるとかどんなご褒美だ!ハアハア……。ああ、雪が冷たい……!」
頬を赤くしながら形だけの抵抗を見せる変態の頭を押さえつけ、そのまま自分も頭を下げた。
チラリと冬将軍の様子を覗き見ると、冬将軍はすでにその刀を鞘に収めていた。
俺は内心胸を撫で下ろしつつも、そのまま頭を下げ続ける中、アクアとみんちゃすが俺に向かって鋭く叫んだ。
「カズマ、武器武器!早く手に持ってる剣を捨てて!」
「得物を握り締めたままの降伏なんてあるわけねーだろ!?寝首掻く気満々じゃねーか!」
冷たい雪原の上に頭を付けながら、俺は右手に剣を握ったままだった事を思い出す。
慌たためか、自然と頭が雪から離れ-
頭を上げてしまった俺の目に飛び込んできたのは、白銀に輝く刃だった。
そして聞こえる、チンと言う小さな音。
それは刀を鞘に収めた音だろう。
俺はそれを聞きながら、うっかり上げてしまった自分の目線が、なぜか冬将軍から雪の積もる地に向けられ、そのまま目の前に白い地面が迫って来るのを不思議に………
「佐藤和真さん……ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」
気がつけば俺はローマ時代の神殿の中みたいな部屋にいた。
目の前にはエリスと名乗る一人の女神。
ゆったりとした白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌。どこか儚げな美しさを持つその子の顔には、どこか陰りが感じられた。
エリスと名乗った女神のその青い瞳が、呆然と立つ俺を哀しげに見つめていた。
しばらく訳がわからず呆然としていたが、ようやく俺は冬将軍に斬られて自分が死んだ事を自覚した。そういや以前死んだときもこんなことあったっけ。
思えばあのバカ女神に煽られてカッとなって、あいつを転生特典に選んだことが不幸の始まりだったなぁ……。その後パーティーに加わった面子もヤクザに爆裂狂に変態と色物ばっかりだったし……せっかく違う世界にまで転生したってのに気苦労ばかりで、俺の人生何にもいいことが無かっ-
「あ……あれ?」
内心愚痴りながらも、ふと俺は自分の頬を熱い物が伝ったのに気がついた。日本で最初に死んだ時はこんな事は無かったのに。
……なんてこった。
俺は大嫌いだと思っていたあの訳の分からない世界の事が、案外気に入っていたらしい。
「あの……。落ち着かれましたか?」
「あ……、すんません、取り乱して。情けないところを見せちゃいましたね」
女神様の前でみっともなく泣いた俺は、流石に恥ずかしくなり目を逸らした。だがエリスと名乗ったその女神様は、憂いを帯びた表情で首を振ると、
「何も恥じる事などありません。大切な命を失ってしまったのですから……」
そう言いながら俺を案じる様に悲しげに目を閉じた。女神を名乗る存在に会ったのはこれで二度目だが、なんだこの対応の差は?ますます一人目のパチモン臭が浮き彫りになってしまう。
「あの、聞いてもいいですかね?俺を殺したあのモンスター、あの後どうなったか分かりますか?」
俺は自分が殺されたことで、あいつらが俺の仇討ちだと冬将軍に突っかかって行ったりしていないか心配になった。そうなってたら気持ちは嬉しいが、アレは人間の手でどうこうできる相手とは思えなかった。
「大丈夫です。冬将軍はあなたを斬った後、すぐに姿を消しました。ダクネスがカッとなって飛び出そうとしたようですが、黒髪の少年に抑えつけられたようです。……ダクネスを抑えながらも鬼のような形相を隠しきれていなかったので、あの少年も本心はダクネスと同じ気持ちだったようですね」
その言葉に俺は心残りが無くなった様に息を吐いた。よかった……あいつらは無事だったのか。
「佐藤和真さん。せっかく平和な日本からこの世界に助けに来てくれたのに、この様な事になり……。せめて私の力で、次の人生は平和な日本で、裕福な家庭に生まれ何不自由なく暮らせるように。幸せな人生が送れるような場所に転生させてあげましょう」
ああそうか……死んだら天国で暮らすか赤ちゃんからやり直しなんだっけ。
この訳の分からない世界は色々とろくでもなかったし短い間だったけど、あの連中と会えなくなるのは少しだけ……そう、ほんの少しだけ寂しいかな……。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、俺の顔を見てエリスが哀しそうに目を伏せる。
そして俺に右手をかざし……、
《さあ帰ってきなさいカズマ!こんな所で何をあっさり殺されてんの!女神は言っているわ、ここで死ぬ運命ではないってね!》
そんなどこかで聞いたようなフレーズが、俺とエリスしかいないこの空間にドップラー効果を伴って大音量で響いてきた。
「ちょ、な、なんだっ!?」
思わず俺は驚きの声を上げるが、俺だけでなくエリスも困惑したように目を開く。
「この声は……もしかしてアクア先輩!?めちゃくちゃ先輩そっくりで凄い気合いアクシズ教徒だと思っていたけど、まさか本物だったのっ!?」
信じられないと言った表情を浮かべ、エリスは虚空を見つめて大きな声を上げる。
《ちょっとカズマ、聞こえる? あんたの身体に『リザレクション』って魔法をかけたからもう大丈夫よ、問題ないわ!今、あんたの目の前に女神がいるでしょ?その子にこちらへの門を出してもらいなさい》
再び聞こえるアクアの声。
おお……!マジかよ女神様!?そういえばあいつ、デュラハンに斬られた冒険者達を蘇生させていた事があったっけ!
「おし、待ってろアクア!今そっちに帰るからなっ!」
声が向こうに届いているのかは分からないが、俺は虚空に向かって叫び返したが、エリスは慌てて俺に向かって手で制す。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください! ダメですダメです、申し訳ありませんが、あなたはすでに一度生き返ってますから、天界規定によりこれ以上の蘇生は出来ません!……アクア先輩と繋がっているあなたじゃないと、向こうの世界に声が届かないので、そう伝えては頂けませんか?」
エリスが慌てながらそんな事を言って来た。
なんたるぬか喜び。
「おいアクア、聞こえるかー!俺って一度生き返ってるから、天界規定とやらで、もう生き返る事はできないんだってよー!」
《はあー!?誰よそんなバカな事言ってる女神は!ちょっとあんた名乗りなさいよ!仮にも日本担当のエリートな私に、こんな辺境担当の女神がどんな口効いてんのよっ!!》
おい、止めろ。
目の前の女神様が凄く引きつった顔してるから。俯きながら何か「アクア先輩だってケイオス先輩のお下がりで担当に抜擢されただけじゃないですか……」とかちょっと黒いこと呟いてるから!
「えっと、エリスって女神様なんだけども……」
《エリスぅ?……この世界でちょっと国教として崇拝されてるからって、調子こいてお金の単位にまでなった上げ底エリスが偉くなったものね!ちょっとカズマ、エリスがそれ以上何かゴタゴタ言うのなら、アンタのスティールでその胸パッド取り上げてやり-》
「あああああああー!!!あーあーあー何も聞こえません!!!……分かりましたっ!特例で!特例で認めますから!今、門を開けますからっ!」
アクアの喚き声を強引に遮りながら、顔を赤らめて指を鳴らすと、俺の前に飾り気の無い白い門が現れる。
……パッド?
まったく、アクア先輩は相変わらず理不尽なんだから……と、エリスはぶつぶつと呟きながら魔方陣みたいなのを出してあれこれ操作する。
……パッドなんですか?
「さあ、これで現世と繋がりました。……まったく、こんな事普通は無いんですよ?本来なら、魔法で生き返れるのはたとえ王様でも白騎士でも大侠客でも一回までなんですから……カズマさんと言いましたね?」
「えっ、あ、はいっ!」
今まで、ずっと哀しげな目をしていたその女神は、しばらく困った様に頬をポリポリと掻きながら、やがてイタズラっぽく片目を瞑り、少しだけ嬉しそうに囁いた。
「この事は、内緒ですよ?」
俺は苦笑を浮かべ、心の中でパッドでも構わないと結論付けてから、そのまま白い門を開けた。
……パッドでも俺は構いませんよ?
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