22話:旅立ちの日①
【sideみんちゃす】
卒業式も終え俺が紅魔の里を出発する日の早朝、そけっとからリターンマッチを申し込まれた俺は森で死闘を演じている。
「悪鬼羅刹掌・地核!」
上級魔法による怒濤の猛攻をくぐり抜けつつ、そけっとの懐に飛び込み無防備な腹目掛けて土属性で強化した掌底を放つ。どうやらそけっとは木刀で受けるつもりのようだが無駄だ!そちらも強化していようと、素の破壊力は圧倒的に俺が上回っ-っ!?
「う、受け流された!?」
「魔法を覚えたてだからか、いつもより少し攻撃が直線的過ぎるわね……!」
俺の攻撃を木刀で受け流し、隙が生じたところでカウンターを喰らわせるつもりか!この局面までそんな素振りを一切見せなかったのは、絶交の機会を虎視眈々と狙っていたからだろう。
「くっ…『マジックガード』!『グランド・ウエポン』!」
「守りを固めても無駄よ!『ライトニング・ストライク』!」
残りの魔力を全てつぎ込んだであろう、詠唱破棄して放たれたフルパワーの上級魔法は、ガチガチに固めたガードを容易く貫き、俺は遥か後方へ吹き飛ばされ倒れ伏す。起き上がろうにも凄まじい痺れで身動きひとつとれない。
そけっとは魔力が枯渇しフラフラになりながらも、木刀を杖代わりにして俺のもとまで重い足取りで近寄る。
「今日は、私の勝ち……これで143勝14敗、ね……!」
「いやふざけんな、殺す気かアンタ」
ポーションで体力を回復し、傷の手当てをしながら俺はそけっとを糾弾する。そんな俺にそけっとはバツが悪そうに頭を掻きながら…
「い、いやさ…私にも姉弟子としてのプライドがあるじゃない?みんちゃすが魔法を覚えた途端に一気に追い越されるのは悔しいし、ちょっと対抗心が大きくなり過ぎて……その……」
「全力全開の上級魔法を俺にぶち当てたと?バカですかアンタ?これ模擬戦だよ?殺し合いじゃないんだよ?もし耐久をドーピングしてなきゃ確実にあの世行きだったよアレ。そうなったらアンタ、警察になんて弁明するの?『先日模擬戦で負けたのが悔しくて、つい全力で上級魔法使って殺っちゃいました♪』とでも言うつもりだったの?もしそうだとしたら確実に頭の病気を疑われるよなー、もしくは『これだから紅魔族は……』とか言われて俺達全体の名誉が損なわれるよなー」
「ごめんなさい!深く反省してますからもうやめてください!」
俺の執拗なネチネチ小言爆撃にそけっとは涙目になる。
「……まあ冗談だ。それほど勝ちたかったってことは、ちゃんと俺に伝わってるよ」
「みんちゃす……」
「大人げないことには変わりねーけどな」
「その辺で止めてくれないと、紅魔族随一の占い師の本領を垣間見ることになるわよ」
「そいつは怖いな。それじゃあこの後用事が入ってるし、アンタの堪忍袋ご無事な内に退散させてもらうわ。今日は俺の旅立ちってんで、クラスメイトの何人かに呼び出されてんだよ。なんでも暇を持て余して変な催しを企画してるらしくてな」
「一言余計なのよあなたは……」
そけっとと拳を合わせてから、俺は里の門に向かって歩き出す。
「頑張りなさいよ弟弟子君。世界最強になってこの里に帰ってくるのを、楽しみに待ってるわね」
そけっとの激励を背に受け、俺は振り返ることなく返事する。
「そいつは無理な話だな。母ちゃんとの決戦は、生まれ育ったこの里で行うって決めてるからよ。あの人を越えねー内から最強なんて、恥ずかしくて自称できるかよ」
「でも、みんちゃすが旅に出るなんてねー。めぐみん以上に短気で喧嘩っ早くて協調性皆無なあんたに、冒険者なんてできるの?」
「まず、パーティー組んでくれる冒険者を探すのに苦労しそうよね!」
「そうかそうか、オメーらそんなに俺のパワーアップした大般若鬼哭爪の餌食になりたいか」
「や、やめて!?手をわきわきさせながらにじり寄ってこないでよ!」
「そういう所が短気だって言ってるのよ!こんな日くらい水に流してくれても良いじゃない!?」
会ってそうそう喧嘩を売ってきたのは、地味っ子ペアことふにふらとどどんこ。この前この二人に地味っ子ペアという呼び名がクラス中に浸透しちゃったと涙目で抗議されたが、キャラが薄いコイツらが悪いので俺は悪びれない。
「それで、わざわざ呼び出して何の用だよ。あ、金は貸さねーぞ」
「借りないわよ!?……えっと、その…はい!」
目も顔も真っ赤にしたふにふらから、黒い眼鏡を渡された。
「……何これ?」
「探知の眼鏡って言ってね、身に付けると魔力を消費して、暗視と千里眼スキルが使えるようになる魔道具よ。アタシとどどんことゆんゆんでお金を出し合って、お父さんに作ってもらったんだ……言っとくけど、ちゃんと三人均等に出したからね」
「アンタ暢気で無鉄砲だから、ダンジョン探索にもロクに視界対策もしないで突っ込みそうで危なっかしいからね」
短い付き合いなのによくわかってらっしゃる。……というか、
「……いやいやいや、なんでさ?オメーらから見送りや餞別貰うってだけでも意外なのに、大して仲良かったわけでもねーのになんでこんなそこそこ高そうな魔道具を?俺、オメーらにここまでしてもらえる何かした?」
「えっと、その……弟の薬の件では、世話になったからね」
「アンタとめぐみんが作ったあの薬、凄く聞いたみたいでね。何かお礼がしたいってふにふらから相談されてさ」
「ちょっ、ちょっとどどんこ!?」
アレはほとんどめぐみんの功績だから、俺にお礼なんていらないと思うけどな。
「へぇ、意外と可愛いとこあるじゃねーか」
「う、うるさいわね!意外とは余計よ!」
「この前はゆんゆんから金巻き上げたりしてたのになー」
「それはもう蒸し返さなくてもいいでしょ!?アンタ素直にお礼も言えない訳!?」
「冗談冗談。せっかく貰ったんだ、大切に金庫の中に仕舞っておくよ」
「いや、そんなゆんゆんみたいなこと言わないで、ちゃんとダンジョンで使ってよ!?」
やべ、超楽しい。ここ最近でふにふらをからかう楽しさに嵌まりつつある。
「まったくもう……しょうがないんだから……」
「……え?何この甘酸っぱい雰囲気?みんちゃすはいつも通りだけど、ふにふら完全に女の顔になってるよね?私、完全に蚊帳の外よね?……ねえ!?」
そしてどどんこを放置するのもまあまあ楽しい。今度会ったとき『地味っ子ペアの地味な方』と呼んで存分に泣かせてやろう。
「しかしアイツらが俺にああも気軽に軽口叩けるようになるとはなー、ちょっと前まで面白いくらいビクついてたのによ」
「まあ君は暴力的で好戦的だけど、下手に喧嘩を売らなきゃ付き合いやすい性格だからね。きっかけさえあれば仲良くなるのは難しくないよ」
続いて指定された場所に向かうと、そこにいたのは未来の作家ことあるえ。非常に肝の座った女で、クラスでも俺に平然と接してきていたのは、幼馴染みのゆんゆんを除けばめぐみんとこいつだけだ。多分この斬新な見送りを考えたのもこいつだろう。
「そういやさ、やっぱオメーは冒険者にはならねーの?アークウィザードの資質はめぐみんやゆんゆんに次ぐ有望株だってのに」
「まあそういうことになるね。上級魔法は覚えようと思うけど、私の夢は作家なんだ。作家になって、誰かを喜ばせる物を書きたい。だからみんちゃすが冒険者になったなら、たまにでいいから冒険話を聞かせて欲しいな。……そして、かの『白騎士物語』より凄い冒険譚をこの手で書くんだ」
……どうやらこいつも自らの道を切り開くフロンティアスピリッツの持ち主のようだ。それは最強への道どころか闘いの道ですらないが、それは紛れもなくこいつにとっての覇道だ。
「任せとけ、ベストセラー間違い無しの波乱万丈な土産話を聞かせてやるからよ」
「楽しみに待ってるよ。……では、これは私からの餞別だ」
「……?なんだこれ、包帯?」
手渡されたのは、赤と青の包帯。
「私の眼帯を渡そうとも考えたのだけど、これを付けてしまえば君の『紅魔の因果に抗いし呪われた蒼眼』の力が弱まってしまうからね」
「呪われてねーよ」
「だがこれらも凄まじい力が秘められた逸品でね。いかなる呪いや穢れをも拒絶し、さらにこれを身に付けることで君の両眼と連動し-」
「要するに、汚れが付きにくい魔法がかかっているだけの、ただの包帯だろ」
「まあそうだけど」
作家志望ゆえに、こいつは何かと適当に話を作る癖がある。そしてそれを指摘してもまるで悪びれないこいつは、こめっこ程じゃないがかなりの大物だろう。
「……まあオシャレとしてはアリだから、ありがたく貰っておくぜ……サンキューなあるえ」
俺は両腕の手首から肘にかけてに、それぞれ色を揃えて包帯を巻き付ける。満足そうに頷くあるえに踵を返し、次に指定された場所へと歩みを進める。
「じゃあな、あるえ。オメーも落書き小説の執筆頑張れよ」
「落書き小説!?」
ちょっとした捨て台詞も忘れずに。
「で、次はオメーかゆんゆん。……何か随分と気合いが入ってるみてーだけど、どうしたよ?」
指定された場所に行くと、ゆんゆんが何かを決意したような表情で佇んでいた。俺の見送りだったのに、杖や短剣その他完全フル装備だ
「みんちゃす……以前私とした約束、覚えてる?」
「約束ー?……ああ、そういうことか」
ピンと来なかったので自身の記憶を思い返すと……割とすぐに思い当たった。
確か俺とゆんゆんの両方が、魔法を覚えた後に行うと約束した…
「みんちゃす……今、ここで……私と闘って!」
ゆんゆんからの果たし状だ。
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