第6話 愚者
円形闘技場に2人が立つと、何事もなかったかのように観客は沸きかえった。対戦相手も先ほどのことを忘れているような振る舞いだ。直前まで剣の切っ先を確認している。この状況全てにラドゥケスを苛立ちを覚えた。思わず喧騒の中叫ぶ。
「おいお前!」
ホーティはラドゥケスを視界に捉えた。
「何だ、アカメイル」
その呼び方には侮蔑の色があった。しかしそこは意に介さずというようにラドゥケスは冷たく言い放った。
「俺は今最悪に虫の居所が悪い。気をつけろよ。」
ホーティは肩をすくめただけだった。それ以上お互い何も言わず、位置についた。審判は2人の様子を見計らって合図を出した。
ラドゥケスは合図とともに突進した。こんなふざけた試合に時間を掛けるつもりはなかった。ラドゥケスの勢いに面食らった男は、慌てて剣を構えたが、及び腰の剣に力など入っているはずもなかった。ラドゥケスは剣を交えた勢いで相手を押し飛ばし、無様に倒れこむ姿を見届けた。それでもまだ立ち上がろうとする男に、ラドゥケスは歩いて近づき男の頭めがけて剣をつきさしてやった。その瞬間ホーティは小さな悲鳴をあげた。剣は目と鼻の先に突き刺さっていた。
哀れに縮こまる男を見て、ラドゥケスの中に残忍な喜びが湧き上がるのを感じた。歴然とした力の差を見せつけた時の高揚感。戦いを知るものだけが感じる征服の喜びだ。その欲望のままラドゥケスは、男を掴み起こし男に耳打ちした。
「もともとメラタイの闘技は、ぶつかりあう肉体のパワーを神に捧げる儀式だ。その弱さで試合に出ること自体、場を汚してるんだよ。」
男の震えが止まった。ラドゥケスは手を放し、男は地面に体をしたたか打ち尽けた。ラドゥケスは用は済んだとばかりに、競技場から歩み去った。
試合が終わればようはない。すぐにでもしなければならないことがあった。その時だった。審判が背後で声をあげた。観客のどよめきとともにその声が消えた。ラドゥケスが振り返った時には遅かった。男は血走った眼で剣を振り上げていた。ラドゥケスは反射的に体を傾け、すんでのところでよけることができた。しかし髪紐が切れ、幾筋かの髪が落ちるのを見た。首を狙ったらしかった。その男の姿をとらえると、腹から怒りがこみ上げてきた。
「てめぇ…」
その声に男は戦慄した。自分が何をしでかしたか気づいたらしかった。ホーティはラドゥケスを見て足がすくんだ。
流れる髪の間から覗くその目は、人のものには見えなかった。
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