第3話 対面
「セラ、早く!誰か来たらっ!」
「男の控え室なんか誰ものぞかないよ」
わかっていても、あせりを抑えることができなかった。
競技場を望める内円の通路を離れ、個室へと移動していた。
あまりきれいとは言えないがプライベートスペースがあるだけで2人には、大変ありがたいものだった。
「ちょっと動かないで!」
セラが文句を言う。セラは汗をかきながら、小さな体で全身をつかって、サルトの体を男の体へと整えていた。
床に座りこんだサルトのまわりをぐるぐる移動しながら長い布を体に巻きつけて行く。
無駄に大きなバストやくびれた腰を布で押さえつけ、平らなものに変えていくのだ。
サルトは自分の体が大嫌いだった。
ありのまま生きることができたなら、この肢体も自慢にできたのだろうか。
ふとそんな考えがよぎる。
「体を後ろにそらして」
サルトはセラの指示に従い、座ったままで体をのけぞらせた。
この状態でバストを押さえると一番自然な形に納まるのだ。
誰かに見られれば、あられのない格好だが、この部屋に勝手に入ることができるのは、主催者くらいのものだろう。
「失礼するぞ。」
扉は突然開いた。サルトの自慢の俊敏さや咄嗟の判断力は発揮されることもなく、まさに最も恥らうべき姿で固まってしまった。
「あ、アカメイル。」
セラは相変わらずの声を出しながらも、次の動きは速かった。
掛け布をすかさず掴むと固まった姉の体にさっとかぶせたのだった。
「それで女がなぜ こんなところにいるんだ?」
突然入って来た男は、目の前で行われていたことに一瞬瞠目しただけで、いつのまにか部屋の隅にあった簡易椅子に座っていた。
そしてサルトに当然の質問をした。
彼女はそれには答えず、必死で現状を理解しようと思考をめぐらせる。
この大会は、女人禁制で、敗れば投獄される。
最悪、皇帝陛下を冒涜した者として命はないかもしれない。
そして今までの賞金は全て返還を命じられる。
しかしサルトには、そんなお金は残ってはいない。
もとはといえば、全ては家のために行ったことで、そして家のために使ってしまったのだ。
つまり、全てが暴露されれば、本当に何もかも失うことになる。
その成り行き如何は今目の前に座っているこの男が握っているのだ。
「お願い!このことは内緒にして!」
突然セラが声をあげた。サルトは驚いて横にいる小さな妹を見た。
「お姉ちゃんはここで優勝しなきゃダメなの!
お母さんの治療にどうしても大金が必要で!」
「…セラ…」
声がかすれてうまく出なかった。
「そんなことは俺には関係ない。」
有無を言わさぬ物言いに、はじめてセラが黙った。
サルトもショックを受けた。
セラの言ったこと以上に何か彼を説得できるものがあるとは思えなかったからだ。しかし男の次の言葉でさらに2人は固まった。
「ついでに俺はお前の性別もどうでもいいんだ。
ただ俺は、クレウス殿の弟子と公式に手合わせ願いたいだけだ。」
相手が言っていることの意味がわからない。
でも気になることがあった。
「…師匠をご存知なのでございますか?」
サルトは失礼のないように言葉を選んで質問した。
その容姿から察するに、サルトの記憶が正しければ、彼は至上最強と謳われる民族の人間であり、その多くが雲上人である。
機嫌を損なうことは、今の状況では得策ではない。
しかし、サルトの発言に何か引っかかりを感じたのかラドゥケスは少し顔をしかめたが、すぐにサルトの質問に答えた。
「まぁな。とにかくお前が弟子なら、俺はお前と試合がしたい。
つまり問題なしだ。」
サルトは未だに頭がついて行かない。
しかしセラはすぐに理解したようだった。
「おにいちゃんいい人ね!」
セラはラドゥケスに抱きついた。
サルトは声にならぬ悲鳴を上げてセラを引き剥がす。
何と恐れ多い女だ!
しかし、セラの行為を無礼とも不敬とも咎める様子はなく、何事もなかったようにセラに言葉をかけた。
「それはどうかなお嬢ちゃん。
俺はただあんたのお姉さまに興味があるだけかもよ。」
彼に流し目を送られ、サルトは肩を震わせた。
「さて、ご婦人は衣装替えの続きがあるようだし、退出することにしよう。
突然失礼した。」
彼は椅子から立ちあがった。
彼が扉に手をかけたところで、サルトはあわてて呼び止めた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
男は振り向いてすぐに答えてくれた。
「ラドゥケス、ラドゥケス・シーラリス。」
セラから聞いていたはずなのに、彼の口を通すと新鮮に響いた。
「シーラリス様…」
感謝の言葉を述べようとしたところで、突然ラドゥケスの目が険しくなった。
サルトは思わず口を閉じた。
「俺は身分を名乗ったか?」
サルトは男の質問の意図がわからず答えに窮した。
「俺はお前に身分を告げていない。つまり俺たちは対等のはずだ。」
そう言ってもラドゥケスの意図を理解できないサルトに、彼は言葉を足した。
「俺は表面的な礼儀が大嫌いだ。
俺たちが対等なら、お前はお前自身の言葉を話せ。」
ここまで言って、やっとサルトはラドゥケスの意図が理解できた。
こんなことを言う貴族はサルトにとって初めてだ。
しかし、彼は気づいているだろうか。
その言葉は、彼が貴族ならば命令であり、対等ならば脅しなのだ。
生まれながらの強者には理解できないのかもしれない。
「お前の名は?」
サルトは一瞬躊躇してしまった。
気づけばセラが答えていた。
「サルトだよ。」
それを聞いてラドゥケスは顔を緩ませた。
「どちらが保護者かわからないな。」
馬鹿にされたようで、サルトは顔が熱くなるのを感じた。
「じゃあ試合でな。サルト。必ず決勝に上がってこい。」
「言われずとも」
今度は即答した。そうしなければ、彼女たちに未来はないのだから。
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