第4話 露見
「おかしい。なぜ審判は止めない。あれは反則行為だ。」
ラドゥケスは憤怒もあらわに言い放った。
ラドゥケスはサルトの試合を見守っていた。
最初の試合の流れはよかった。
最初に剣を交えた瞬間を見たとき、ラドゥケスはサルトの勝利を確信した。
ホーティと呼ばれる対戦相手の男の太刀筋があきらかに素人のものだったからだ。だが今はその確信も危ういものとなっている。
先ほどから、彼は剣ではなく殴る蹴るなどの殴打の攻撃をことあるごとに繰り返しているのだ。
そしてそれを審判は一切止めようとしない。
サルトが一連の攻撃に疲弊しているのは誰の目にも明らかだった。
このまま続けばサルトは負けてしまうだろう。
だがサルトは異を唱える様子はない。
ネイバが訳知った風に話し出した。
「クレウス殿の弟子とやらの相手はテレトーヴァ市長の息子だそうだ。
主催者側に息がかかってるのさ。
おそらく、あの子も自分が誰と戦っているか検討がついているんだろう。
だから攻撃を甘んじて受けているに違いない。」
ネイバもどこかで仕入れた情報なのか相手の正体に気づいていた。
ラドゥケスは毒づいた。
その様子にネイバは少しばかり驚いた様子でラドゥケスを見た。
「何だ、面白くなさそうだな。
こんなことはよくあることじゃないか。
むしろこれぐらいの逆境跳ね除けてもらわないと、張り合いがないだろう。」
まぁそうだが…、ラドゥケスは歯切れが悪そうに答えた。
確かにこういったことはよくあることだ。
ラドゥケスは慌てて平静を装った。
ネイバは鋭い男で、人のちょっとした変化も見逃さない。
控室で何があったか、彼ならすぐに感づいてしまうかもしれない。
しかしその懸念は一瞬にして忘れさられた。
闘技場に歓声が響いたからだ。
ラドゥケスは急いで円形場に視線を戻した。
立っているのはサルト。
どうやら無事勝ったようだ。
ラドゥケスは安堵のため息をもらした。
そこでしまったと思った。
案の定ネイバは横でその姿を不適な笑みで見ていた。
「これで、次はお前との試合が決定したな。
随分と心配していたようだがこれで安心したか?」
ラドゥケスは鼻を鳴らして無視することにした。
相手は地面にほとんど倒れこむかたちで、荒い息を整えていた。
下を向いていて表情は見えない。
サルトも喘ぎながらも、相手に近づき、いつもそうするように屈んで手を差し出した。
「立てるか?」
その言葉に相手は顔を上げた。
サルトは彼の目を見て、少し身を引いた。
その目は、怒りで血走っていた。
「俺に触るな!」
その瞬間、相手はものすごい力でサルトを突き飛ばした。
聴衆が驚きの声をあげた。
サルトは軽く吹っ飛んで、地面に倒れた。
胸を突かれた衝撃からサルトはしばらく動けなくなった。
しかし、彼の驚くべき行動はこれで終わりではなかった。
サルトが胸を押さえて咳き込んでいると、上から気配を感じた。
ゆっくりと顔を上げると、彼が驚愕の表情を浮かべサルトを見下ろしていた。
彼の次の言葉に戦慄した。
「お前、女か?」
最悪なことに、サルトの動揺をホーティは見逃さなかった。
相手はサルトに覆いかぶさるように抑えつけた。
サルトは抵抗したが、試合からの疲労で手に力が入らない。
ホーティは逃げようとするサルトの髪を掴んだ。
「うっ…あ…」
痛みで涙が出そうだった。
次の瞬間、ホーティは空いている方の手でサルトの服を引き千切りにかかった。
サルトはこれから起こることに恐怖し、なりふり構わず暴れた。
もはや上半身の服は様相を呈せず、かろうじてセラが巻いてくれた布だけが残っていた。
ホーティはその布まで引き剥がそうとする。
サルトは髪を乱し、訳の分からない声を上げながらとにかく逃げるために暴れた。
聴衆は2人の異変を察しはじめ、さざ波のように注目と騒めきが広がっていった。
ホーティの行動とサルトの姿から、何かを察した者たちが動揺の声を上げる。
そしてそのうねりは徐々に闘技場全体へと広がっていった。
指をさしてサルトに注目を集める者。
周りの者たちに声をかけ、何が起こっているか確認する者。
罵声を浴びせる者。
両手で顔を覆い驚きを演出する者。
とにかく大勢がサルトを見ていた。
サルトが暴れる体力も失せた頃に、ホーティはサルトを引きずり起こした。
ホーティはおもむろに客に向けて叫んだ。
「これを見ろ!こいつは女だ。神聖なる闘技を汚す者だ!!」
観客のどよめきは芯を持ち、雷のごとく隅々まで広がった。
タイミングを合わせたように観衆は怒号をあげた。
全てが露見した。
先程までの味方は、今全てが敵となった。
サルトの頭の隅で、あの日手首を失った剣闘士が浴びた最後の歓声が重なる。
哀れな勝利者は、ただされるがままに
「審判何をしている!こいつを捕らえろ!牢にぶちこんどけ‼」
ホーティは勝ち誇った声で周囲に命令した。
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