第78話 晩餐
皆、食事や周囲との会話を楽しんでいるようだった。
イラステーはできるだけ目立たないように会話に相槌をうったり、微笑んだりしてやり過ごした。
だがここにいる者の中にはイラステーが昔から知る男たちもいる。
時々話題の矢面に立たされて、消えたくなる場面もあった。
公式の宴なので、男たちも言葉は選んでいたが、男顔負けで走り回っていた、
はすっぱな少女が神妙にこのような席に座っているのは不思議で仕方ないのは当然である。
「あのイラステーが都から戻れば、将軍の御夫人になっているんだから驚きだ。」
「どこで出会ったのかを知りたいね。」
イラステーの心臓が跳ねた。
メラタイのことは、この村ではソランとマルケしか知らないし、周りに知られてはならないことだからだ。
「彼がイラステー殿を見初めたんですよ。
彼女と出会った時のこいつは
イラステーは驚いて思わず声の主の方に視線を向けた。
その男は先ほどイラステーが晩餐会を見渡した時に、どこかで会ったことがあると思っていたが、メラタイでラドゥケスの傍にいた男だと気が付いた。
確かネイバと言ってような…。
イラステーはますます焦り、下手なことを口にされる前に何か言わねばと思ったがラドゥケスの方が先に口を開いた。
「そうです。私の一目惚れですよ。」
イラステーは思わず隣にいるラドゥケスを見てしまった。
「クレウス殿が都に来た時、彼女に会ったんです。
クレウス殿の隣で勝利の女神のごとく寄り添う彼女に惚れたんです。」
ラドゥケスは心底そう思っているように優しい微笑みを浮かべイラステーを見る。
イラステーは直視できずに料理に視線を戻した。
周囲の男たちは口笛を吹かんばかりの様相だったが、ネメアの前だからか大分反応を控えていた。
「シーラリス殿の惚れ込みようは、愛の神も嫉妬するほどのようだ。我々は邪魔者かな?」
領主に仕える老齢の官吏が微笑まし気に言う。
それでこの話題は終了した。
ネイバの発言にはどきりとしたが、ある程度分別があるものならばイラステーがメラタイでしでかしたことをこんな場所で披露するはずがないだろうと思うことができた。
そうして食事やお酒をすすめながら話題は移ろい、イラステーもなんとか冷静に振舞うことができた。
だがこの晩餐がラドゥケスら一行の歓待のためにあるならば戦争の話は免れられるはずはなかった。
皆、アーロガンタイとの交渉について話を聞きたがり、ラドゥケスも話せるものは丁寧に説明した。
そこである官吏がマルケのことについて尋ねた。
顔をあげるとその男はマルケと親交があった人物で、領主館でマルケと親し気に話す姿をよく見かけた。
マルケのことを尋ねたいと思うのは当然と言える。
だがイラステーは体中から嫌な汗が流れるのを感じ、視線はおのずとテーブルの皿へと落ちて行った。
「まぁ待て。まだシーラリス殿の話が終わっていない。
貴殿の武勇など聞かせてはくれぬか。
どのようにアーロガンタイより帰還を果たしたのか、ぜひ聞きたい。」
ネメアが話題を戻した。
イラステーはゆっくりと顔を上げネメアを見た。
ネメアはイラステーを見はしなかったがその視線は不自然なくらいラドゥケスだけを見ていた。
イラステーは自分の体温が落ち着くのを感じた。
「男たちは本当に戦争の話がお好きね。
せっかく国が平和になったんだもの。明るい話が聞きたいわ。」
ここでイラステー以外、唯一の女性の出席者であるネメアの奥方マガラが口を開いた。
「ねぇイラステー、こちらでぜひ2人の馴れ初めが聞きたいわ。
先程の話じゃ全くわからないんですもの。」
そう言うとマガラは席を立ち、イラステーを隣の部屋に誘った。
イラステーは一瞬どうすればいいかわからずラドゥケスを見たが、ラドゥケスは笑ってマガラについて行くよう促した。
イラステーは小さく頷いて、周囲に目礼するとマガラについて行った。
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