第11話 ソラン・ケーリウス

ソランは師を探して彼の家を訪ね、書斎に直行した。ソランは彼がこの時間いつもここにいることを知っている。

「失礼いたします。」

ソランはおとないを告げ静かに部屋に入ると、壮年の男が文机に座っていた。多くの書簡を広げ睨みつけるように熱心に読んでいる。しかしソランが近づくと男は顔を上げ、難しい顔をわずかに緩ませた。

「どうしたんだ。ソラン」

マルケは、思慮深く暖かい声でソランに聞いた。ソランはこの声にいつも心震える。マルケは年齢としては40代半ばながら、人を導くオーラを持っている。彼が村に来た日を今でも覚えている。ソランが村の門をくぐる彼を最初に見たのだ。少年であったソランは、彼を見て大麦の買い付け役や旅の者でないことはわかった。彼には他とは違う雰囲気があった。マルケがしばらくして領主のプリビウス家に仕えることになった話を聞いて、ソランの感が間違いでないことがわかった。すぐに彼の指南する護衛隊に志願した。ケーリウス家の三男であるソランは畑も継げないことはわかっていたので、決断すれば行動は早かった。今やソランは彼の一番弟子と言われている。ソランはそのことが嬉しく、誇らしく思っていた。

「エオナイから国王の勅使が領主様の館に来ておられます。マルケ様に火急の要件とのことで。」

マルケは目を見開いて固まったが、それも一瞬のことですぐに席を

立ってソランに指示を出した。

「すぐに館へ向かおう。仕度を手伝ってくれ。」

「それが、時間が惜しいとのことですでにここへ来ておられます。ホムニスさんにお願いして客間にお通ししました。」

「…わかった。すぐに行こう。」

マルケは略式の正装として服を素早く整えた。ソランもそれを手伝い共に部屋を出た。

「では私はこれで失礼いたします。」

客間の前まで来ると、ソランは一礼して身を引いた。しかしマルケはソランの腕を掴んで引き留めた。すかさず声を低めて告げる。

「お前にはここでの話を聞いてもらいたい。隣の部屋にいなさい。意味はわかるな。」

有無を言わさぬ物言いにソランは静かに頷いて、その場を離れた。マルケとソランは同時に別々の部屋に入った。ソランにとってこの家は、10年以上通い続けている第2の我が家であり、間取りから不具合まで完璧に把握していた。どこにいれば隣の部屋の話が聞こえるか、どの位置のレンガが外れ、中の様子を確認できるかまで。これはある少女が教えてくれたことだ。もう今は少女とは呼べなくなってしまったが…。あれはいつのことだったか。彼女がどうしてもマルケ様の弟子になりたくて弱みを握ろうと画策した時だったか。そのことを思い出し、笑みがこぼれる。そうこうしているうちに、隣の部屋は話をはじめたようだ。ソランは目をつぶり、一言一句聞き逃さないよう会話に集中した。

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