第12話 勅使レアソン
客間に入ると官吏とその従者と思われる人物が座りもしないで待っていた。
マルケは急に過去に引き戻された気分になった。
「陛下の勅使様を迎えるにはそぐわぬ場所でございます。
しかしこれが、わたくしのこの地での地位からいえば、精一杯のおもてなし。
どうかご容赦下さい。」
マルケは床に座り深々と頭を下げた。
勅使は居心地悪そうにマルケの挨拶を受け入れた。
「クレウス殿。どうか顔をお上げ下さい。私は勅使として使わされましたが、地位は一介の文官に過ぎません。こちらこそ突然の訪問をお許し願いたい。」
マルケはゆっくりと面を上げ文官の目を捉えた。
歳は確かにソランと近く、まだまだ学ぶことも多い年頃だろう。
自身の地位が低くとも勅使として来たからには皇帝陛下の威光を汚さぬよう毅然としていなければならないが、そこに彼の自信の無さが見受けられる。
しかしこの歳で皇帝陛下のそばでお使えすることができるのは、また彼の能力の高さも示していた。
身分の高い者や古参の官吏を重宝していた先代皇帝にはありえないことだが、現皇帝とは考えが違うのだろう。
マルケは若い文官から視線を放してやると、見るからに安堵したようであった。
マルケが立ち上がると文官はここへきた目的を話し始めた。
「わたくしは陛下に仕えております文官のレアソン・ナナマと申します。
事態は急を要します。今すぐにでも陛下の書簡に目を通して頂きたい。」
レアソンはそばにいた従者から陛下の勅書を受け取ると、マルケに渡した。
マルケはすぐには開かずレアソンに質問した。
「王宮で何があったのでしょうか。」
「アーロガンタイとの開戦の時が迫っているのです。」
レアソンは淀みなく答えた。マルケは驚かなかった。
王宮から勅使が来る理由など多くはない。
マルケは書簡を持ち上げ最低限の礼を示し、そして静かに書簡を開いた。
しばらくしてマルケは不覚にも唸り声をあげた。
「これは真でございますか。」
マルケは努めて冷静な声を出した。
「残念ながら…」
マルケは黙って最後まで読んだ。読む前の自分は遠い昔に思えた。
「ナナマ様、私がこの地へ来た経緯をご存知で?」
「もちろんでございます。陛下も御承知の上で勅使として私を使わされました。」
「では断る理由がございません。明日の日の出とともにここを発てるよう準備いたします。」
「それはありがたい。事態は一刻を争う。やはりあなたは忠義の男。
今それが証明されました。
あなたは、あの時、決して逃げたわけではなかったのだ。
陛下もさぞや喜ばれるでしょう。」
「あなたが私に関してどのようなことをお聞きになったかは存じ上げませんが、私は今も考えは変わっておりません。
その旨は陛下にお伝えするつもりでございます。」
「それは、かまいませんが、もう全てが遅すぎるのでございます。
だからこそ陛下は、あなたの召還を望みました。
この窮地を打開できるのはあなたしかおらぬと。」
「…、あの者の処分は…」
「まだ裁決は下されておりません。
このことは極少数の者しか知らぬこと。
彼を捕らえた者が緘口令を陛下に進言いたしました。」
マルケは頷いた。
「その者はどなたかお尋ねしても…?」
「海軍第三船団長のシーラリス将軍でございます。
彼が全ての証拠を押さえたとか…。」
マルケは不謹慎にも笑ってしまいそうになった。
運命の神は本当に悪戯が過ぎる。
マルケの心の内も知らずレアソンは続けた。
「実は彼とは親交がありまして、個人的な言伝も頼まれております。
この村にイラステーという娘はおられますか。」
ソランは今聞いた話が信じられなかった。
多くのことがわからないが、師匠はここを去ることをこの一瞬で決めてしまったのだ。
マルケが昔、何をしていたのかを誰も聞いたことはなかったが、王宮に仕えていたことは間違いないだろう。
そして今、今上陛下は彼を必要としている。
レアソンは突然のことに頭が混乱していた。
しかし頭を整理する間もなく、マルケが静かに部屋の扉を開け、手で合図してソランを呼び寄せた。
ソランは呼ばれるまま彼に従い、向かった先は先ほどまでいた書斎であった。
ソランは頭に浮かぶ疑問をそのまま言葉にした。
「マルケ様。開戦とは…マルケ様は王都に戻られるのですか。」
マルケは答えなかった。片手で顔を拭い、明らかに疲れた様子でソランを見た。
「ソラン、お前に頼みたいことがある。」
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