第53話 最後の日

マルケはエクトンの捕らえられている部屋の前にいた。

中に入ろうとは思わない。

ただここから動けなかった。

今日が王に与えられた猶予の最後の夜ならば、できるだけエクトンのそばにいる必要があった。

結局芳かんばしい成果も得られずこの日が来てしまった。

エクトンは一切、口を開こうとしなかった。

そうなれば彼の未来は決まっている。

エクトンはアーロガンタイに引き渡され罰を与えられる。

皇族を殺したのだ。彼には惨たらしい死が待っているだろう。

もしくはそうはならないかもしれない。

その時は、皇族殺しを理由にアーロガンタイがエオナを攻めてくる時だ。

罪人もろとも国を処分するのだ。

そちらの方がアーロガンタイには都合がいいだろう。

奴らは昔も今もこの交易中継地である国を喉から手が出るほど欲しがっていたのだから。

 美しいエオナ。

ここが戦場になれば、全てが失われる。

マルケはそうならないためにあらゆる策を先の戦争からずっと考えてきた。

そうしてその結果がマルケをこの地から追い出した。

物思いは近づく足音に遮られた。ラドゥケスだった。

マルケは別段驚かなかった。

彼なら今日がどういう日かを覚えている。

おそらくここを尋ねてくるだろうという気がしていた。

ラドゥケスは若者の中で最も頭が切れる。

御前会議でも古参の幹部たちを注意深く観察しながら、自分の意見を滑り込ませる。

賢しい男だと誰もが思っているが、彼の言があまりにも適格なので一蹴できないのだ。

この窮地では仲間割れしようなどと思う愚か者はいない。

「ここにいらっしゃるだろうと思いまして…」

ラドゥケスはそこで言葉を切った。

マルケは何も聞いていないようだった。

しばらく沈黙が続いたがラドゥケスは溜まりかねたように言った。

「申し訳なく思っています。」

マルケは表情を変えずに聞いた。

「何の件だ。」

マルケは自然に疑問を口に出していた。

だが今の状態では攻めているように響く。

少なくともラドゥケスはそのように受け取ったようで表情を硬くした。

「失礼しました。確かに心当たりが多すぎます。」

マルケは、ラドゥケスの捉えを訂正する余力はなかった。

彼はそのまま言葉を続けた。

「まずは国がこのような事態になったこと。そしてそれにまたあなたを巻き込んでしまったこと、です。」

マルケはついに顔をあげてラドゥケスを見た。

「お前のせいではない。そう考えるのは驕りというものだ。」

ラドゥケスは眉間に皺を寄せた。

「驕り…でございますか?」

マルケは壁に体を預けて言った。

「若き将軍よ。国はお前が一人で動かしているわけではない。何か責任を感じているならばそれは心に留めて次のことを考えなさい。」

そう言ってマルケは笑いたくなった。

全て自分に言い聞かせているような言葉に思えたからだ。

ラドゥケスは言葉を引き取った。

「私たちには、過去を振り返る時間など許されてはいない。」

マルケはラドゥケスを見た。彼の表情に影はもうなかった。

「クレウス将軍。

アーロガンタイの動きで是非ともお耳に入れたいことがございます。

我々はもう決断を迫られているのです。」

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