第54話 エクトンの秘密1

マルケはラドゥケスが去った後、ゆっくりと扉を開けた。

扉の軋む音にエクトンは眠りから覚めるように顔を上げた。

マルケはエクトンの視線を捉え、目を離さなかった。

それが彼を繋ぎとめる糸口に思えた。

「エクトン。私はやはりお前を信じている。

全ては国のためにやったことなのだろう。そうだと言ってくれ。」

エクトンは無言でマルケを見つめた。

「お前が王族をおびき寄せ、殺したことによりエオナは窮地に立たされた。

調査団の闊歩を許し、条約も破棄されようとしている。」

「それでもお前は私を信じるというのだな。おめでたいことだ。」

エクトンは吐き捨てるように言った。

久しく見なかった人間らしい言動に思えた。

「ああ、そうだ。私はお前を信じている。

お前はこの事態を望んだのだ。エオナを守るために。」

エクトンの目が何かを探るように細められた。

「ついに気が狂ったか。」

エクトンはいつになく饒舌だった。

「今この国の状態で戦争をすれば、間違いなくアーロガンタイは勝利する。

しかも圧倒的な力の差で。」

エクトンは何も答えなかった。

この話がどこへ向かうのか探っているようであった。

「本来あと5年あった停戦条約の期間もこの事態で撤回され、我らは国の体制を整える期間を失った。

また相手に我が国の軍備を知られるところとなった。

おそらくこの状況を利用し、向こうは全面降伏を要求してくるだろう。

無駄なく効率的に我が国に勝利し、手中に納めるはずだ。

エオナという国の特性上、我が国の機構を保ちながら手に入れたいはずだ。

スペリオル陛下がご決断なされれば無血開城という選択肢もありえる。」

エクトンの目に警戒の色がにじんだ。

マルケは腹の底に湧き上がる希望と興奮を抑えるように話した。

重石を置くように語り続けた。

「私は正面から先帝スタブロスに、我が国の取るべき道について奏上し、都を追われることとなった。

私はそこで自らの責任を全うしたと思いあがっていた。

お前は先帝が崩御されても一人戦い続けていたのだな。

今や誰も止めることができない軍部の権力を燃焼させながら国を保つ手段を考え続けた。そうなのだろう?」

「お前はやはり気がふれたのだな。」

エクトンの声は震えていた。

目には恐怖を讃えていた。

暴かれることを恐れている。

彼の血のにじむような努力がここで潰えることを恐れている。

幾年の歳月をかけ多くの部下を巻き込んで成しえたことを抹消せんとする目の前の男を恐れている。

マルケは涙を堪えた。

早くもこの憐れで勇猛な男の恐怖を取り除かねばという思いがあった。

だが話には段取りが必要だった。

彼の心を掴むなら慎重こそが要であった。

「エクトンよ。私は失敗し、お前は成功した。

この国を守るという意思に相違はなかったはずだが、お前はもてる知力と実行力でもってここまで辿り着いた。一言では語れぬ苦労があったはずだ。

私にはその心をおもんばかる想像力もないが…。」

マルケは言葉を切った。

エクトンは押し黙っていた。

何も話すまいとする強い意志が見て取れた。

そこには一切の拒絶があった。

まだマルケがエオナイにいた頃、エクトンら若い軍人たちとよく語り合った。

今を盛りと駆け出す若輩者が一丁前に国の未来について弁をふるう。

そこには純粋なる愛国心という名のもとに、一種の驕りと万能感とがあった。

2人でもよく話をした。ケンテラもよく仲間に加わったが、彼は文官だったので、やはりマルケとエクトンは特別親しかった。

戦争が更に2人の絆を深めた。10年前もそうして語り合った。

エクトンは当時軍事力でもって国に勝利をもたらすことを望んだ。

しかしマルケは違った。

若さは二者択一の思考しか与えず、また若さはマルケを暴挙へ駆り立てた。

陛下への直訴という無謀な手段は受け入れられるはずもなく、軍力主義を掲げていたスタブロス帝への侮辱と見なされた。

当時絶対的な権力を有し、冷徹な判断も厭わなかった先帝が、彼を更迭とエオナイ追放で済ませたことは、ハグノス家の恩恵と言わざる負えない。

マルケはそうしてエオナイを去った。

プライドの高い一族に、泥を塗りつけて妻を置き去りにした。

エクトンとも袂を分かつ形でこの街を出たのだ。

しかし当時のマルケの気持ちは恐ろしく穏やかだった。

充足感すら感じていた。今は自分がどれほど愚かであったかがわかる。

マルケが置き去りにすることとなった2人がどのようにここで生き抜いてきたかを思えば、ここへ来たマルケがどれだけ厚顔無恥かを思い知らされる。

マルケは知らぬ間に泣いていた。

「エクトン、私は欠陥だらけだ。」

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