第55話 エクトンの秘密2

マルケはゆっくりと床に両膝をつき額を床につけた。

「お前の積み上げてきたことを崩しに来たわけでも、盗みに来たわけでもない。

ただ私は今からできるこの国のための最善を尽くしたいだけだ。

だがその前に謝罪させてくれ。

お前を切り捨てるようにここを去ったこと。

そうしておめおめとここに戻ってきたことを謝罪させてくれ。」

エクトンから言葉は返ってこなかった。

聞いていないのかもしれないとも思った。

だがそれは仕方のないことだと思う。

ここエオナを去り、そして戻ってからも、マルケの行動は全てが欺瞞に満ちていたのだから。

今の謝罪でさえ自己満足なのかもしれない。

だがこれからは少しでもまっとうでありたかった。

「俺はお前が妬ましかったよ。」

マルケははじかれるように顔を上げた。

エクトンはマルケを見つめていた。

「お前の先見の明が俺にはなかった。

だからお前が去った後、必死で考えた。

お前が考える未来について。

それが残された俺の使命だと思ったんだ。」

マルケの目にはまた熱いものが浮かんだ。

両手で顔を覆い、恥じらいもなく声を漏らして泣いた。

エクトンの声も震えていた。エクトンも泣いていた。

「俺はうまくやっただろう。そう言ってくれ。

エオナは生き残ると言ってくれ。でないと俺がしてきたことは何だったんだ。

大事な部下たちを死なせてしまった。

かわいいやつらだったんだ。船を襲ったのは19人じゃない。23人だ。

4人が敵兵に殺された。俺は何があっても海に落ちるなと指示していた。

死体があがればすぐに誰の仕業か露見する。

だから海に逃げるなと言っていた。

もしかしたら、俺の命令を忠実に守って、逃げ場を失って死んだのかもしれない。」

エクトンはそこで言葉に詰まった。

「…4人の遺体は荼毘にふした。

この件を隠すためには事故死として処理するしかなかったからだ。

だが死体には刺し傷が多くて、そのまま親元には送れなかった。

親に最後の別れもさせてやれず名誉ある死も与えてやれず、自分の息子かわかりもしない骨を送りつけることになった。」

マルケは思い出した。

エクトンが部下たちに慕われていたことを。

マルケは自身がエオナイを離れた時、顧みなかった部下たちの顔が浮かんだ。

エクトンは本当に情の厚い男だった。

「エクトン。

彼らの死を無駄にはしない。お前の部下たちの名誉も取り戻して見せる。

今や我らの手の内はアーロガンタイに知られてしまった。

陛下は全面降伏を受け入れるだろう。

御前会議でも賛同が得られるはずだ。

これで玉砕は免れる。」

エオナは滅亡の道を歩んでいた。

だがすんでの所でそれを免れたのだ。

全てはエクトンの執念によるものだった。

もしこのまま元老院の思うがままに事を進めていれば、エオナは完膚なきまで叩きのめされることになったはずだ。

「元老院が首を縦に振るものか怪しい。」

マルケはゆっくりと顔を上げた。

マルケの胸に希望が湧いてきた。まだ友はここにいると思えた。

「今アーロガンタイはキーフ平野に50万もの兵を集めている。

しかも相手は見たこともない武器や鎧を揃えている。

開戦まで一ヶ月を切った今では、元老院も馬鹿なことは言えまい。」

ラドゥケスはマルケにこれを伝えに来たのだった。

元老院を動かすなら今しかないと。

「50万…?」

マルケはエクトンを見た。

驚いたことに彼は震えていた。

エクトンの異変に先ほどの高揚感も消え去り、こちらにも不安の波が押し寄せてくる。

エクトンは頭を抱えて膝をついた。

マルケは傍に駆け寄った。

「どうしたというのだ?エクトン?エクトン!」

エクトンは苦しそうに息をする。

マルケは何か発作でも起こったのかと焦りを感じたが、顔を上げたエクトンはそれ以外の問題を内に孕んでいるようだった。

その眼は飛び出さんばかりに見開かれている。

エクトンはマルケの胸倉を掴んだ。

「俺をアーロガンタイに渡せ!今すぐにだ!」

エクトンの形相は常軌を逸していた。

マルケは苦渋の決断を迫られていた。

エクトンの言葉は痛いほどに正しかった。

マルケたちはエクトンを長らく拘束し、フィボルスの怒りを買った。

交渉の余地を得るには、彼の首を差し出すしかない。

つまり全てはエクトンの計画通りなのである。

マルケたちは国を救うため切り札を求め、彼を国に留めた。

だがそれはただこの哀れで勇敢な男を苦しめたに過ぎなかったのだ。

そして国は彼の犠牲のもとに消滅を免れるのである。

唯一、この判断が正しかったと思えるのは元老院が首を縦に振るまで追い込めたことだ。

だが国が残らなければ何の意味もない。

マルケの中に様々な感情が押し寄せる。

「エクトン、お前の言う通りにしよう。

交渉の場を持つためには、お前を差し出さなければならない。

このことを陛下にお伝えする。」

そう言ったところで、エクトンはマルケを継ぎ飛ばした。

「遅い!今すぐだ!!今すぐ俺をアーロガンタイに差し出せ!!」

マルケは突然のことに唖然とした。

彼は恐怖で歪む顔を両手で覆い、わななく唇で呟く。

「もう遅いかもしれない…。

奴らは国を滅ぼしにくる。

我らはもうおしまいだ…!

全てが無くなる!!全てだ!!」

マルケは彼の変わりように頭が追いつかなかった。

突き飛ばされたままでマルケはエクトンを見ていた。

恐怖に慄き肩を震わせ小さくなる彼は、命乞いをする罪人のように見える。

その姿を見て、マルケは唐突に全てが繋がり当たり前のように答えが目の前に浮かんできたような気がした。

その考えにマルケはパニックが押し寄せる。

 彼はマルケを妬ましかったと言った。

 そして敵兵の数に怯えだしたのだ。

マルケは確証もなく、だが絶対な自信があるゆえに、その事実に驚愕した。

「エクトン、お前はアーロガンタイと通じていたのだな…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る