第41話 イラステー奮闘記6 傭兵編

その日の練習は、居心地が悪かった。

モドレゴがイラステーにぴたりとついて離れなかったからである。

お陰で周囲からの嫌がらせはなかったが、それはイラステーを守るというよりもイラステーの味方であるというモドレゴの意思表示のようであった。

周りの歯ぎしりが聞こえるようで、その日稽古に集中することができず、別の問題が浮上しそうだとさえ思った。

しかし、そのような悩みに心を砕く時間もイラステーには与えられていなかった。

朝の稽古が終われば、すぐに仕事に戻らなければならない。

そうして訓練開始3日でイラステーは疲労困憊していた。

夜、仕事が終わるとイラステーは自室の寝台に倒れこんだ。

レノラが握らせてくれた夜食は手を付けられず小机に置かれたままになっている。

体を拭きたい。寝間着に着替えなければと思うが、体が言うこと聞かなかった。

しかしこんな生活が嫌かと言われればそうでもない。

イラステーにとって家事以外の運動ができることや、エタンキア以外の人間と交流ができる時間が得られたことは何よりも喜ばしいことだった。

確かに新しい生活は人間関係を良くも悪くも変化させている。

今日のように、嫌がらせもたくさんある。

女が剣術を学ぶということは中々周りの者には理解し難いものなのだ。

傭兵たちだけでなく、クノータスを除くハグノス家の人間、そしてここで働く者たちの多くにも理解されていない。

特に年配の者たちは、狂気の沙汰だと言わんばかりだ。

表だって反対の意見が出ないのは、誰もエタンキアの面倒を見る気がないからに違いない。

それでもエタンキア以外の人間と少しでも交流が持てるなら、それが好意的な関係でなくてもよかった。

しかも、その中でもよくしてくれる人はいる。

レノラは変わらずイラステーの面倒を見てくれるし、モドレゴも今の所イラステーによくしてくれている。

彼らの存在は理解者が少ない中で大きな心の支えになった。

しかも、その理解者も数を増やしているらしかった。

レノラをはじめとする数人の女たちがイラステーを応援してくれていて、よくわからないが、あの試合以降イラステーは一部の若い女たちから支持を得ているらしい。

試合を見ていた使用人の誰かが振れまわったのだろう。

噂は屋敷の外にまで広まっているらしく、レノラが言うには外にもイラステーに会いたいという女たちがいるとか。

ここ最近都の治安が悪化しているからか、強い女はニーズがあるのかもしれない。

だがそんな話を聞いてイラステーは肝を冷やした。

イラステーは屋敷内を二分するとまでは言わずとも、不穏な空気をもたらす異質な存在となっていることは間違いなかった。

この状況はある意味、エタンキアよりも屋敷をかき乱していると言える。

プロトやクノータスはこうなることを見越していたのだろうか。

しかしハグノス家の家来が女に負けたとあっては、一族の威信に関わるわけで、自分の懐に取り込むことが良作だったのかもしれない。

こんな風にイラステーは屋敷内のことばかり考えるようになっていた。

イラステーの世界が狭くなればなる程、意識は屋敷内に向くようになった。

今まで考えもしなかった所にまで目が行くようになると、この屋敷を運営すること、ハグノスに関わる人間を動かすことの大変さが見えてきた。

そしてふとかつての婚約者のことを思った。

一貴族の屋敷を安定させることがこれほど大変な仕事ならば、一国の将軍はどれだけの重責を担うのだろう。

私事を捨て、己の責務を全うしようとするのは当然なのかもしれない。

それが理解できない程、狭い世界に生きてきた自分はとても愚かで矮小わいしょうな存在に思えた。

あの時、ここまで追いかけてきた自分を見てラドゥケスはどう思ったのだろう。

これ以上考えると思考の糸が燃え上がりそうだったので、イラステーは気を紛らわそうと体を起こし部屋の外に出た。

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