第40話 イラステー奮闘記5 傭兵編

エオナは小国であるがゆえに国民皆兵の制度をとっている。

現在は休戦中だが、情勢としてはいつ戦争に転じてもおかしくないため、未だに多くの男性が兵役を解かれていない。

気の休まらぬ状態が続き国民は身も心も憔悴しきっている。

しかも戦争に必要な武器や防具は自らが用意せねばならないのだ。

だがハバシルの村はマルケの働きかけもあって多くの男たちは領主館の衛兵として働くことができている。

つまり遠い任地へ赴くことなく村の農作業ができるため、イラステーの村は恵まれていると言わざる負えない。

イラステーの家族がいくら貧しく苦しい生活を送っていたとしても、国の情勢を思えば幸福であったのだと今さらながらに思う。

マルケがイラステーをソランのもとに留めようとしたことも頷ける。

マルケはいつだって正しかった。

イラステーが無知だったのだ。だが今さらこの状況は変えられない。

イラステーは訓練場へと急いでいた。

ハグノス家の敷地内には私兵専用の訓練場と兵舎が設けられていた。

本来は兵を保有することができるのは国王のみだが一部の有力貴族は当然のように私兵を擁していた。

国王と言えど抑えられない一族が存在するのだ。

そしてハグノスもその一つということだ。

自然、ここで雇われた者たちはある程度の実力が求められる。

実際には王宮に出仕しても恥ずかしくない実力の持ち主たちが集まっている。

だが王宮に仕える近衛兵たちは身分と資産がないと認められていないため、クノータスはそれらの理由であぶれた者たちを採用したに違いない。

これらの話は後にモドレゴに聞いたことだが、そういった事情からここで働く者たちは、クノータスを信奉しているし、命をかけて職務を全うするつもりでいる。

それが国王とも劣らぬ一族ならば尚更やりがいのある仕事と言える。

彼らは誇りを持って務めていることに違いない。

そしてそこに飛び込むイラステーはまさに異質で、逆の立場であっても面白くない存在だと思うだろう。

それでもイラステーはせっかくのチャンスをふいにするつもりはなかった。

それは窮屈なこの生活から少しでも違う空気を吸いたいという思いもあったが、なにより武術を心得る者としての血が騒いでいることは否定できない。

最先端の技術が学べるなど、武人にとっては逃す理由がないチャンスなのである。

イラステーはまだ仄暗い道を走った。

訓練場にはすでに何人か来ており訓練を始めている。

イラステーは大きな声で挨拶をしてから支度するため急いで武器庫へと走った。

イラステーは離れに部屋があるため、身支度は終えて訓練場に出てくるが、訓練用の武具などは全て武器庫に収められているため、それらだけはここで準備する。

イラステーは剣などが収められている棚に向かうと嘆息をついた。

今日で訓練開始から3日目になるが、この棚の扉が開いていた試しがなかった。

他の者たちの武器は全て外に並べられているのに、自分のだけはない。

そして錠がかけられた棚。

きっとこの3日間同様イラステーの物だけは棚に収められたままなのだ。

嫌がらせの何ものでもないことは明らかだった。

こうしてイラステーはまた副隊長に錠を開けてもらうしかないのだ。

武器庫は副隊長のバイサルが管理しているので錠前の鍵も彼が持っている。

毎朝誰よりも早く来て武器庫と棚を開けているが、きっとその後に誰かがイラステーが来る前に閉めてしまうのだ。

イラステーの訓練参加を進言したプロトの腹心であるバイサルが、イラステーを陥れるような行為をするとは考えにくいが、味方でもないのはまちがいない。

現に再度鍵を開けるように頼んでも拒みはしないが、何も聞いてこないのである。

バイサルにとってもイラステーは面白くない存在なのだ。

だが連日こうだと気が滅入る。

イラステーが立ち尽くしているとモドレゴが武器庫に入って来た。

イラステーは気配を感じてすぐに向き直り挨拶をした。

モドレゴは挨拶を流すように受けて、武器庫をぐるりと見まわした。

室内の様子に一時瞠目する。

モドレゴはイラステーを見てあきれたように首を振った。

彼はそのまま外へと出て行った。

イラステーは衝動的に後を追ったが、彼が一直線にバイサルの元に向かっていることがわかると足を留めた。

モドレゴはバイサルのそばに行って何かを話し出した。

遠巻きに様子を見ていると、二人はすぐにこちらに歩いて来た。

イラステーはまた武器庫へと体を引っ込めた。

二人が入ってくるとバイサルは室内を見回して少し驚いたようだった。

「これはひどい。」

「よかれと思ってかもしれませんが、このように武器が無防備に部屋に並べられていては問題になります。紛失や破損などすれば責任問題です。

速やかに適切な指導を行った方がよいかと。」

「相違ない。」

バイサルはモドレゴとイラステーの間を抜けすぐ外の男たちに声をかけに行った。

イラステーはバイサルの背中を目で追いかけた後、視線をモドレゴに戻すと彼と目が合った。

モドレゴはにやりと笑った。

「お前も大変だな。」

イラステーは瞠目した。

「あの…」

イラステーが言葉に窮しているとモドレゴは優しく笑った。

「正論で戦え。最初はな。」

そう言うとモドレゴは武器の収められた棚に向き直った。

「準備しろ。」

モドレゴは魔法みたいに棚を開けてくれた。

「え…」

「バイサル隊長から鍵を借りた。

部下に易々やすやすと渡してしまうあたりが管理者向きじゃないんだよな。

まぁ利用させてもらってる身だから何とも言えないが。」

反応に困っているとモドレゴはこちらを見て悪戯っぽく笑った。

「今の話は内緒な。」

イラステーは数拍ののち大きく頷いた。

早く準備しろ、と顎で棚を指され、イラステーは慌てて自分の武具を取り出した。

そうして小さな声でお礼を言った。

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