第65話 選択

ラドゥケスはこの場にそぐわない、多幸感を得ていた。

イラステーが再びラドゥケスの元に舞い戻って来た。

どうして彼女がハグノスの屋敷にいたのかはわからないが、ラドゥケスを思ってのことではないだろう。

もしそうならばこのような事態になるまで彼女の所在が耳に入らぬはずがなかった。

だがイラステーは待つと言った。

彼女はまだ自分を思ってくれていると信じたかった。

彼女の幸せを思えばこそ手放したが、ラドゥケスの彼女を求める気持ちは抑えられなかった。

イラステーが城に飛び込んで来た時、血塗られた衣装で馬を駆り、自分の名を呼ぶ姿は目にしたあの時、ラドゥケスは自分の欲望を自覚した。

あれは自分のものだという思いが体を支配した。

自分でも頭がおかしいのではないかと思う。

だがそれは隠すことのできない事実だった。

イラステーを自分がいない間、誰かに託さなければならない。

あらゆる面で信頼のおける者、レアソンしかいない。

イラステーはただの平民だ。

ここでどんな扱いを受けるかわからない。

彼女には後ろ盾が必要だった。

レアソンなら彼女を守ってくれるだろう。

そう結論づけたところで玉座の間についた。

ラドゥケスの中に、自分の半身が蘇るような感覚を得た。

一瞬瞼を閉じ、開いて扉に手をかけた。

「大変お待たせ致しました。」

男たちが一斉にこちらを見たが、誰も何も言わなかった。

ラドゥケスは男たちに囲まれて座る人物に目をやった。

エクトンが戻って来たのだ。

手傷を負った状態だが命に別状はないようで、ありがたいことに動けないほどの怪我は見受けられない。

「よくぞご無事で。」

ラドゥケスは心からそう言った。

「お前の婚約者とやらに助けられたようだ。」

気に食わないとでも言うような口調だ。

ラドゥケスとエクトンの関係は確かにこのようなものであった。

「クレウス将軍の娘でもあります。」

エクトンは眉間に皺を寄せた。

「いろいろとお尋ねになりたいことはおありでしょうが、疑問を解消する時間は後にいくらでもできます。

私とあなた様でアーロガンタイへ向かうのですから。」

スペリオルをはじめ、皆ラドゥケスを見た。

彼らの表情に訝しみの様子はない。

どこかこうなることを予想していたようにさえ見える。

だからこそ遅れて来たことも誰も攻めなかったのだろう。

婚約者との今生の別れになるかもしれない時間を阻む者はいない。

だがラドゥケスは不思議なくらい落ち着いていた。

自分は無事使命を果たし、再びこの大地を踏むのだという気概で満ちていた、

「陛下、どうかご命令を。」

ラドゥケスは跪いてスペリオルに乞うた。

「死体はクレウス邸に確かにあった。

彼女の言う通り、夫人の歯形とも一致しているから、話にあった男に間違いないようだ。

だが着ている物や所持品からアーロガンタイと繋がる物は初見ではわからなかった。

だが男の身元は継続して調べるつもりだ。」

スペリオルはラドゥケスの言葉には答えず現状を報告した。

「証拠は1つでも多い方がよいですが、それを待つ時間は我々には残されておりません。

ですが引き続き調査はお続け下さい。

我らが仕損じた時に必要になるはずです。」

ラドゥケスはスペリオルの言葉に冷静に答える。

「我々は思ったよりも危機的状態にあるらしい。

読みを違えたせいで大事な仲間を失った。」

ラドゥケスはスペリオルの迷いを読み取った。

「だからこそ私が行くのです。あの方をここにお連れしたのは私でございます。責任は私が取ります。

このような事態になったのはカンカロスが焦っている証拠です。

これで密約の証拠にも信憑性が増しました。

今しかございません。

陛下、どうかご命令を。」

スペリオルは深く息を吐く。

答えを先延ばしにはできないことを悟ったようだ。

「お前を密使としてアーロガンタイへ派遣する。

アーロガンタイ王にカンカロスの陰謀を伝えるのだ。」

「御意。」

ラドゥケスは首を垂れた。

「ここからアーロガンタイまで馬で2週間だ。

カンカロスも手をこまねいているはずがない。

旅路は危険なものになるだろう。」

ラドゥケスは面を上げた。

「陛下、その件ですが、私は航路でアーロガンタイへ向かいたいと思っています。今は暖かくなりつつありますから風を利用すれば馬の半分の時間であちらへ着くことができます。」

「船の操作は人手がいるだろう。」

ケンテラが意見した。

「…商船か」

オーロンがラドゥケスに言った。

ラドゥケスは頷いた。

「商船に乗組員として紛れ、越境します。

アーロガンタイとの国交がある国の船にのれば問題ないでしょう。」

「アカメイルは目立つのではないか。」

「それは馬も同じです。

ですが船の乗組員ならば、我らは戦力としてどの国からも重宝されています。

むしろそちらの方が都合がよいかと。」

ラドゥケスはエクトンを見た。

「勝手を申しております。センテレウス将軍はどう思われますか。」

「悪くない考えだ。」

エクトンは真摯に頷いた。

ラドゥケスは内心安堵する。

スペリオルが唸った。

「たしかにセンテレウスの今の状態から考えてもそちらの方が体にも障りないだろう。海はアカメイルのテリトリーだ。お前を信じよう。」

ラドゥケスは深々と頭を下げた。

「では出立の準備を整えます。」

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