第77話 ネメアへの挨拶

領主館には訓練のため毎日のように足を運んでいたが、このような華やかな場に出たことはなかった。

ネメアとも面識はあるが、身分と立場の違いから、直接言葉を交わしたことは数える程しかない。

娘のウェルシアはやたらイラステーにかまってくるが、それは子どものすることなので例外だと思っていた。

部屋に通されるとラドゥケスは真っ先にネメアへの挨拶に向かった。

突然の試練にイラステーは立ち止まりかけたが、それも一瞬のことでラドゥケスには気づかれなかったと安心した。

だが彼は気づいていたようだ。

「大丈夫か?」

ラドゥケスは立ち止まり、イラステーに言葉をかけた。

イラステーはラドゥケスを見て頷いたがその表情が硬いことに気づくと手を握り、再びネメアの元に足を進めた。

2人が近づくとネメアは歓待するように微笑んだ。

ラドゥケスもそれに応じて微笑み、挨拶を交わす。

イラステーも何とか笑みを浮かべる。

ラドゥケスは彼女の背をそっと押した。

「彼女も招待頂き感謝しております。

婚約者のイラステーです。と言っても私よりも彼女のことはご存知でしょうが…」

ネメアはイラステーを見て、ラドゥケスが迎えに来た時と似たり寄ったりな反応を示した。

「なんと、イラステー!

見違えたぞ!

いつぞやソランの後ろをついてまわる少年は誰だとマルケに尋ねたことがあったが…

いや美しくなったな。」

イラステーは予想していなかった反応に動揺したが、何とか笑みは崩さなかった。

「お招き頂き感謝しております。」

ネメアは微笑んだ。しかしその表情はすぐに曇る

「マルケのことは本当に残念に思っている。

あのような男は2人といない。

ここを去るときにどれだけ引き留めたか…。

だが彼こそが我が国の勝利の礎となったのなら、彼の道は正しかったのかもしれない。」

「あの方がいなければ、今この国は存在しておりません。」

ラドゥケスは強く同意した。

ネメアはラドゥケスを見て頷いた。

イラステーは最も危惧していた話題にどぎまぎし、自然とラドゥケスの手を握りこんでしまう。

ネメアはイラステーに視線を戻した。

「マルケもそなたの婚約をさぞ喜んでいるだろう。

娘が有能な将軍に見初められたのだからな。

ソランも見込みのある男だ。

いずれマルケに劣らぬ武人となるだろう。」

我が子同然である2人の行く末を案じていただろうから、と続けた。

イラステーはマルケのことを尋ねられると思っていたが、そんなことはなかった。

ネメアはもうマルケの話はせずにソランの活躍について話してくれた。

ネメアはソランを高く買っているのだ。

マルケについて尋ねられなかったことと、ソランが褒められていることにイラステーの気持ちは上向いて来た。

するとソランがどこにいるのかが気になりだした。

晩餐の列席者を見ても幹部の兵たちは揃っているので近衛隊長のソランは呼ばれていないはずがない。

イラステーが視線で彼を探していると、ネメアが察して答えてくれた。

「今日はソランは来ておらぬ。」

イラステーは瞠目したが、あまりにもあからさまに表情に出てしまったのでなんとか平静を装う。

ネメアはイラステーのちょっとした動揺を見てとり少し微笑んで答えてくれた。

「参加する予定だったがな、隊長たちが皆酔いつぶれては大変だと辞退したのだ。」

イラステーはまた驚いてしまった。

あの酒好きのソランが!

ネメアが苦笑した。

「まぁそういうことだ。

さぁそろそろはじめよう。席につきたまえ。」

そうネメアが促すとラドゥケスは頭を下げ、イラステーをエスコートして席へ向かう。

席に着く前にラドゥケスは囁くように、大丈夫か?と尋ねてくれた。

イラステーはゆっくりと頷いた。

とりあえずネメアへの挨拶という第一の試練は乗り越えたのだ。

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