第16話 出立

まだ薄暗いが朝の匂いがした。領主館の馬丁が馬に鞍を乗せて出立の準備をしている。レアソンの付き人たちも荷物運搬用の馬に機用に荷を括り付けている。ウェルシアの父であり、ここら一体を治める領主ネメアも見送りに出ていた。物々しい雰囲気がいつもの様子とそぐわない。イラステーは本当にエオナイに向かうのだと実感した。イラステーはマルケの付き人ということになっている。できるだけ女と意識されないようにメラタイの時の服装で支度した。馬を預かる前に見送りに来てくれているホムニスたちのもとへと足を向けた。フェモラは体調が優れずベッドから出てこられなかった。だから寝室で挨拶を交わした。あなたが幸せならいいのよ、と最後までイラステーを尊重してくれた。

イラステーは小さな妹の前でしゃがんだ。

「セラ、ごめんね。留守をよろしくね。母さんはホムニスさんとソランに任せているけれど、あなたがしっかり面倒を見てあげてね。」

セラの目は腫れていた。朝起こして事情を説明した。話を聞いた時は頷いただけだったがイラステーが部屋から出てから泣いたのだろう。

「わかってるよ。迷惑かけないようにする」

いつも通りの口調に胸が痛んだ。

「生活費は母さんに預けているからね」

「うん」

セラは素直に頷いた。イラステーは思わずセラを抱きしめた。

「わがままなお姉ちゃんでごめんね。」

「大丈夫だよ。帰ってきたらわがままたくさん聞いてもらうもん。」

イラステーは喉の奥で笑ってしまった。

「だから無事に帰ってきて。」

返事の代わりに強く抱き締めた。イラステーは立ち上がってソランに向き直った。

「ソラン、本当にありがとう。マルケ様に話してくれて。それに、あなたには謝らなきゃ、私たくさんひどいことを言ったわ。」

ソランは肩を竦めた。

「かまわないさ。お姫様の願いを叶えるのが俺の仕事だ。」

「ソランは昔から私より私のことをわかっているわね。」

「お陰で苦労してるよ。」

「ありがとう、ソラン。」

イラステーはソランを抱きしめた。

「お前の家はここだからな。忘れるなよ。」

イラステーは体を放して静かに頷いた。イラステーはマルケの元へ戻った。マルケはホムニスと話をしていたがイラステーがそばに来るころには会話は終わっていた。最後の別れは済んだのだろうか。

ホムニスの目は赤く腫れていたが、口角を上げて笑顔で送ろうと覚悟を決めているようであった。

「しばらく家族をよろしくお願いします。生活費は母に託していますので必要になったら言って下さい。」

「大丈夫よ。本当に気を付けてね。」

イラステーはゆっくりと頷いた。イラステーは傍にいたマルケに向き直った。書斎から初めて言葉を交わす。ぎりぎりまで話す気が起きなかった。追い返される気がしたからだ。

「マルケ様、今回のご配慮、大変感謝しております。」

マルケはイラステーをじっと見つめた。

「イラステー、本当に来るのか?」

イラステーは縋るように言った。

「1度だけチャンスを下さい。その後は、マルケ様の仰る通りにいたします。」

マルケはため息をついた。

「お前は一度言い出したら昔から聞かなかった。だがエオナの治安は不安定だ。用が済んだらすぐにここへ戻るんだ。わかったな。」

「はい。」

イラステーの返事に頷くと、マルケは傍に来ていた馬丁から馬を受け取った。イラステーもそれに続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る