第58話 エクトンの秘密5
一瞬、皆静まり返った。
「どういうことだ。」
オーロンが聞く。
「正確には私の屋敷だったところです。私がここを去った後、彼がそこに隠したのです。」
「何と危険な。今は誰の持ち物になっているのだ。」
「まだ私の所有になっているそうです。」
マルケは自分で言っていても信じられなかった。
自分の屋敷が残っているとも思っていなかったし、今も所有がマルケ自身にあることも信じられなかった。そうしてその理由を聞いてまた驚いた。
エタンキアだ。
エクトンはそう言った。
エタンキアがマルケが去った後も維持管理を続けてきたそうだ。
しかもそこには誰も住んでおらず、ただ定期的に整備され、あるだけになっているという。
それがハグノスという大貴族によって管理されているならばそこは最も安全な隠し場所と言えた。
エクトンはエタンキアに頼み、一度屋敷にあげてもらったのだという。
ともにマルケの存在を共有する者だからか、エタンキアは素直にそれに応じた。
エクトンはエタンキアの目を盗んでそれを敷地内に隠した。
その話を聞いてマルケは運命の皮肉と自分の存在の滑稽さを感じた。だがそれはすぐに心の隅に追いやる。
今はすべきことがある。
「ではすぐにでも回収に参りましょう。私にお任せ下さい。」
今まで沈黙していたアーソンが勢い勇んで言った。
マルケは首を横に振った。
「いや、私が行く。」
皆がマルケを見た。
「そして、その書簡を持ってアーロガンタイに向かう。証人であるセンテレウス将軍とともに。」
男たちが非難めいた声をもらす。スペリオルが一拍置いて聞いた。
「どのような采配だ。」
マルケは頭を下げた。
「申し上げます。まず私とセンテレウス将軍、そして手練れを幾人かでアーロガンタイを目指します。
勅使ならば地位のある者を送らねばなりません。
センテレウス将軍の同行者としては、私が適任かと思われます。
また私はここに来て間がございません。
有事の際に、軍を動かすのは私よりもここにいる方々の方が心強いでしょう。」
皆が押し黙った。
「しかしそれではお前たちの身に何かあれば一貫の終わりだ。」
スペリオルが言う。
「王への謁見は一兵卒ではかないません。
また部隊で向かうのは目立ちすぎますし、時間もかかります。
我々にそんな時間は残されていません。
そして何よりカンカロスの手先である調査団がエオナの出入りを見張っています。
おそらくアーロガンタイへの行路も各地に兵が配置されているでしょう。
少数精鋭が望ましいか思われます。」
「私も同行させて下さい。」
アーソンが追いすがるように言った。
「いや、ヒッキア将軍には私の代わりに陸軍をまとめてもらわねばならない。
センテレウスも私もエオナを経つ今は、そなたにしか頼めない。」
アーソンは悔しそうに視線を外した。マルケはオーロンを見た。
オーロンは全てを承知したように頷いた。
「私は陛下をお守りする。海のこともこちらに任せよ。」
マルケもまた頷いた。ケンテラが口を開く。
「私は元老院を抑えておこう。
おそらく我らの動きを不審に思い、嗅ぎまわる奴らも中には出てくるはずだ。
身内から邪魔が入っては面倒だからな。」
「陛下の御身は任せられよ。」
サルカスが言った。
「私が盾となろう。」
それは物理的なことだけではない。
今から起こりうるあらゆる厄災を予期し彼は動いてくれるだろう。
エオナの機構を最も熟知しているのが彼なのた。
「屋敷には1人で行くのか。」
スペリオルが聞いた。
「いえ、数名護衛をつけます。自分の屋敷に行くわけですから、調査団も目はつけないとは思いますが、目立たぬよう夜に向かいたいと思います。
クノータス殿には先ほど使いを出しました。」
クノータスには内密に自分の屋敷を尋ねたい、とだけしか伝えていない。
エタンキアとの接触を避けたいという意図だと向こうは捉えるだろう。
そちらの方が好都合だ。
「こちらではアーロガンタイへの出立の準備を整えて置こう。
連れはこちらで見繕ってかまわないか。」
オーロンが請け合った。
マルケはここに来たばかりで信頼できる人間が少ない。
オーロンに任せておけば大丈夫だろう。
「お願いいたします。」
「よろしく頼むぞ。」
スペリオルがマルケに言葉をかけた。
マルケは深く頭を下げ、御意、と答え玉座の間を出た。
少し歩いたところで、人が追って来る気配を感じた。
振り向くとラドゥケスが走り寄って来た。
マルケはラドゥケスを向かえるように向き直った。
ラドゥケスは追いつくやいなや
「感謝の言葉もございません。」
マルケはラドゥケスを見た。
彼の肩は震えていた。
先ほどまで冷静に振舞っていた男とは思えない。
彼は大きなプレッシャーを抱えていたに違いない。
エクトンから何の証言も取れなければ、国を
文字通り全てを失ったに違いない。
いや、全てを失うことは彼にとっては問題ではない。
国を破滅に導くことこそが、彼にとって最も耐えられない汚名であっただろう。
彼の気持ちはよくわかった。
ラドゥケスとマルケは同じ穴の
いや、エクトンを留めおく判断をしたのがラドゥケスであった以上、彼程辛い立場であった者はいない。心労は計り知れなかった。
「まだ安心はできないが、ここまでやってきたことが無駄でなかったことは本当によかった。
シーラリス殿、こちらこそ感謝している。」
ラドゥケスはただ両の手を
そうしてやっと顔を上げると、どうかお気をつけて、とひとこと切実に告げた。
マルケは彼の肩に手を置くと微かに頷いた。
そうして踵を返した。
これからが遠い道のりなのだ、とマルケは覚悟をした。
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