第59話 一興

レダがイラステーを呼んだのは夕刻だった。

エタンキアの傍仕えとなってからもイラステーはレダに教えを乞う場面が幾度かあった。

だがレダから個人的に呼ばれるのは、あの3日間の指導以来だ。

「今夜、エタンキア様は外出の予定はありますか。」

レダの部屋に入るやいなや、彼女はイラステーに尋ねた。

意図はわからなかったがイラステーは聞かれるままに答えた。

「いいえ、本日は特に何もございませんが。」

「そうですか。それならよろしい。

近頃物騒になりつつありますから夜の外出は避けられた方がよいでしょう。

特に今夜は男手が手薄になるようなのでエタンキア様が館から出ぬようによく見ておくのですよ。」

イラステーは何かが引っかかったが素直に従った。

「はい。かしこまりました。」

イラステーはレダの部屋を出た後、すぐに訓練場に向かった。

目的の人物はすぐに見つかった。

モドレゴは武器庫の物を広げて整理していた。

「おお、イラステーどうした。こんな時間に珍しい。」

イラステーは地面に広げられた戦いのための道具を見まわした。

「何をされておられるのですか。」

「見ての通りだ。武器を整理している。

時期的に点検が必要だったから俺が引き受けたんだ。

何があるのか把握しておきたくてね。」

モドレゴがイラステーが訪れた理由を尋ねると、イラステーは先ほどのレダとのやり取りを説明した。

イラステーの中の引っかかりを聞いて欲しかった。

「おかしいな。今夜は特に俺たちに動きはないが…。

外が物騒なことに変わりはないがな。」

モドレゴは古びた長剣を見ていた。

鞘を外すと青さびで変色していた。

細かに見聞する手をはたと止め、モドレゴはイラステーと視線を合わせた。

「そういえば、今夜はあっちの屋敷の護衛は必要ないと言われたな。」

イラステーは瞬きした。

あっちの屋敷とはマルケの屋敷だ。

イラステーは胸の奥がざわついた。

「それはどういう…」

「わからない。だが誰かが来るのかもしれない。誰にも見られたくない誰かが。」

イラステーはモドレゴの手元にある剣を見た。

だが頭では他のことを考えている。

「ありがとうございます。」

イラステーは頭を下げるとその場を去った。



離れの屋敷は相変わらず静かだ。

同じ敷地内なのに別世界にいるような気になる。

エタンキアは自室に籠っているに違いない。

エガンラ行きへの話以来、必要なこと以外話をしなくなった。

「エタンキア様、失礼いたします。」

イラステーはそっと扉を開けた。エタンキアはやはり部屋の座椅子で放心したようにただ座っている。

最近はこんな姿ばかりだ。

イラステーは座椅子の傍に膝を折った。

「エタンキア様、少しお話をしてもよろしいでしょうか。」

エタンキアは一拍置いてイラステーを見た。

「何だ。」

こんな状態でも彼女の声は芯が通っていた。

彼女の元来の気質なのだろう。

「クレウス様のお屋敷の件でございます。

今夜、誰かが訪問されるようでございます。

門番も退けて人払いをされたとか。

おそらくクノータス様のご指示かと。」

エタンキアの目に光が宿ったように見えた。

だがそれ以外の変化は見受けられなかった。

「それがどうした。」

「私はクレウス様が来られるのではないかと思うのです。」

エタンキアは喉の奥で笑った。

本当に面白がっているようだった。

「お前はいつから私の間諜になったのだ。」

え、とイラステーは目を見開いた。

「弟は私と奴が会うことを好まない。

トラブルを起こすだけだからな。

おそらく奴が来るならば、クノータスは隠したかったはずだ。

お前が鋭いので失敗したようだが。」

イラステーは何だか顔が熱くなった。

「それで私にどうしろと。」

イラステーはまた焦りで体が熱くなる。

「いえ滅相もない。私はただ…」

イラステーは言おうとした言葉を飲み込んだ。

自分が何をしに来たのか悟ったからだ。

「いえ、もし訪問者がクレウス様ならば、どうぞお会い召されませ。」

エタンキアは目線だけでイラステーを見た。

「お前の主人と反目しろというのだな。」

「私の御主人様はエタンキア様でございます。」

イラステーは強く言明した。

「エタンキア様の良きように務めるのが私の仕事でございます」

「ほう、奴と会うことが私にとって良きことなのか。」

「失礼を承知で申し上げますと、エタンキア様はクレウス様とお話をされるべきだと思います。

そうすればエガンラへも同行願えますでしょう。

ここは大変危険でございます。

私はエタンキア様の御身が心配なのです。」

エタンキアの目に面白そうな光が宿った。

「お前があれへ同行するか。」

「もちろんでございます。御仕度を整えさせて頂きます。御身の安全のため帯剣をお許しください。」

エタンキアの答えは早かった。

「好きにするがよい。」

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