第25話 親友
ラドゥケスはいつの間にか彼の部屋の前に来ていた。兵舎には戻りたくない。だが今夜は酒が飲みたかった。
「ラドゥケス…」
部屋の持ち主が戻って来た。
「レアソン、中に入れてくれ。」
レアソンは無言で部屋を開け、ラドゥケスを招き入れた。本人もこの部屋に戻って間もないのだろう。中は暗く肌寒かった。
「火をつける。待ってくれ。」
ラドゥケスは部屋の間取りを思い出して座椅子のありかを手探りで見つけ、腰を下ろした。
「決着は着いたのか。」
火をつけながらレアソンは聞いた。御前会議のことか、それとも先ほどの出来事のことか。気にする必要はない。レアソンはラドゥケスがここにいる理由を察している。
「ああ。」
「泣いていたか。」
「いや…。」
「泣けないだろうな。こんな場所では。」
「途中でハグノス様が来てな。」
「クノータス様が?」
レアソンは火をつける手を止めて、振り返る気配がした。
「違う。エタンキア様だ。」
レアソンが息を呑んだのがわかった。
「クレウス殿に会いに…?」
「だろうな。」
「では今は…」
「想像したくない。」
「イラステーはどうしているのだ。」
「おそらく渦中にいるだろう。」
「いるだろうってお前…」
「早く火をつけろ。」
レアソンは作業を再開した。
「俺に何ができる。彼女をあの場から連れ出してどうしろと?」
「…。イラステーが気の毒だ。」
「お前、彼女と話したのか?」
「道中を共にしたのだ。当然だろう。」
ラドゥケスはゆっくりと深呼吸した。
「俺が間違っていると…?」
レアソンはやっと火をつけて立ち上がった。
「いや、間違っていない。お前は正しいんだ。いつもそうだ。」
ラドゥケスはレアソンを睨んだ。
「何が言いたい。」
レアソンはため息交じりに言った。
「なぁラドゥケス。お前のしたいようにすればいい。彼女は大人だ。そしてお前も大人だ。何があろうと乗り切ることができる。」
レアソンはラドゥケスと向かい合うように座椅子に腰を下ろした。
「お前は地位や身分には捕らわれないと言うが、国勢に
ラドゥケスはしばらく壁の向こうを睨むように見つめていた。
そして口を開いた。
「この戦争で勝てると思うか。」
「彼女と何の関係がある。」
ラドゥケスは首を横に振った。
「俺は必ず後悔する。」
「彼女の気持ちは考えたのか。」
ラドゥケスは口を引き結んだ。
レアソンは溜息をついた。そしてゆっくりと立ち上がった。
「どこへ行く。」
「酒を持ってくる。」
「杯は二つだ。」
手を上げて答えるとレアソンは奥の部屋に消えた。
未来のない約束はできない。待っていてくれとは言えない。
一夜の夢で終わらせることもできない。
ここにいれば危険なのはわかっている。
あの時彼女が泣いて縋れば俺はどうしていた。
彼女を抱きしめて、そのあとどうする。
あの男を知らない唇と体に…。
―そして未来はないのだ。
ラドゥケスはまた毒づいた。
「穏やかじゃないな。」
レアソンが酒瓶と杯を二つ持って来た。
「イラステーは家に戻る。それでいいんだ。」
レアソンは何も言わなかった。
「クレウス殿は彼女に相応しい伴侶を見つけると言っていた。
彼のことだ。彼女にとって最良の相手を選ぶだろう。」
ラドゥケスは自分に言い聞かせるように話し続けた。
「彼女の気持ちを無視してな。」
レアソンの言葉にラドゥケスは呻いた。
「さっきから何なんだ!」
ラドゥケスは立ち上がって叫んでいた。
「俺には大事な役目がある。彼女を守りながら責務を果たすのは不可能だ!」
「それを彼女に話したのか?」
ラドゥケスは虚を突かれたように黙った。
「どうせお前の理屈を押し付けただけだろう。
彼女に考えるチャンスも与えず、お前は一人で全てを決めてしまったんだ。
身分や地位がなんだと言いながら結局お前は貴族よろしく命令しただけだ。」
レアソンは殴られることを覚悟した。
だがそうはならず、ラドゥケスは放心したようにゆっくりと座椅子に再び座った。レアソンは彼を観察していたが、彼は正面の壁のあたりをじっと見つめているだけだった。
レアソンは待つことにした。
二つの杯に酒を注ぎ、静かに自分の杯を手に取りゆっくりと飲んだ。
杯が空になるとテーブルに置き、背筋を伸ばして座椅子にゆっくりともたれたところで、ラドゥケスが口を開いた。
「だめだ。俺にはできない。何と言われようと彼女を絞首台に送ることはできない。」
彼の目には憂いとそして強い決意が見て取れた。
レアソンは静かに息を吐いた。
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