第29話 アーロガンタイよりの勅書

マルケは10年ぶりにアーロガンタイ人に会った。

異国の衣装を身にまとった男は、ピンと張り詰めた弦を思わす雰囲気がある。

かき鳴らせば悲鳴のような音が響きそうだ。

エオナ王の御前にも関わらず我こそがこの国の王であると言わんばかりの尊大な立ち居振る舞いはエオナの官吏たちを苛立たせた。

だがそれを表にだすわけにはいかない。冷静な振舞いを保つことに集中していた。

「我が主は、十分に忍耐を証明されたと思われますが、これ以上何を求めるのか

お聞かせ願えますかな、皇帝陛下。」

「忍耐も何も我らには差し出すものがないだけのこと。

言葉を慎まれよ、スクト・ウタイ将軍。」

答えたのはサルカスであった。だがスクトはひるまなかった。

「サルカス閣下、我々が何も掴んでいないとでもお思いか。近頃、センテレウス将軍をお見受けしないが、あの方はどこにいらっしゃるのか。」

「スクト将軍、それは貴殿もご存知の通りでございましょう。

現在は陛下の勅命の元、任地に赴いているのでございます。」

「あくまで白を切るおつもりか。」

サルカスは何も答えなかった。スクトは目を細めた。

「このようなことは長く続くまい。

我らは独自にこの国を調べさせて頂くまでのこと。我らにはその権利がある。

しかし貴国が国際犯を匿いだてするような事実が見つかれば我らが王も許しはしますまい。何が得策かよく考えられよ。」

スクトはスペリオルを一瞥すると、踵を返して自国の護衛とともに玉座の間を後にした。彼らが去ると張り詰めた糸が緩むのを感じた。

「犯人を引き渡さねば宣戦布告とみなす。開戦の日取りは4月だ。」

スペリオルは沈黙を破った。彼の発言にどよめきが起こる。

スペリオルは疲れた顔を片手で拭った。

手にはアーロガンタイ王の勅書が握られている。

スクト・ウタイがここへ来た時に渡したものだ。サルカスたちが話をしている間、スペリオルは熱心にそれを読んでいた。

エクトンを捕らえて半月。いくら緘口令を敷いても、容疑者が見つかったことを隠し通すことにも限界があった。国内に敵国の諜報員がいるのだ。

それも当然と言えば当然である。

アーロガンタイはエオナがシロではないことを知った。

待つ理由はないのだ。そして待つ必要がなくなった理由はもう一つある。

「調査機関がこちらに来て約2カ月。こちらの内部情報も十分手に入り、戦争を仕掛けても勝機が見えたというところでしょう。」

宰相サルカスは冷静に発言した。

「センテレウス将軍を引き渡すことは、切り札を失うことです。」

ラドゥケスは自分への苦言であるととらえ忍耐強く答えた。

「それが何かまだわからないのに?」

「ヒッキア殿。陛下の御前です。」

マルケは静かにたしなめた。だがそれ以上弁護することはできなかった。今、成果が出ないのはラドゥケスではなくマルケの問題だからだ。

毎日エクトンの元に通ってはいるものの、最初に面会して以降、一向に口を開こうとはしなかった。

「あちらもただでは転ぶまいということですな。

弟を失ったが、開戦の理由は手に入れた。そしてこちらの内部情報も。

戦争を始めるのにこれほどの好機はない。

例えセンテレウス将軍を引き渡しても引き下がるものか大変あやしい。」

ラドゥケス直属の上司である海軍将オーロンが口を開いた。

その通りだ。もう開戦は免れられないだろう。

マルケはスペリオルに向き直り跪いた。

「陛下。どうかもう少しお時間を。戦争回避の手段はもう残されておりません。しかしこれに賭けるしかないのです。」

スペリオルは疲れを滲ませた顔で王の間に集まる者たちを見た。

「開戦は4月。残り2カ月しかない。できるだけ調査機関に悟られぬよう軍備を整えるのだ。」

将軍たちが、覇気の良い声で答える。

マルケははじかれたように顔を上げた。

スペリオルはゆっくりとマルケの方を見た。

「マルケよ。そなたを信じよう。ぎりぎりまでセンテレウスから探り出すのだ。

だが何も語らぬのなら、最後にはあちらに引き渡さざるを得ない。

政治犯を抱え込むことは今後、戦争の結果次第ではエオナが国際的に不利な立場に立たされるからだ。

だが引き渡しても戦争は回避できないのならば、こちらも準備が必要だ。

そなたも手抜かりなく軍を整えよ。」

マルケはただ深く頭を下げるしかなかった。

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