第74話 告白

明日の夜のことを話すと、ホムニスも母も別のことで慌てた。

領主館の晩餐会に呼ばれたのだ。

衣装をどうするのかと、尋ねられた。

イラステーも指摘されるまで思い至らなかった。

ラドゥケスは私が着飾ることを期待しているようには見えない。

もしそうだとしてもイラステーにはそんなものを持ち合わせたはいなかった。

いや1つだけあった。

ラドゥケスから預かったセンテレウス家の紋章が入った首飾りだ。あれだけはエタンキアが残した青い小箱と一緒に手元に置いていた。

だがあれをつける勇気はなかった。

イラステーは衣装のことよりも、気がかりだったのはネメアのことと、これからのことだった。

外で話していた時、ラドゥケスはイラステーを都に連れていくと言った。

それは予想できたことであり、ラドゥケスを待つ間も考えなかったとは言えない。

家族のことはどうするのかを尋ねると、一緒に来ればいい、と言う。

母は都でよい医者に診てもらえる。

セラも良い教育が受けられる。

ラドゥケスはこんなにいい話はないとばかりの口ぶりだ。

ラドゥケスの言うことは理解できる。

イラステーは家族のことは考えさせて欲しい、とだけ伝えた。

ラドゥケスが帰還し、いろいろなことが現実として押し寄せて来た。

イラステーが物思いにふけながら朝食を用意している姿を見て、フェモラは朝食後にイラステーを自分の部屋に呼んだ。

部屋に入ると、母フェモラは自分が座るベッドの横をポンポンと手で叩き、娘に座るように促した。

イラステーが座るとフェモラは優しく言った。

「シーラリス様が去ってからあなたの表情が優れないから心配になって。

シーラリス様に何か言われたの?

もしかして私たちのことなら…」

みすぼらしい暮らしぶりに幻滅したのでは、とフェモラは心配したのだ。

イラステーは慌てて否定した。

「ラドゥケスはそんなことを言う人じゃない。

そうじゃないの。

むしろ良くしてくれようとしているの。

お母さんもセラも都に来ればいいって…」

「まぁ…」

フェモラはイラステーの物思いが理解できたらしかった。

「ラドゥケスは簡単に言うけど、ここでの暮らしは捨てられないし、

ホムニスさんだって1人にできない。」

イラステーが半ば困惑気味に吐き出すとフェモラはくすくすと笑い出した。

イラステーは驚いて母を見た。

「何がおかしいの!」

「だってそんなことで悩んでたなんて。

私、あの方とケンカしたのかと思ったわ。」

「そんなことって言うけど、大事なことじゃない!」

フェモラはイラステーに向き直り彼女の手に自分の手を重ねた。

「イラステー、あなたは何も気にしなくていいの。

あなたのしたいようにしなさい。」

「母さん!」

「私はこの村から出ないわ。

ここが私の居場所だもの。

今さら都になんか住んだら頭がおかしくなっちゃうわ。

セラもそう。

彼女が大きくなって自分でしっかりものを考えられるようになったら都へ行くことも考えてもいいけれど今はダメね。

時々姉を訪ねて都見物ぐらいで我慢してもらいましょう。」

「都に行けば毎日だっていいお医者様に診て頂けるのよ!」

「それはもうあなたがもう段取りしてくれたでしょう。

イラステー、いいから聞きなさい。」

イラステーは母を見た。

「私たちは私たちの人生があるの。

あなたは良かれと思って言っているのかもしれなけれど、私たちにも選択権はあるでしょ。」

「それは私の悩みを取り除こうとしてあえてそう言ってるのじゃないの?」

「そうねぇ。

本心を言うとあなたと離れるのは本当に辛いわ。」

「だったら…!」

「でも都には行けないわ。

お父さんもここに置いていけないでしょ。」

イラステーは言葉に詰まった。

「またセラが悲しむわ…。」

「そうね、セラはあなたが大好きだから。

でも仕方ないわ。嫁に行くってそういうものよ。」

イラステーは肩を落として溜息をついた。

「なんだかあんまりにもお母さんが淡々としているから、ちょっと寂しくなってきた…。」

「そう思うならお嫁に行かないで。」

「それは無理よ!」

フェモラは朗らかに笑った。

「なら結論は出たわね。」

イラステーは母に向き直り、そして抱きしめた。

フェモラはイラステーを抱き返し背中を撫でる。

「今日は笑ってないと。

とてもおめでたい日だもの。

マルケ様もあちらで喜んでいるわ。」

イラステーは目を見開いた。

マルケの話をするなら今しかないと思った。

イラステーは母を放し、勇気を出して口を開いた。

「お母さん、マルケ様のことで話したいことがあるの。」

イラステーは都に着いてからの全ての出来事を話した。

ラドゥケスに一度振られ、そしてエタンキアの屋敷で働くことになったこと。

ハグノスの館での出来事もひとつひとつ話していった。

傭兵たちや使用人仲間の話。

エタンキアが深夜に屋敷を抜け出し野党に襲われたこと。

パルトを2人で作ったこと。

そして最後にマルケとエタンキアの再会と2人の死。

そしてエタンキアが残した物。

イラステーは時間をかけてこれまでのことを全て話していくことで、

2人の最期について触れることができた。

フェモラはしっかりと娘を見つめて話を聞き続けた。

最後まで話し終えるとイラステーは母に何を言われるか不安で目を合わすことができなかった。

「私がエタンキア様をマルケ様の屋敷にお連れしなければ、もっと違う未来があったかもしれない。」

イラステーの唇は震えていた。

やっと落ち着いたと思っていたがまだあの記憶はイラステーの全身をいともたやすく支配する。

「私は人殺しになってしまった。」

そう呟くとフェモラが口を開いた。

「マルケ様を叱ってやりたいわ!」

イラステーは予想もしていなかった言葉に顔を上げる。

「自分の問題にあなたを巻き込んで!

こんなにあなたを苦しめるなんて!!」

イラステーは慌てて母の両腕に触れて訴える。

「お母さん、それは違うの!

全ては私が選んだことなの!」

「いいえ、あなたが許しても私が許さないわ。

亡くなった方には悪いけど、確かに本当に感謝しきれないくらいお世話になったけれど、それはそれよ!

そのエタンキア様という方もそうよ!

あなたを利用したんじゃないの!」

思わぬ話の展開にイラステーは慌てる。

こんなに言葉を荒げる母をイラステーは見たことがない。

「エタンキア様も十分苦しんだわ!」

フェモラはイラステーを抱きしめた。

「イラステー…何もあなたが全てを抱え込む必要はないのよ。

マルケ様もその奥方も自分で選んだ道なのよ。

あなたはその交差する道をたまたま通ったに過ぎない。」

イラステーは母に理解してもらおうと口を開きかけたが、彼女の言葉は終わらなかった。

「でも…でもどうしてもあなたが罪悪感から解放されないというならば、私もいっしょに罪をあがなうわ。

一生をかけて私も一緒に2人のご冥福を御祈りする。

これからその罪を糾弾する場があるならば私も供にその場にあるわ。

あなたを1人になんかしない。

あなた1人に背負わせはしない。」

イラステーの目に涙が滲んだ。そして母に抱き着き泣きながら叫んだ。

「私は2人とも愛してたの!

その2人を死なせてしまったのよ!!

私だけがここに戻ってきてしまった!

みんな私を責めているわ…!」

フェモラはさらにぎゅっとイラステーを抱きしめた。

「イラステー、みんなあなたを責めていない。

あなたが生きてくれていてよかったと思っているわ。

だってそれが戦いなんだから。

あなたがこんなに苦しんでいたなんて知らなかった。

気づいてあげられなくてごめんなさい。」

フェモラは、大丈夫、大丈夫よ…と呟きながら赤子をあやすようにゆっくりとゆすぶりながらイラステーを抱きしめ続けた。

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