第21話 再会1
2人はエクトンが捕らえられている部屋に向かった。そこは意外な場所だった。マルケが記憶にある限りそこは陛下の居住区のど真ん中だったのだ。地下牢に案内されると考えていたマルケは何度かラドゥケスに間違いではないか尋ねようと思ったが口の端に上る前に抑えた。彼が間違えるはずがないのだ。案内された部屋はおそらく一時的に何かを置く倉庫のようなスペースだった。エクトンはここに軟禁されているらしい。扉の前には一人の衛兵が立っていた。ラドゥケスはその男に声をかけた。
「マリウス、クレウス将軍だ。先ほどご到着され、陛下より任を賜った。」
マルケは記憶を巡らせた。彼はサクリフィス暗殺の第一発見者だ。エクトン捕縛が機密事項である以上、番兵も身内でやらねばならぬということらしい。
「お会いできて光栄です。第一艦長マリウス・メトエイラでございます。以後お見知りおきを。」
まだ年若いこの男が、全ての発端を目の当たりにしたのだと思うと哀れに思えた。
「少ない人手でご苦労されているでしょう。しかし今が要の時と思えば報われる労もあるはず。ともにこの苦難を乗り越えましょう。」
マリウスは息を吞んで大きく見開いた目をマルケに向けた。若者には労いが必要だと思った。そうでないと心が砕けてしまう。それがこの状況下でどれほど大切なことかマルケは知っていた。
「私はシーラリス将軍の命に従い動いているだけでございます。」
「あなたは上司に恵まれた。これからも良き支えになって下さればありがたい。」
「もちろんでございます。」
ラドゥケスは不意に会話を切った。
「マリウス、少しここを離れてもらえるか。今からクレウス将軍が中に入られる。ただ扉の見える位置にはいてくれ。いいな。」
マリウスが通る声で是、と答えるとマルケたちが来た通路を歩いて行った。それを見送るとラドゥケスはマルケを見た。
「マリウスはこの仕事には不向きな男だ。根が優しすぎるのです。」
「ではどうして第一艦長の任を?」
各艦長は船団長であるラドゥケスが任じる。ラドゥケスは苦笑した。
「彼を頭がよくて真面目なんです。それに」
マルケはラドゥケスの顔が真剣みを帯びるのを見た。
「マリウスの目は私を冷静にしてくれる。」
マルケはもう少しその話を聞きたいと思ったが、ラドゥケスが表情を和らげたのをみてこの話題はここまでだと悟った。
「とにかくマリウスをこれ以上たきつけないで下さい。もう十分過ぎるほど彼はやってくれている。」
マルケは口角を上げて笑った。ラドゥケスには全てを見抜かれている。
「ここに軟禁しているのは調査団たちと万が一接触させないため。食事も陛下の食事と合わせて毒見したものを運んでいる。」
徹底しているとマルケは思った。この環境を作るのにどれだけ尽力したのか計り知れない。
「了解した。できるだけのことはしよう。」
ラドゥケスは深々と頭を下げた。その姿を見るとマルケは敬虔な気持ちになった。果たしてこの若者が求める答えを得られるのか。彼は頭を上げるとすぐにその場を去った。ラドゥケスはマルケと約束をしてイラステーに別れを告げることを決めた。彼がイラステーに別れを告げれば、明日にでも彼女をハバシルに返せる。
こんな危険な場所は一日でも早く出さなければならないと2人は意見を同じくした。
マルケは渡された鍵で静かに扉をあけながら思考をあの男へと移していった。かつては共に戦場をかけ、背中を預けて戦った友だ。
だが今は置かれている立場もかけ離れてしまった。何が彼を追い込んだのかマルケにはわからなかった。
マルケはラドゥケスに渡されたランプを掲げ男の所在を確認した。男は扉の正面にある壁に繋がれていた。部屋は彼をここに置くために慌てて中の物を運び出した形跡が残っていた。石壁には杭が撃ち込まれ彼の手首と足を繋ぐ鎖が結ばれていた。彼は壁にもたれるように座り顔を伏せていた。マルケたちの年齢なら10年では外見はさほど変わるまいと思っていたが、ぼろを身にまとい髪も髭も伸びるままにされた彼は自分より遙かに歳をとっているように見えた。
彼だという自信がなくなる前にマルケは声をかけた。
「エクトン、何があったのか教えてくれ。」
男は弾かれるように顔を上げた。その顔はまだ生気があり、マルケを少し安堵させる。しかしエクトンの声は悲しいほどしわがれていた。
「マルケ…やはり来たのか…」
マルケは目頭が熱くなった。懐かしい友の声だ。
「来るとも。来るに決まっているじゃないか。いったい何があったんだ。
私は未だに信じられない。お前がこんなことになるとは…」
そこで言葉を切ってマルケは戦慄した。エクトンが大声で笑いだしたのだ。ひとしきり笑うと更にマルケを困惑させるようなことを話し出した。
「お前が言うと傑作だ。国家反逆罪に問われていたのは、お前の方じゃないか。
しかし、今は私が囚われの身。神も洒落た結末を用意する。」
「エクトン…」
突然男は立ち上がり腕に繋がれた鎖をじゃらじゃら言わせながらマルケに近づいてきた。だが鎖の長さはマルケまで及ばない。それでもエクトンの勢いにマルケは一歩後ずさった。手元に揺らめくランプはほのかに囚人の顔を照らし出す。その目は大きく見開かれ狂人の様相を呈していた。だが紛れもなくエクトンなのであった。
「お前、職を賜ったな。」
マルケは瞠目した。陛下より頂いた階級章が見えたのか、外での会話が聞こえたのか。
また笑い出すかと思ったが、そうはならなかった。代わりに皮肉な笑みを浮かべた。
「わたしの首と交換か。本当にお前はうまくやる男よ。昔からそうだった。」
「違う」
それ以上言葉が出てこなかった。
エクトンはゆっくり後退して元の位置に座り込んだ。もう狂気じみた雰囲気はそこにはなかった。
「マルケよ…。もうお前ができることは何もない。早くここを去るがよい。」
「しかし、この国は侵されつつある。」
「お前にはわかりはしない。かつてこの国を売ろうとした耄碌にはわかりはしないのだ。」
「それはどういう意味だ。」
「この話はこれで終わりだ。」
そう言うとエクトンは頭を垂れて動かなくなった。マルケはそっと壁に体をあずけ深呼吸をした。かつての友は失われた。自分ならこの状況をどうにかできるのではないか、そんな一縷の望みもこれで消えた。エクトンはマルケを憎んでいる。絶対に真実を語りはしない。急にある女性の顔が浮かんだ。彼女もまたマルケを恨んでいる。マルケは絶望の中にいた。自分が何をしでかしたのか、今その報いを受けている。マルケは手で顔を撫でた。あたりは暗く、消えそうなランプがこの場を照らしているだけだ。逃げ場はなかった。
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