『ご縁があったら、またいつか』❻


 そうして、あっという間に夏休み最終日が来た。


 私は、結局何もタクに伝えることができなかった。




 重い病気を患っていること。


 夏休みが明けたらもう会えないかもしれないこと。


 ずっと一緒にいたかったこと。


 生きたいと強く願っていること。




 タクのことが、好きだということ。





 そんな私に対して、無邪気な笑顔で、

「あのさ、写真撮らない?」

 と言ってきたのは、片手にスマホを持っているタク。


「急にどうしたの?」

 いつものように、ブランコにお互い腰を掛けて話す。


「いやー、実はさ。この前テレビで『スマホでも一眼レフカメラ並に上手に写真を撮る方法』っていう番組見て、実際にやってみたいって思っちゃったんだよねー!」

「何それ、私はタクの実験台なわけー?」

 と冗談を言ったつもりだったが、タクは私が本気で怒ってると思ったのか、慌てて「そんなわけない、そんなわけないっ!」と弁解した。


「だって、俺、ハナと一緒にいて楽しいもん」


 びっくりしてタクの方を向くと、気のせいか、彼の頬はほんの少し色づいていた。




 あれ、もしかしてだけど。


 意外と素直に気持ちを伝えてよかったかもしれない。




 ……なーんて思ったけど、もう今更だ。





「ま、いーや。どうやって撮るの?」

「えーと、まずだな。光がこっちから当たってるだろ? だから……」

 タクの指示に従って、私は向きを変える。


「……っと、こんなもんかな! じゃ、いくぞー。1たす1は?」

 懐かしい掛け声に、私は恥ずかしながらも、「にぃー!」と元気に答えた。


「お、いーかんじ! ……ありがとなっ」

 タクの笑顔は、夏の日差しに照らされてキラキラと光っていた。





 公園でタクと別れた後、私は走って家に戻った。本当は走ったりしたら、心臓に悪い影響が及ぶ……というかそれ以前に走ることすら苦しいはずなのだが、この時は何も感じなかった。



 ただ、早く残さなきゃと思った。



 私の思いを、キャンバスに。

 水彩画にして。



 走っていても、全然苦しくなかった。

 足取りも軽く、まるでブランコに乗っているような、そんな感覚だった。



 私は……。



「……私は、自由だっ!」




 どこまでも行ける。この体は、無敵だ。






 家に着いて、急いで自分の部屋へ向かって画用紙を広げた。水彩絵の具一式を机に並べる。





 しかし、そのときだった。





 急に胸の奥の方が激しく痛み、肋骨あばら全体がへし折られているような感覚に陥った。苦しくて、呼吸をしようとしても酸素が中々入ってこない。気管支が狭くなり、ヒュウヒュウと鳴る。




 あ、あ、あ……。




 せっかく、伝えようとしたのに。


 私の本当の思いを、自由に、大きく、描こうとしたのに。




 なんで、なんで、今なんだっ!!




 私は思いっきり床を何度も叩いた。……お願い、誰か気づいて!


 すると部屋のドアが勢いよく開き、お母さんが入ってきた。


「花乃っ! しっかりして!」




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