『ご縁があったら、またいつか』❹


“高校生にもなって、ブランコ乗るなんて変なの”


 彼は、不思議そうにこちらを見つめながらストレートにそんなことを言った。


 いつもなら、恥ずかしくて俯いてしまう私だったが、この時だけは違った。


「変でもいいでしょ、私がやりたいからやってるの」


 その言葉に、彼は「ふふふ」と爽やかに笑った。


「倉橋さんって、面白い人なんだね」

「それは相手が、い、色野さんだからだよ」


 そう言うと、彼は「え、俺の本名、もしかして知らない?」と悲しそうな表情で聞いてきた。……なんだかちょっと可愛い。


「そんなわけない! さすがに隣の席で本名わからないとか、ありえないよ!」


 だけどね、これには理由があって。


「私、『色野タク』って名前、好きなんだ」


 そう言うと、彼の顔色はパァァァっと一気に明るくなった。


「本当にそう思う!? 倉橋さんとは気があうなぁ」

 彼は、タタタ……と駆け足でブランコの場所まで来た。そして、「隣いい?」と聞きながら、既にブランコに腰を掛けていた。


「でも、苗字呼びは改まりすぎだから下の名前で呼んでよ」

「『タク』ってこと?」

「そうそう! それなら、ちょっとは本名と被ってるしね。俺も、倉橋さんのこと『ハナ』って呼ぶけど、いい?」


 そのときほど嬉しかったことはない。だって、本名が「倉橋 花乃はなの」である私のことを、『ハナ』って呼ぶのは大好きなおじいちゃんだけだったから。


 私の大切な人には、『ハナ』と呼んでもらいたい。


「んで、ハナは今、何してるの?」

 と言って、タクは私が地べたに置いていた画用紙を覗いた。


「そっか、ハナは美術部だもんね。廊下に飾られている絵、上手かったから覚えてるよ」

「え、ほ、ほんと!?」

「わざわざ嘘は言わないよ。んー、でもいて言うなら、もっと『自由』に描いてみた方がいい気もするけど……」



 ドキリ、とした。



 タクにはわかるんだ。私のダメなところが。見えているんだ。



「あ、あのゴメン。ド素人の俺が、偉そうに言って……」

 ううん、と私は首を振った。


「本当のことだもん。むしろ、そこまでちゃんと見てくれてるんだなってわかって嬉しいよ」


 素直な気持ちを伝えると、タクは「そう?」とはにかみながら笑った。

「俺もね、小説を書くときは人の目とか、賞を取るとか、そういうのは一切気にしないようにしてんだ」


「……なるほどね」



 なんとなく、その意味がわかったような気がした。





 *


 タクの話を、頭の中で何度も反芻していたときだった。


「……俺もなんか描きたい!」とタクが突然言い出したのだ。


「ええっ!? い、今?」

「うん、今!」

「こんなに暑い時期に、セミもうるさいのに?」

「それがいいんじゃん。面白くて」


 ……なんだか、タクは私が思ってたよりもずっとずっと掴み所がなくて、変わっている。


「ま、いっか」

 私もそんなタクにつられて、ついつい承諾をしてしまう。


「じゃあね、この画用紙と絵の具、自由に使っていいよ」

「わかった!」


 日差しがいっそう強くなって、汗がしたたり落ちた。


 それでも私たちは気にせず、画用紙に向かって描く。






 数十分だった頃だろうか?


 タクが「よし、出来たっ!」と声を上げた。


「ねねっ、見せて見せて!」


 私がねだると、タクは「ジャジャーン」と効果音付きで見せてくれた。




 その光景にびっくりした。




 そこにいたのは、私だった。ブランコに乗って、空へと羽ばたこうとしてる私。その表情は爽やかで、とても余命2年の人間とは思えなかった。


 そして、何より惹きつけられたのは……。


「綺麗な色……」

 私は無意識で、そう呟いていた。


 画用紙の中の色は、本当に自由だった。



 空の色は緑。

 雲の色は黄色。

 草の色は青。

 私の髪の色はピンク。



 一見、ピカソのような絵画にも見えるが、そうではない。

 ちゃんと、『本物の色』が映し出されているのだ。



「タクの小説が、心に響く理由がよくわかったよ」


 私はタクを見つめた。


「ありがとう、私、ちゃんと描けそう」


 タクは、「いや、俺が勝手に描いてただけだから、その……」と言って少し照れていた。




 好きだな、と思った。




 こんなに真っ直ぐに、本物と向き合える心の持ち主。


 あー、どうしよう。





 どうしようもなく、生きたい。








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