『ご縁があったら、またいつか』❸


 早速美術部に入り、私は得意の水彩画を放課後描いていた。絵の具をキャンバスに滑らせて。淡い色を乗せて。


 水彩画のタッチはまるで、儚い命のよう。


 私の命をここに込めて。


 しかし、中々自信を持てる作品は出来なかった。何かが足りない。何かが違う。


 何って、描いていて楽しさが湧かず、窮屈なのだ。


 でもそれがなんなのかわからないまま、ダラダラと絵を描き続け、いつのまにか夏休みを迎えていた。


「ふぁー」

 朝八時。部活は夏休み中は休みだけど、コンテストに応募する作品を完成させなくてはならない。私は風景画の部門を選んだので、これからどこかモデルとなる風景を探さなくてはならない。


 とはいうものの、実は既に描きたい場所は決まっていた。ちょっと歩いたところにある公園。そこの、ブランコからの景色だ。


 私は小さい頃からブランコが大好きだった。ブランコから見る景色は、大きくて、カラフルで、一際明るく輝いているからだ。


 ブランコに乗れば、自分の病気とか嫌いなニンジンの味とか、全部飛ばされる気がした。


 もうブランコなんて、10年近く乗っていない。そもそも、病気のせいで外出なんてほとんど出来なかった。


 でも、ブランコからの景色なら私の本当に描きたいものが描けそうなのだ。




 それで、真夏の暑い日差しに照らされながら私は公園へと向かった。こんな暑い時期に外にいる人は、滅多にいない。もちろん、それは公園も例外ではなく、私一人だけだった。


 本当は、ブランコからの景色をスケッチする予定だったのだが、誰もいなかったので実際に漕いでみることにした。


 ブランコに腰掛けると、地面が思いのほか近くて、足がべったりと地べたにくっついていた。


 小さい頃は、つま先をつけるだけで精一杯だったのに……。


 病気を抱えながらも、体は成長しているんだな、としみじみ思った。


 しばらくの間、私はブランコを漕ぐことに夢中になった。本当は、これも心臓に負担がかかることなんだろうけど、今は自分の寿命なんかよりもブランコに乗っていたい気持ちの方が強かった。



 風が耳元で鳴る。





 上を向くと、眩しすぎる光。


 そこに広がる青い空と、真っ白な入道雲。


 下を向くと、茶色い地面と透き通ったような緑色の草花。





 ああ、私って生きてるんだなぁ。




 そんなことを考えていると、「あ」という人の声がした。


 その声に、私は聞き覚えがあった。



「高校生にもなって、ブランコ乗るなんて変なの」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る