『海の色は何色』19
*
バイクでなっちゃんを送っている途中、なっちゃんが海岸を指差した。
「何あれ、女の人が自殺? それとも幽霊?」
「じ、冗談だろ。僕は幽霊とかそういう類の話は苦手なんだから、やめてよ」
「いや本当だってば! 女の人。崖の上に立ちながら下を覗いてるの。私、視力2.0あるから間違いないって!」
信号がちょうど赤になったので、その海岸の方を見てみると……たしかに、誰かいる。
「なっちゃん、ちょっと見てきてもいい?」
「当たり前。救える命は救うべき。そんで、善は急げ!」
信号が青に変わるまで待てず、僕はUターンして海岸まで向かった。
そして、そこにいたのは……。
嘘だろ。
「真彩っ!!」
一体、なにしてるんだよ!!
色んな思いがこみ上げてくるが、声に出すのも面倒だった。それどころじゃなかった。
なっちゃんのことを放ったらかしにし、僕は全力で真彩の元に走る。なっちゃんが後ろから「お兄さん!」と呼んだのが聞こえたが、本当にそれどころじゃないのだ。
なんで?
自殺? 真彩が? するわけないだろうっ!! 真彩が、そんなこと!! だって、昨日まで普通に笑ってたんだ。普通の女の子として、生きていたんだ。
抱きついてでもキスしてでもいいから、何としてでも自殺を止めてやる!
そう思っていた時だった。
「お願い助けて! 和臣さん!!」
え?
助けて?
足のスピードは緩めず、そのまま真彩の元に駆けつけると、真彩が顔を涙で歪めながら「助けて……」と呟いた。
「この子を、今すぐ崖から引き離して! 今日は風がいつもより強いの。お願い、何かあってからじゃもう遅いから!」
下を見ると、なっちゃんと同じくらいの
それを見たなっちゃんがハッとした。
「あいつ、
「なっちゃん、知り合い?」
「隣のクラスだよ。可愛くておとなしいから、男子たちによくいじめられてる。っていうか、それより!」
なっちゃんは僕と真彩をグイっと後方に押し出した。
「私が助けに行くから、お兄さんたちは下がってて!」
「……! 何バカ言ってるんだよ!」
「物書きのお兄さんこそバカじゃないのっ!? こんな不安定な足場に体重の重い大人が乗っかったら、逆に危ないよ!」
なっちゃんは、いつの間にか崖の上にヒョイっと軽々登っていた。
そして、僕らに背を向ける。
「……もう私の目の前で、人が傷つくとこを見たくないんだよ」
そこで初めてなっちゃんの手の震えに気づいた。
彼女も、恐怖と戦っているんだ。
だったらなおさら、僕は彼女を助けなきゃいけない。しかし、彼女はもう崖から降りる準備をしていた。
「わかったら黙って見てて。大声出したら、どっかのバカみたいに光がびっくりして落ちちゃうかも知れないから。それと、お兄さんの彼女さんは、助けを呼びに行って!」
真彩のことを僕の「彼女」という間違った認識のまま、なっちゃんは光ちゃんの元に飛び出して行った。
その瞬間、南からの風が強く吹く。耳を裂くような甲高い風の音がこだまする。その勢いに体が揺れた。地面が揺れた。
「今はダメだ! 危ない!!」
ジャバァァァァァンンン……。
荒波が崖を
僕が下を覗き込んだときには、誰もそこにはいなかった。……時すでに遅し。
僕は必死に名前を呼んだ。
「なっちゃん! 光ちゃん!」
返事はない。もう一度呼ぶ。
「なっちゃん! 光ちゃん!! いたら返事しろ!!」
すると。
「……フ、ガバッ!」
なっちゃんの顔が海面から出てきた。しかし、光ちゃんは見当たらない。なっちゃんは沖の方を指差した。
「光は! あそこに、流れ、かけてるっ! アイツ、泳げ、ないんだっ!! お兄っ……伊東さんっ」
なっちゃんは泣きそうな顔で僕を呼んだ。
「お願い、光を助けて!」
その言葉を待っていたよ。
なっちゃん、君はまだ小さいのに背負いすぎだ。重いものは、一人で背負いきれないのだから。そのために仲間がいるのだから。
「任せて」
僕は迷いなく海へと飛び込む。
途中、真彩の叫び声が聞こえた。
大丈夫、僕は死なない。
誰一人も悲しませやしないよ。
海の色はまだわからない。
今飛び込んだ海は、何色だったかな。
悪いけど、光ちゃんのことしか見てなくてさ。
海よ、君の色については、また今度。
光ちゃんの腕を掴んで、なっちゃんの方へ流した。なっちゃんはそれにきちんと気づいて、光ちゃんを抱きとめる。
僕はというと、沖の方へ流れて行く「赤」に手を伸ばした。光ちゃんの大切なものだという、それを。
それがリスクを負う行動なのは自覚していた。それでも、誰かの大切なものを目の前で諦めるほど、僕は弱くなかった。諦めが悪いっていうのかな。
赤をぎゅ、と掴む。
その瞬間、安心したのがいけなかった。
「ゴボッ……」
二度目の荒波に、僕の体は攫われた。
気づいたときには渦の中に足が巻き込まれていて……。
体が重くなる。
引き込まれていくのがわかった。
まずい。
目の前が暗くなっていく。
消えかけそうな意識の中で、僕の脳裏に浮かんだのは泣き顔の真彩だった。
ごめん。
海の色は何色なのか、聞きそびれたなぁ。
次の小説が出来たら聞く、とか変な意地張らなきゃよかった。
こうなるとわかってたら。
僕は君に、ありったけの思いの丈を伝えていたのに________。
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