カラフリー




『彩美へ


 これを彩美が読んでいるときには、もう俺はこの世にいない。……驚いたか? 俺には、予知能力があるんだ。


 なーんてな。まあ、あるっちゃいえばあるんだけど、それについて説明するには、まずいくつか知ってもらいたいことがある。


 まあ、ゆっくり読んでほしい。




 俺の祖父は、軽度だが色盲を患っていた。俺もその遺伝を受け継いで、先天性の色盲となったわけだ。


 両親は俺が四歳のときに、交通事故で亡くなった。これは、話したことあるよな。


 実は、その数か月前、両親は体外受精を行っていた。というのも、母親の方が体が弱くて、もう子供を産める状態ではなかったからだ。母親は、どうしても女の子が欲しいと言って、体外受精の道を選んだんだ。


 その子は無事生まれることが出来た。しかし、育てられるところがなかった。俺はそのころ、母方の祖父母に育てられていた。が、俺一人育てるのが限界だった。父方の祖父母はもうかなりの年で、老人ホームで暮らしている身だから、言うまでもない。


 そしたら、ちょうどその子の出産を担当していたお医者さんが、養子を探していた。




 彩美は、勘がいいからもうわかるだろ?




 そう、俺とお前は……血のつながった兄妹なんだ。

    

 中学一年の春。俺は、ちょっと変わった夢をみた。夢にしては、やたらハッキリした夢。


 今まで、両親なんて夢にでてきてことはなかったし、実際顔もあまり覚えてなかった。なのに、はっきりと目の前にいるんだ。


 そして、「女の子から電話が来たら、講演会にはぜひ来てほしいと言いなさい。きちんと、敬語で」と言われた。なんのことかさっぱり! でも、ほんとうに電話がかかってきて……まあ、最初は彩美のお母さんがかけてきたんだけどな。


 そのあとも、彩美が関係する何かがあるたびに両親の夢をみた。だから、ちょっと不思議なことが起きただろ? 電話に出るのがやたら早かったり、彩美の考えてることを知っていたり……。


 これが、実の両親からの娘へのプレゼントだったんだろうな。


 そして、昨日。「明後日、彩美は絶対に家に呼んではいけない。命の危険がある」と夢の中で言われた。俺は、両親に何故か聞いた。が、それは答えられないらしい。


 でも、俺も馬鹿じゃない。自分は明後日、死ぬんだと感じた。家にいちゃいけない。家にいたら死ぬ……。


 恐怖で絶叫しかけた。でも、両親がずっと背中をさすってくれたから、ちょっと安心できた。そして、冷静になった。


 とにかく、彩美をなんとしてでも家に入れちゃいけない。どうしようか迷っているときに、ちょうど「新刊の発売日を少し早めて明日にする」と出版社から連絡があった。


 これだ、と思った。


 それで、急いで電話した。





 伝えたいことはたくさんある。たったひとりの、大切な妹だから。大人になるまで、見届けたかった。(……まるで、親みたいな発言だな)


 だから、ここに書く。今度は、後悔したくない。そして、彩美に後悔させたくない。


 彩美の笑う声が好きだ。人を引き付ける不思議な力がちょっとうらやましい。恋に悩んだり照れてる彩美はすごくかわいい。彼氏の浩介くんがうらやましいくらいだ(笑)


 受験のときは一度折れかけたけど、そこから持ち直して合格したときは、すごくかっこよかった。その力強さをこれからも生かしてほしい。




 彩美。




 彩美のおかげで、俺もまた大切なことを何度も再確認することが出来た。

 






 色は自由。




 彩美が教えてくれたこのフレーズは、俺のお気に入りだ。





 色は「collor」

 自由は「free」

 合わせて、「カラフリー」。





 これ、俺たちの合言葉にしよう。カラフリー。意味は、「色は自由」。


 もし、辛いことや悲しいこと、苦しいことがあれば、この言葉を言うんだ。


 そしたら、俺は……そうだな、彩美の「色」になって会いに行く。だから、そんときは笑ってくれよ。とびきりの笑顔で。




 じゃあ……ご縁があったら、またいつか! ご縁がなくても、またいつか!


            



    

 師匠 』









 ゆっくりと手紙をたたむ。「最後まで本名は教えてくれなかったなあ」と強がって、何もないように取り繕う。


 ……が、手の震えは止まらなかった。


 それだけじゃない。涙も止まらなかった。



「うっ……う……うわああああああん!」




 声を出して、思いっきり泣いた。









 どれくらい、泣いていただろうか。


 部屋のドアが静かに開いて、ようやく時の流れに気が付いた。……父さんと母さんが並んでこちらを見つめていた。


「彩美……さっきの手紙は色野さんから届いたのね?」


 黙って頷く。


「……私たちが、本当は血の繋がらない家族だってことも……」

「うん、でも……」


 でも、そんなことは関係ない。


 私は、泣き顔を隠して笑って言った。



「私を、愛して育ててくれて……本当にありがとうございます」


 母さんの顔がくしゃりと歪む。父さんも目頭をずっと抑えていた。


「血が繋がっていなくても、家族なのは変わらない」



 二人の元に駆け寄って、思いっきり抱きついた。



「父さん、母さん……大好き」




 三人そろって一緒に泣いたのは、これが初めてだった。








 泣くだけ泣いたら、少しすっきりした……というと不謹慎かもしれないが、本当にすっきりした。


 手紙の内容、本当だろうか。本当に、会いにきてくれるのだろうか。



 そして、目を静かに閉じながらつぶやいてみた。




「カラフリー、意味は『色は自由』!」




 その瞬間、目の前に無数の色が広がった。



 カラフル。カラフリー。



 それぞれの色が、自由に生きている。




「師匠」

 と笑顔を作りながら、呼びかける。




「ありがとう。私のことを大切にしてくれて」






 師匠がそっと笑ってくれた気がした。











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