『海の色は何色』20


 *


 浜辺を走り回っていると、ちょうど漁を終えたばかりの漁師さんを見つけた。

 事情を手短に話すと、漁師さんは他の仲間も呼んできてくれた。


 全員で走って、崖まで向かう。




 しかし、崖の上には誰もいなかった。


 嘘……。

 一足、遅かった?


 足の力が一気に抜けて、その場で崩れ落ちる。「おい、姉ちゃん」と漁師さんの一人が背中を支えてくれたが、頭の中は真っ白でそれどころではなかった。


 私は、なんて無力なの。


 なっちゃん、光ちゃん、和臣さん。




 和臣さん。

 和臣さん。和臣さん。


 お願いだから戻ってきて。

 生きて、元気な姿で、みんな戻ってきて。


 神さまお願いです。

 私の寿命を縮めたって構わない。

 お願いです。


 三人を助けてください。


 どうか…………。



「おい! 女の子が崖の下にいるぞ!」


 その声にはっとして振り返ると、なっちゃんがいた。苦しそうな表情をしている。


「助けに行くぞ!」

「「おう!!」」


 漁師さんたちが崖の下まで駆けつける。私を支えてくれていた彼も「ゆっくりでええから、来れそうなら来な」と告げて、他の漁師さんたちに混じった。


「光ちゃんと、和臣さんは……?」


 フラフラとした足取りでなんとか近くまで行く。すると、なっちゃんの喚く声が聞こえてきた。


「光は、ここにいる!だけど、気を、失ってる、みたい、だから、助けてあげてっ!」


 漁師さんたちは急いで二人を引き上げ、救命措置をした。そこにいた漁師さんたち総動だった。なっちゃんも引き上げられた途端、安心したのか気を失ってしまったからだ。二人の女の子を助けるのに人手が必要だった。


「和臣、さんが、まだいるのに……」


 どうしようどうしようどうしよう。

 不安が不安を呼ぶ。


「姉ちゃん、どないした?」


 さっき体を支えてくれた漁師さんが、声をかけてくれた。


「あ、あの、まだっ……もう一人、流された人が……い、いるはずでっ……」

「……任せとき。助けたる」


 彼は短く答えてすぐに海に飛び込んだ。


 彼の泳ぎに迷いはなかった。ぐんぐんと沖に向かっている。その先を眺めると……黒い人の影が揺らめいていた。漁師さんは最初から気づいていたのかもしれない。


 お願い。

 どうかご無事で……!!




 *


 浜辺まで降りて、彼らの元に駆けつけた。


「……っ!」

 二人ともそこにいたのを確認したとき、耐えきれず泣き出してしまった。みっともなく、ボロボロと涙を流す。



「あーあー。男が女子おなご泣かせたらアカンって、小さい頃に教わったやろ」

 漁師さんはそう言ってコツンと、和臣さんの額を叩いた。


「まあ冗談言っとる場合でもないで。彼、意識無いどころか呼吸止まっとるみたいやわ」

「!!」

 私は息をするのも忘れるくらい、突きつけられた現状を理解するのに苦労した。


 漁師さんは私の目をグイッ、と見つめる。


「姉ちゃん、心肺蘇生法、出来るな?」

 強く頷いた。大丈夫、今朝やったばかりだ。忘れてない。


 それにしても、すごく良いタイミングだ。やはりこの世界はうまく出来ている。きっと神様が私に試練を与えてくれたのだろう。


「大切な人を、お前自身の手で救ってみせろ」と。


「私、やります」

 もう一度強く頷くと、漁師さんは「よし!」と私の背中をバシっと叩いた。気合い入れだ。


「俺は、さっきの二人の助っ人に行かなアカンから」


 大丈夫。私一人でも、やってみせる。


「はい。助けていただいて、ありがとうございました」


 お礼を言うと、漁師さんはニコリと笑って、その場を後にした。





 *


「まずは意識の有無を確認……でもさっきの人が無いって言ってたから、多分本当に無いんだ」

 口に出して、きちんと順番を確認していく。

「救急車はおそらく他の人が呼びに行ってくれてる。次に呼吸の確認。…………明らかに普段通りじゃない。ただちに心臓マッサージ!」


 和臣さんの服を脱がせて、私は胸の真ん中に狙いを定めた。


『ここで遠慮はしちゃダメ。肋骨が折れるくらい押さないと効果はないから』


「……和臣さん、痛いと思うけど我慢して」


 グ、グ、グ……。

 1分間に100〜120の速さで、絶え間なく。


 30回ほど押したら、次は人工呼吸。


 人工呼吸。

 一瞬、躊躇する。


『本当は感染防護具を付けるのがベストだけれど、病院とかじゃないと滅多にないから、ほとんどの場合が直接することになるかな』


『だけど、この人工呼吸のお陰で九死に一生を得たって人、かなりいるの。大切な人を救いたいなら、躊躇ってる時間はない』


 躊躇ってる時間はない。


「和臣さん、ごめんなさい」


 私の初めてのキスは、あなたにあげます。あなたは嫌がるかもしれないけれど。


 気道を確保するために、左手で額を抑えて右手で顎を持ち上げた。



 神様。どうかお願い。


 和臣さんが、もう一度目を覚ましてくれるように。


 もう一度、私と会ってくれるように。






 そして私は、強く唇を重ねた。










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