四月
空港は人で溢れかえっていた。空気が薄い。
今日は、浩介がこっちに戻ってくる日。三年ぶりの再会となる日だ。……そして、きっと私にとって大切な日になる。
ねえ、見てる?
師匠がいなくなってからも、私は元気にやってるよ。
新しい学校生活には不安もあるけど、笑って前に進んで行けるように頑張るよ。
だから、見守ってて。
浩介の乗っている飛行機が到着した。ゲートに人が集まる。
浩介。
早く会いたいな……。
じっとゲートを見つめると、浩介らしき人が手を振っていた。が、人が多すぎて前に進めない。
「浩介!」
私は浩介の名前を必死に叫ぶ。
「彩美!」
浩介も私の名前を呼ぶ。
もどかしくて、もどかしくて、人を押しのけて前へ進んだ。
あとちょっと! というところで、靴紐がほどける。直す暇なんてないんだよ! と靴紐に文句を言いながら走り続けて。
「こーすけっ……」
あ、やばい。
つんのめった!
「彩美!」
目をつぶって、床が顔面にくるのを待ち構えた。
が、誰かに体を支えられたみたいだ。
「すみません、ありがとうございまっ……」
目の前に浩介がいた。
「こ、浩介……」
……ちっ……近い!
「ケガないか?」
「へ、平気。大丈夫、うん。ありがと」
心臓がバクバク鳴っている。
「久しぶり」
浩介の余裕っぷりに、私はちょっと、いやかなりビビった。
「う……うん久しぶり。背、伸びたね」
「おう、鍛えさせられたからな」
「そっか……」
私はそこであることに気づいた。
私、さっきから全然、浩介の顔見れてない!
そして浩介もそれに気づいたのか、こっちの顔をのぞき込んできた。
「なに、早速照れてんの?」
図星。
「だ……だって、照れない方がおかしいって。もう、いま心臓バックバクだよ! なんでそんなに余裕なのさ! あ、もしかして私が女子っぽくないから? そうなの?」
「んなわけねーだろ。俺はこの三年間、アイツらにいじられまくったから、耐性が出来てんの」
「じゃあ、私のことどう思ってんの?」
「え……そりゃあ、もちろん……すげえ……かわい、い……」
やっと照れた浩介を見ることが出き、ちょっと嬉しかった。
プロポーズをひそかに待ちつつ、私は先に伝えたいことがあった。
「浩介、ちょっと衝撃な知らせがあるんだけど……」
「ん?」
「私ね、お兄ちゃんがいたの。血のつながった……」
すると浩介は空を仰いで「ああ、そのことか」と言った。
「知ってたぞ」
「……え?」
「だから知ってた」
な……何故に?
浩介はもう一度、わたしの方に視線を戻して、ゆっくりと話し始めた。
「あの作家の色野さんだろ? 彩美、この前出た新刊もう読んだか?」
「ふぇ?」
突拍子もない質問を投げかけられたので、一瞬変な声が出てしまった。
「う、うん。読んだけど……野球の話だったよ」
「そう。あれ、主人公は俺の兄ちゃんがモデルなんだよ」
「え、マジで?」
「うんマジマジ。それで、一回あの人が取材に来て、そんときに『彩美の彼氏くんて、もしかして君?』って聞かれて……彩美のこととか色々聞いたんだ」
師匠……私に真実を教える前に、浩介に教えてたのか。少しだけ嫉妬する。
「それで、『彩美を末永くお願いします』って言われたよ。そんときは、さすがに心臓バックバクだったよ」
と私の真似をして茶化してきた浩介に、グーで殴るフリをしておく。
「まあ、知ってるなら話は早い。……実はね、私の実の父親も作家さんだったんだって。どうやら、作家の家系みたい」
「すげえじゃん」
「だからね、私もそっちの道を目指したいと思って……まあ、その報告です」
実は、もう小説を書き始めている。
でもそれは、作家になるためというよりかは、忘れないためである。
師匠がいたことを忘れないように、小学校一年のときから起きたことを書いているのだ。
小説のルールも知らなければ、語彙力もない。伝えたいテーマみたいなものもない。書きたいことも全然まとまらない。読んでいてすぐ飽きてしまいそう。……ダメダメな小説だ。
けど、書こうとすることが大切だと思った。だから、未熟なりにも書いてみようと思う。それが、師匠と同じ道に行く最初の一歩だ。
「じゃあ、そろそろ俺もちゃんと言いたいこと言いますか!」
気づくと、四年前に一度告白されたあの雑木林に来ていた。
「三年間、ちゃんと約束守った私に感謝してよね」
「どうせ、守らなくていいとか言っても守ってたんだろ」
うっさい! と言って軽く浩介の背中を叩く。
「じゃ、一回しか言わねえからよく聞いとけよ」
「言われなくてもそうするつもり!」
私はそっと目をつぶって、あの人の姿を思い浮かべる。
ねえ、師匠。
今、私はとても幸せだよ……。
優しい春風が、そっと頭を撫でてくれた気がした。
本編「カラフリー」 : 終
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