四年前――小学校六年生の秋①
「うっわあー、キレー」
待ちに待った、「日光修学旅行」。クラスごとにバスに乗って行くのだが、到着する前から車窓から見える大自然にクラス中が感動していた。色の見えない私でも、その生命力に圧倒されて感嘆の声」を漏らしていた。
まだ、「色を創造する」ことはできていない。
あの講演会から三年が経った今。あれから、師匠に会うことはなかった。……ちょっと期待していたのだが、やっぱりただの師匠の気まぐれだったのかな。
でも、今では私にはたくさんの友達がいるから、それで充分だと思う。日本むかし話とかでも、欲張りな奴は大抵いいことがない。高望みしなくてもいい気がする。
それに……なぜだろう? そのうち会える気もするのだ。そう思う根拠なんか全くない。でも、そんな気がする。
そうやって考え事をしてたとき、後ろから肩を叩かれた。
「彩美、お菓子の時間だって! トッポいる?」
「お、浩介! いるいる! どうせなら、箱ごとちょうだいよ」
「ばーか、んなことできるかっ!」
と言いつつも、浩介は気前よく一袋くれた。
浩介とは、結局(?)六年間同じクラスだった。六年間もずっと一緒というのは珍しいのかな、と思ったがそうでもないらしい。クラスにもそういう子たちは何人かいた。ちなみに、あいちゃんは去年まではずっと一緒だったが、今年は違うクラスだった。
別に、浩介は良い奴だし同じクラスなのは嬉しいけど、ひとつ面倒なことがあった。
それは、一部の女子が「あいつ、浩介と仲良くしすぎじゃね?」と陰で私の悪口を言うことだ。その子たちはどうやら、浩介のことが好きらしい。少女漫画によくあるパターン。好きな男子と仲良くしてる女子を徹底的に悪く言う。
別に、私のことを嫌いな奴がいたとしてもおかしいことじゃないし、悪口なら散々言われまくったからもう慣れっこだった。ただ、それで私と仲良くしている女子にまで被害が及ぶことがあるのは、正直許せない。……かと言って、何もできていないのが現状なんだけど。
浩介からもらったトッポを、女子たちに配る。浩介が「おい、それは俺がお前にあげたやつだぞ! 勝手に配んな!」と言うと、バス中に笑いが起こった。
日光東照宮を始めとするさまざまな名所を回り、あっというまに時間が過ぎ、宿についた。その宿は、硫黄のにおいがプンプンする山の中にあるが、露天風呂から絶景が見れることでとても有名らしい。
さっそく、男女それぞれクラスごとにお風呂に入る。みんな恥ずかしがって、なかなか服を脱ごうとしなかった。が、担任の
体を洗って、露天風呂へと向かう。外の空気はとても冷たくて、白い息が出た。あわてて風呂の中につかると、今度は熱すぎて「あちっ」と小さく叫んでしまった。
足先からゆっくりお湯の中に入れていき、徐々に熱さに慣らさせた。他の子も、同じようにしている。……なんだか、シュールな光景だ。
景色は噂通りの絶景だった。山の一面に広がる紅葉は、色が見える見えない関係なく綺麗だった。
しばらくの間、みんな無言で眺めていた。
お風呂のあとは、ゆば料理を食べてお土産を買った。さんざるクッキーは家族用。それから、とちおとめパイはおじいちゃんたちに。
……ふと、さるのペアストラップが目に入ってきた。恋人同士はもちろん、友達や兄弟などともお揃いにできるデザインのストラップだ。……何が気になったかって、そのサルの表情だ。
……師匠に、似てる。
お財布の残額は千円札が一枚と、五〇〇円玉が一枚。あとは、十円玉と一円玉がじゃらじゃらあった。
ストラップは税抜きで八〇〇円……てことは、八六四円だ。
……意外と高いな。
しかも、そもそも会うことがあるとは限らないのだ。それに、会えたとしても、「俺、そういうの興味ないからなぁ」とか言われて返される可能性もなくはないのだ。
どうする、私?
結局、他に買うものもないので買うことにした。もし、会えなかったり返されたりしたら自分で二個持っとけばいいだけの話だ。
レジに行くと、ちょうど浩介が最後尾に並んでいた。浩介のカゴの中にはさんざるクッキーがたくさん入っていた。どうやら、野球のチームメイトに配るためらしい。大変そうだ。
と、私の視線に気づいたのか、浩介がこっちを振り向いた。
「おお、彩美も買うのか。何買うんだ?」
と言って、私のカゴをのぞき込む。
すると、例のストラップを取り出した。
「お前、これ誰と分けんの?」
「ええっと……ひ、ひみつ! 浩介には関係ないでしょ」
友達と、とか適当に嘘ついとけばよかったのに、咄嗟に聞かれたからごまかせなかった。
浩介は「ふーん」とだけ言って、ストラップをちょっと乱暴にカゴに戻した。
それから、浩介は黙り込んでしまった。
最終的に、私はレジの列から抜けてストラップを返してきた。……だって、あんなに気まずい雰囲気になっちゃぁ、ねぇ?
九時になり、消灯時間となった。みんな、ふとんに入りこんで寝たふりをする。
先生が部屋に入ってきて、きちんと寝ているか確認してきた。こういうときって、笑いそうになっちゃう。顔を枕にうずめて、必死にこらえた。
二分くらい経って、ようやく先生が部屋から出ていくと、みんなが一斉にふとんから顔を出した。
クスクスクス……と、声を潜めながら笑う。なんだか、秘密のミッションでもやり遂げたかのような気分だった。
私のグループの子たちは、みんな仲が良かった。ちなみに、悪口を言ってくる女子は、違うグループなので隣の部屋にいる。きっと、私の悪口で盛り上がってる頃でしょう。……とっとと、先生に見つかればいいのに。
女子の修学旅行と言えば、定番の恋バナだ。男子は、枕投げやるとか言ってたけど、たぶんすぐ先生に見つかるはめになるだろう。
そして、なぜか私の恋バナからになった。
「彩美はさ、浩介のことどうなの?」
こいつらもか! と思い、顔をしかめると慌ててみんな首を振った。
「そうじゃなくて、浩介は明らかに彩美のこと好きだよ。だから、彩美はどうなのかなって、単純に気になっただけ」
と一人が言うと、他のみんなも激しく頷いた。
「ああ、なるほど。浩介は私が好きなのか……って、オイッ! なんじゃい、それはッ!」
軽く本気でツッコむ。
「え、もしかして気づいてなかったの? 鈍感だなあ」
と、彼氏持ちの
「そうだよ、さっきだってさ、あのペアストラップを彩美が買おうとしてたらさ、浩介くん、すごくしょげてたよ」
と、普段はおとなしい
「他にも心あたりあるよ。例えばね、バスの中でポッキーもらってたやん?」
と、関西出身の
「いや、トッポだっつーの」
と、この部屋のグループの班長である
「まあ、どっちでもいいけど。そんときも、彩美にだけしか自分からはお菓子あげてないねん。せやから……」
「わかった、わかったわかったわかった!」
とりあえず、話がエスカレートしないように歯止めをかけておく。
「浩介は……私のことが好き……なのかもしれない、てこと?」
「いや、絶対に好きだと思う」
と全員に突っ込まれた。
「そ、そうだったとしても、私は浩介と付き合う気はないよ。だってほら、浩介は友達って感じだし、あと、その、もっとさわやかなイケメンみたいな、理想の人とかがいいじゃん?」
「いや、十分浩介もイケメンだって。あんたの目はどんだけ厳しいんだよ」
と莉奈が言う。
「え、莉奈の彼氏の方が全然かっこいいって」
と私が言い返すと、「そ、そう?」と莉奈は顔を赤らめた。……クソ、恋する女の子はかわいいな。
「でもさ、口では何とでも言えるけどさ、普段の行動とかはごまかせないよねぇ」
と琴葉がニヤニヤして言った。
すると、またみんなのスイッチが入ってしまった。
「確かに、彩美って浩介のときと他の男子のときとじゃ、全然話し方違うよね」
「うんうん、浩介くんと話してるときは彩美ちゃん笑ってるもん」
「両片思いとか?」
「いやあ、もう両想いでいいんじゃないですか~」
「ウチ、協力したるで!」
「彩美、告白されたい派? それともしたい派?」
「ていうか、ほんとのところ、好きなの? どうなの? 教えてよ!」
「うちらは協力するし、誰にも言わないよ」
みんなの視線が一気に私に向いた。
ど、どどどどうしようっ!
私は浩介のこと、好きなのかな?
自分でもよくわからなかった。
「さ、言っちゃえ!」
とみんなが大声で言った。
すると部屋のドアが勢いよく開いた。
「こらー! いつまでしゃべってんの! はやく寝なさい!」
通称「鬼ばばあ」の教頭先生が入ってきた。これは、マズイ。が、助かった! ありがとう、鬼ばばあ!
ごめんなさーい、と班長である琴葉が代表で謝り、みんな急いでまたふとんにもぐった。
もう、誰も話しかけてこなかったが、私の心臓はドキドキしっぱなしだった。
私……浩介のこと、好きなのかな。
その夜は、なかなか眠りにつけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます