#47 ずっと一緒にいたいと思いました

 二月、私は三十歳になった。


「幸、三十歳の誕生日おめでとー!」

 元気いっぱいに真奈が言う。


 今日は我が家で私の誕生日会を開いている。

 平日なので、私はわざわざ有給を取って。


 陽向は元々繁忙期でなければほとんど自由に休みは取れるし、真奈は主婦なので平日の方が都合が良く、瑞希は退院したもののまだリハビリ中で休職している。

 大翔は仕事が終わってから来るそうなので、夕方頃には来るだろう。


「瑞希くん久しぶり! そしてあなたが陽向くんね! 幸から色々話は聞いてるわ~」

 上機嫌で真奈は瑞希と陽向に話しかける。

 まるでドラマの登場人物に会ったかのようなはしゃぎようである。

 ……まあ、実際招待した時に本人がそう言っていたので、そうなのだろう。


「うん、真奈ちゃん久しぶり」

「初めまして……話って?」

「主にのろけかな」

 瑞希が挨拶を返した後、陽向は挨拶がてら、不思議そうに真奈に尋ねる。


「その話、詳しくお願いします」

「いいよ~」

「ちょっと真奈!?」


 陽向の要望に笑顔で真奈は頷くけれど、実際には結構赤裸々にあった事を相談していただけなので、陽向に聞かれると色々まずい。


「それにしてもそっか~、幸もいよいよ人妻になるんだね~」

「真奈、言い方……」

 キラキラした楽しそうな顔でしみじみと真奈は言う。


「ありがとう真奈ちゃん、本当は僕が書けたら良かったんだけど、まだ綺麗に字は書けなくて」

「そんなの全然いいわよ、むしろ呼んでくれて嬉しいわ。だって、大学時代からの親友の婚姻届に証人としてサインするなんてなんだか感慨深いもの」


 つい最近までギプスをつけていた右腕を見ながら瑞希が言えば、とんでもない、と真奈は笑う。

 今日わざわざ私の誕生日会を開いて真奈や瑞希、大翔達を呼んだのは、婚姻届の証人としてサインしてもらう為でもある。


「後は大翔が帰ってきた時にサイン貰って完成だな」

 真奈のサインが終わると陽向がよし、となぜか意気込む。


「今日中に役所に提出するの?」

「うん、そしたら結婚記念日も忘れないしね~」

 真奈から婚姻届を受け取りながら私は答える。


 結婚式を挙げるのはまだ先の予定ではあるけれど、これは私の中のけじめでもある。

 少し前、瑞希がようやく退院した快気祝いの時にその事を陽向に話したら、なら私の誕生日も近いので、その時に婚姻届を出そうという事になり、それならその時に大翔達が証人としてサインするという話になったのだ。


「そういえば幸から聞いたんだけど、瑞希くん今お兄さんと同居してるんだって?」

「うん、退院したばっかりの時なんかまだあちこちギプスが取れないような状態だったから、すごく助かったよ」

 椅子に腰掛けている瑞希に真奈が尋ねる。


「へー、お兄さんともすっかり仲良しね」

「……そうかもしれないね」

 少し間を開けて、瑞希は困ったように笑った。




 1月、瑞希が退院してしばらく経った頃、私は瑞希と喫茶店で待ち合わせて話をした。

「……退院したら、一発殴られるくらいはあるんじゃないかと思ってたんだけどね」


 その頃は、瑞希に会う時は必ず陽向か大翔、または両方が何かしら理由を付けてついてきていたので、私達はお互い少し落ち着いた頃、陽向にも大翔にも内緒で会った。

 だから二人きりで話すのは、崖から落ちて以来の事である。


 崖から落ちたのは山で私達が迷った末の事故という事にはなっていたけれど、その後やたら陽向や大翔が妙に私達に過保護になった事を考えると、色々と感づいているように思えた。


「だから大翔の家にしばらく世話になる事になって、大翔と陽向に荷物を運んでもらい終わった後、陽向が少し僕と二人で話したいって大翔に言った時もそんな感じかなって思ったんだ」

 コーヒーを一口飲んで、困ったように瑞希は言った。


「けど、そうじゃなかった……『二人でそう決めて幸とくっつくって言うならそれでもいい、だけど、勝手に俺達の前からいなくなったりするなよ!』って、泣かれちゃってさ、ああ、これはかなわないなって思ったよ」


 陽向も、薄々私の言い訳がおかしいとは思っていたのだろう。

 その事について陽向から何か言われた事は一度も無い。

 けれど、やっぱり何があったのかは薄々感づいていて、その上で何も言わないでいてくれたらしい。


 私は、陽向が本当の事を知ったら逆上して何か事件を起こしてしまうんじゃないか、なんて勝手に思っていたけれど、私が思う以上に陽向はできた人間だった。


「でも、その辺の話って全然陽向や大翔から聞いてないんだけど、それって私が聞いちゃって良かったの?」

「うん、暗黙の了解みたいな感じで特に口止めはされなかったし、二人共僕が何をしようとしたか知ってるくせに、あれから異様に優しくて腹立つからさ、ちょっとした嫌がらせだよ」

 私が尋ねれば、イタズラっぽく瑞希が笑う。


「そっか……」

「……たぶん、陽向なら間違いないよ」

「うん……」

「……さっちゃん、ごめんね」

「今度、とびきり美味しいスイーツを奢ってくれたら許す」


 それは、きっと瑞希なりのけじめなんだろうな、とはなんとなく思った。

 だから、私は笑って答える。

 瑞希が勝手に目の前から消えてしまうのは、私も嫌だから。




「あ、ケーキが到着した」

「そうか、瑞希はケーキいらないか」

「うん、僕は大翔の分を食べるからいいよ」

「おい」


 夕方になると、大翔が頼んでいたケーキを持って到着した。

 最近は大翔と瑞希の距離も以前より近くなったように思う。


「一緒に住み始めたら、ちょっと面白いもの見つけちゃってね」

「ああ、大丈夫だよ、多分Googleアカウントにログインできなくても大翔は僕達の居場所を見つけられたはずだよ」

「大したことじゃないよ。ただ、大翔とはこれからもっと仲良くなれそうだなあ、と思うんだ」


 なんて、以前二人で会った時に瑞希は話していたけれど、一体二人の間に何があったというのか。

 でも、確かにその後は大翔も瑞希も前よりもお互い腹を割って話しているような感じがするので、良い事だ。


「大翔さん、お久しぶりです。私、大翔さんと幸が出会った合コンに参加してたんですよ。憶えてます?」

「確か、真奈さんだったかな? たまに幸から話は聞いてたよ。今日はわざわざ来てくれて、ありがとう」

「いえ、私もよく大翔さんの話は聞いてました。相変わらず素敵ですね」

「ああ、ありがとう……」


 真奈はニコニコと満面の笑みで大翔に声をかける。

 これが人妻の余裕というものなのか。


「それにしても、良かったんですか? その……」

 どこか言いにくそうにしながら真奈は口ごもるけれど、これが演技である事は、今まで散々真奈に陽向、大翔、瑞希の三兄弟の事を相談してきた私にはすぐわかった。

 ……真奈がとても楽しんでくれているようで何よりだ。


「ああ、以前幸が事故に遭って入院した時、病室で泣き崩れる陽向とそれを見て微笑む幸を見たら、きっと幸にとってはこれが一番幸せなんだろうな、と思ってしまったんだ……」

 一方、真奈の本性に気づいていない大翔は、どこか切なそうに笑いながら素直に答える。


「真奈ちゃんって、相変わらずいい性格してるよねえ」

 一方で、瑞希がそう言いながらどこか嬉しそうにほくそ笑んでたので、瑞希にはバレているんだと思う。


「よし! じゃあ大翔にもサインしてもらった事だし、今から役所に提出しに行くか!」

 皆でケーキも食べ終った後、大翔にサインと捺印をしてもらうと、陽向は完成した婚姻届を持って立ち上がった。


「え、今から? まだケーキ食べたばっかりだし、大翔はさっき来たんだし、もうちょっとゆっくりしていっても……」

「日付が変わる前に行かないと今日にした意味がないだろう?」

「まだ日付変わるまでに五時間近くあるけど……」

 少し食べ過ぎた私としては、あんまりすぐ動きたくないというのが本音だ。


「いや、行けばいい。もともと今日はその為の集まりだったんだ」

 けれど、渋る私を他所に、大翔はそう言うなり立ち上がって帰り支度を始める。


「私もそろそろお暇しようと思ってたし、後はお若い二人に任せるとするわ」

「お若いって、真奈は私と同い年だよね?」

 真奈も大翔に合わせるように立ち上がって帰りの準備を始めた。


「陽向は間違いなくこの中で一番若いけどね……その若い陽向としては、こういう記念日は二人で過ごしたいものなんじゃない?」

 同じく帰り支度をし始めた瑞希が、茶化すように言う。


「…………まあ」

「え」

 一方、瑞希にそう言われた陽向は、ほんのり頬を染めつつ、決まり悪そうにソッポを向く。

 陽向の予想外の反応に、私は固まる。


「なるほど、確かに可愛いわね」

 真奈はにんまりと笑いながら頷いた。

 それから三人はさっさと帰り支度をして帰ってしまい、私と陽向は見送りの後、二人で玄関に取り残される。


「……」

「……」

「……ふふっ」

「なんで笑うんだよ」


 さっきまでの一連の出来事を思い返したら、つい笑ってしまって、隣で陽向がムッとしたように文句を言ってくる。

 馬鹿にされたとでも思ったらしい。


「いや、やっぱり他の人から見ても陽向は可愛いんだなって思って」

「……嬉しくない」

 一応弁明をしてみたものの、陽向は不服そうに顔を歪めた。


「そうだね、私もこれから他の人に陽向を取られないように気をつけないとな~」

「はあ? 別に、浮気とかしねえし……」

 出かける仕度をする為、二人でリビングに戻る。


「うんうん、陽向はそうだよね……陽向」

「なんだよ」

 リビングについて、私は立ち止まる。

 すぐ後ろを歩いていた陽向も釣られて立ち止まったのが気配でわかる。


「大好きだよ」

「知ってる」

 振り向いて私が言えば、嬉しそうに陽向がにかっと笑った。


 本当に、私にはもったいない相手だ。

 これからも、ずっと陽向と一緒にいられたらいい。

 そう思いながら、私達は笑い合った。



-- おしまい --

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婚約したら四角関係になりました ( #婚しか ) 和久井 透夏 @WakuiToka

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