#6 世間は狭過ぎました

「そ、それにしても、世間は狭いなあ、私、兄弟なんて全く気づかなかったよ」

 兄二人との空気にいたたまれなくなって、私は再び話題を変える。


「全員父親違うからね。僕は母親も違うし」

 なんでもないようにさらっと瑞希は言うけれど、私はこの話題を出してしまった事を後悔した。

 高校時代、詳しい事はわからないけれど、瑞希はその事でかなり思いつめていたのに。


「でも、陽向から時々聞く話だと、随分と兄弟仲が良いんだね。陽向もよく楽しそうにお兄さん達の話してるし」

「あっ、それは別にいいだろっ」

 私が水を向ければ、陽向が照れたように言ってくる。

 少なくとも、今は兄弟同士仲がいいようで良かった。


「僕も親が再婚するまで、ずっと一人っ子だったからね。高校生の時、兄弟が出来て嬉しかったな」

 爽やかな笑顔で、模範解答のような返事を瑞希はする。


「へえ……」

 どの口がそんな事を言うのだろうと、相槌あいづちの声が乾く。

 高校生の頃、家にいたくないと私の家に毎日のように入り浸っていたのはどこの誰だったのか。


「高校と大学受験の時は、かなり二人に助けられたんだ」

「ああ、特に大学受験の時は大変だったよね。大翔と僕で陽向に勉強を教えるシフト組んだりしてさ」

 当時を懐かしむように陽向と瑞希が言う。


「それで志望校に入れたんだね」

 確か、陽向はそこそこいい大学だったはずだ。

「いや、最初の志望校よりもいい所に入れた」

 兄二人の教育は、目標以上の成果を上げていたらしい。


「とっても素敵なお話ですね」

 他人行儀の笑顔で私は言うけれど、そんなような話を瑞希や大翔から聞いた事があっただろうかとつい考えてしまう。


「それにしても、苗字が同じ望月もちづきなんだから、もしかして、とか思わなかったの?」

 不思議そうに瑞希は言う。

「だって、特別珍しい苗字でもないし、下の名前で覚えてたから言われてみれば、って感じだったんだもん」


 実際、私には二人の中村さんと斉藤さん、三人の鈴木さんと新井さんの知り合いがいるので、望月さんが三人いた所で、望月さんとはよく縁があるな、くらいにしか思わなかった。


「それに、陽向にお兄さんが二人いる事は知ってたけど、連れ子とか、その辺の家庭の事情とか全然話してくれなかったし」

「いや、俺にとってはこれが普通だし、特に家族仲が険悪とか無かったから、あんまり意識してなかったというか、そもそも、大翔とも父親違うっていうのも今思い出したというか……」


 第一、そんなにそれって大事な事か? と陽向は首を傾げる。

 その反応だけで陽向にとって望月家の家族仲はずっと良好だった事が窺える。


「陽向の実の父親は、再婚して五年も経たずに死んだからな。憶えてなくても仕方ないだろう」

「そんなもんか」

 大翔の説明に、陽向は感慨も無いあっさりした返事をした。


「小学校に入るよりも前の記憶って、よっぽど印象的な事じゃないとそんなに憶えてないよね」

「う、うん、そうだね……」


 瑞希の言葉に、つい目を逸らしてしまう。

 保育園の頃の記憶は、瑞希とのものに限れば頭を抱えたくなるような思い出ばかりだ。


 それから表面上は和気藹々わきあいあいとした雰囲気の中、私達の顔合わせは九時になる前に解散となった。


 瑞希は笑顔で私にしかわからないようにチクチク揺さぶりをかけてくるし、大翔はずっと笑顔だったけど、目が笑ってなくて、全く変わらない笑顔が逆に怖い……!

 ……今回の顔合わせでは、そんな感想しか残らなかった。


「なあ、幸は子供の頃、どんな感じだったんだ?」

 駅で大翔と瑞希と別れてホームで電車を待っていると、陽向がぶっきらぼうに尋ねてきた。


「どうしたの、急に」

「いや、なんとなく……」

 私が尋ねれば、陽向は決まり悪そうにそっぽを向く。


「もしかして、私の幼なじみだった瑞希に妬いてる?」

「は? 別にそんなんじゃねえし、ただ気になっただけだよ」

「ふーん」

 ムキになって否定してくる陽向に、わかりやすいなあ、とつい口元がゆるむ。


「それで、どうなんだよ?」

「うーん、陽向の事も教えてくれるならいいよ」

「わかった。それじゃあ幸からな。記憶にある最初の所から、俺と会うまでどんな風に過ごしてたんだ?」

「範囲広がってない?」

「別にいいだろ」


 楽しそうに笑う陽向の笑顔が眩しくて、私はどこまでなら話しても大丈夫かなあ、とニコニコしながら頭を働かせた。

 私の過去はそのまま話せない事が多くて、人に話す時はごまかしてばかりだ。




 陽向の婚約者として顔合わせして以降、あんなにしつこかった大翔からの連絡はぱったりと途絶えてしまった。

 こうして私と陽向が結婚して親戚同士になっても、お互い何もなかったように振舞った方がお互い無難だろうとは思う。


 けれど、それは重々承知した上で、少し寂しく思ってしまうのはなぜだろう。


 そんな事を思っていると、顔合わせから一週間経った頃、私は大翔とばったり再会してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る