#5 兄弟を紹介されました

「幸、両親に紹介する前に、今度俺の兄貴達を紹介してもいいか?」

 ベッドから身体を起こして服を着始めた陽向が言う。

「ああ、たまに陽向が話してくれるお兄さん達? もちろんいいよ。私一人っ子だから仲のいい兄弟とか憧れるな~」

 私は服も着ずにベッドでゴロゴロしながら了承する。


「二人共、とても面倒見が良くて気さくだから、幸もすぐに打ち解けられると思うぜ」

 服を着終わった陽向が私を見るので、両手を挙げて手首をヒラヒラとさせながら起こして、と無言で催促すれば、陽向は何も言わずに私の両手を持って身体を起こさせる。


「そうなんだ、楽しみ」

 調子に乗って服も着せて欲しいと更に両手を広げて催促してみたら、大きなため息をつかれた後、下着を持ってきてくれた。


 陽向は私に甘い。

 こういう所が大好きだ。




 顔合わせは四人のスケジュールを考慮して、平日の夜、駅の近くの個室もある居酒屋でする事になった。

 陽向と合流してから一緒にお店に向かう途中、陽向にはもうお兄さん達は二人ともお店に着いているらしいと言われて、なんだか緊張してしまう。

 けれど、実際にお店に着いて部屋に案内されると、私は別の意味で固まった。


 そこには、よく見知った顔があった。


「紹介するよ。婚約者の幸だ。幸、この儚い感じのが上の兄貴の大翔、こっちの人当たりが良さそうだけど一周回って胡散臭いのが二番目の兄貴の瑞希だ」

 眩しい笑顔で陽向は二人を紹介する。


 ふざけながらも、妙に的を射た陽向の紹介に、二人との関係がただの友人同士なら間違いなく噴き出していた事だろう。


 でも、今も私はそれどころじゃない。

 兄として紹介された大翔と瑞希の顔を見た瞬間、全身に嫌な汗が噴き出した。


 ヤバイヤバイヤバイ。


「……初めまして、幸……さん」

 大翔はひきつった笑顔で私に挨拶をする。

 ここは初対面という事にするらしい。

 私もそれが無難だと思う。


「酷いなあ、僕のような真人間なんて滅多にお目にかかれないよ?」

 一方、瑞希はいつもの調子で陽向に白々しらじらしく文句を言う。


「あはは……幸です。どうぞよろしくお願いします……」

「それにしてもびっくりだなあ、陽向の婚約者が幸だったなんて」

 私が苦笑しながら挨拶すれば、瑞希はあっさりと知り合いである事をバラしてきた。


 いきなり何を言ってくれているんだこいつは。


「二人は、知り合いなのか?」

「えっと……」

 驚いた様子で尋ねてくる陽向に、私は言葉をつまらせる。


「うん、高校と大学が一緒だったんだ。あと保育園も。今でも当時の友達と集まった時とか、たまに顔合わせるよ」

「……昔から、瑞希とは妙に縁があるよね~」


 瑞希は平然と私達の関係を話す。

 確かに、表向きはずっとただの友達なので、そういう風に振舞うのがいいだろうけども……。


「ああ、じゃあ前に幸が言ってた四歳年下の彼氏って陽向の事か」

 挨拶も済んで全員席についた所で、思い出したように瑞希が言う。


「へえ、幸は俺の事なんて言ってた?」

 陽向が瑞希の話に食いつく。


 まさか、瑞希は私が陽向と復縁を迫ってきた大翔とを天秤にかけていた事を暴露するつもりなんじゃ……。

 そう考えた瞬間、一気に背筋が凍る。


「甘えん坊で可愛いって」

「えっ」

 けれど、瑞希が放ったのは、私が想像した事よりも随分と可愛らしい内容だった。

 ……いや、確かに言ったけど。


「ふーん、甘えん坊で可愛いねえ……甘えん坊なのはどっちなんだろうな」

「あれ、そういう感じなの?」

 内心安堵する私を他所に、陽向はニヤニヤしがら物言いたげに私を見る。

 瑞希もニコニコしながら話に乗っかってくる。


 正直、陽向と大翔のプロポーズについての事を言われなかったのは助かったけれど、これはこれで恥ずかしい。

「ちっ、違うから! ホントに頼れる大人なお姉さんな感じだからっ!」

 私は仲間内では甘えん坊な年下の彼氏の世話を焼く大人なお姉さんという事になっているのだから。


 でも、これで話を逸らせるなら背に腹は変えられない。


「え、誰だよそれ」

 からかうように陽向が言ってくる。

 実際は私も料理を作ったり家事を手伝ったりするけれど、陽向からも結構世話を焼かれていたりする。

 というか、甘えたい私がそう仕向けているのだけれど。


「もうっ、いじわる……」

「ああもう、悪かったって」

 わざと拗ねた素振りをしながら軽く陽向の腕ぺしっ、とを叩く。


「私のごはんは?」

「お、美味しいです……」

 顔をずいっと近づけて、可愛らしく怒ったようなそぶりで尋ねれば陽向は気圧されたように答える。


「とっても……?」

「とっても、美味しいです……」

 せっかくなのでもう一押ししてみれば、気恥ずかしそうに陽向が答える。


「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

 私は腕に腰をあてて、得意気に言う。

 陽向はこういう妙にぶりっこしたような態度に弱いのだ。


 ケンカしたりわがままを言いたかったり、都合が悪い時は大体これで押しきれる。

 私は陽向に同じ状況でこんな態度をとられたらキレる自信があるけれど、陽向はこれが好きらしい。

 ちなみに甘えたい時にも有効だ。


「ところで……二人はいつ頃から付き合いだしたんだ?」

 茶番が一段落したところで大翔が貼り付けたような笑顔で尋ねてきた。


「俺が大学に入ってしばらくした頃にバイト先で知り合って、一年後くらいに付き合ったから……もう六年くらいになるのか」

 当時を思い出すように陽向は答える。


 大学卒業後、就職に失敗した私は家の近所に事業所がある引越し業者でつなぎのバイトをしていた。

 その時にまだ大学一年生だった陽向に出会ったのだ。


「そういえば結構長く付き合ってるよね。就職してからはあんまりその辺考えてなかったなあ」

 就職活動してた頃は時の流れに焦りを感じていたけれど、それなりに安定した仕事に就いて仕事に慣れたら、それで安心してしまったというのはある。


 実際、今後の事を考えて焦り始めたのもつい最近だ。

 友達の結婚が相次いだり、自分が来年には三十歳になるという事実に気づいた瞬間、このままでいいのだろうかという漠然とした不安が私を支配したのである。


「へえ、でも最近は結婚について色々考えてたみたいじゃないか」

 人のいい笑顔を浮かべて私を見る瑞希に、私はゾクリとした。


「そうなの! 本当にものすごいタイミングでプロポーズされたの!」

「なんだ、そうだったのか」

 慌てて瑞希から危うい話が飛び出す前に陽向からのプロポーズの話に持っていけば、陽向が横で嬉しそうにする。


「うん、だから私、すごく嬉しくて! 陽向はいつも私が欲しいものを欲しいと思った時にくれるの。いつもちゃんと私の事を見てくれてるんだね。ありがとう!」

「ま、まあな!」


 強引に私は陽向の惚気のろけへと話を持って行く。

 対して陽向は表面上は平静を装っているけれど、顔は耳まで真っ赤だし、口がにやけるのを押さえられていない。


 とても可愛い。


 そして、正面に座る兄二人は顔は笑顔だけれど、どちらも目が笑っていない気がする。

 正に地獄のような空気である。

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