#34 存在感が強すぎました
「陽向、今日はどこ行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」
電車に揺られながら尋ねてみれば、陽向はもったいぶったように笑った。
木曜日、今日は陽向とデートの日だ。
今日までに何度か大翔や瑞希から誘いの通話やらメッセージやらが着たけれど、全てスルーしている。
私は陽向と結婚するのだし、最初からこうすればよかったのだ。
「ここ……」
「大体六年ぶりくらいじゃないか? 前に来た時は春だったけど」
陽向に連れてこられたのは、今週はじめに話題になった、私と陽向が初めてのデートで訪れた、しながわ水族館だった。
「今日はこの前言ってた初デートのリベンジ?」
「正直、前来た時は緊張してほとんど覚えてなかったしな」
もはや開き直った様子で陽向は言う。
「そうだね、水族館に行った後の食事とか、手に持つ物全部が小刻みに揺れてたもんね」
「……憶えてないな」
「私は憶えてるよ、緊張が伝わってきて私までドキドキしちゃったよ」
バツが悪そうに目を逸らす陽向の腕に、私はくっつく。
今はこの程度でとびあがったりしないくらいには落ち着いた陽向だけれど、付き合い始めの頃は色々とひどかった。
だけど、あそこまで全身でわかりやすく好きですと体現してくるような人はいなかったし、元々陽向の事はバイト先で知ってて良い子だな~とは思っていた。
あふれ出す初々しさと緊張っぷりの中でもどうにか彼なりに私を精一杯楽しませようとしてくれたり、気遣ってくれているのが伝わってくる。
こうなると、私の方が四つ年上だった事もあって、陽向に対して妙な余裕というか、優越感のようなものが芽生えて、
「しょうがないなぁ~、じゃあお姉さんが手取り足取り教えてあ・げ・る♡」
みたいなテンションになってしまったのだ。
実際付き合った当初の陽向は、何をするにも一事が万事私中心で、甲斐甲斐しく私の希望や要望をかなえてくれたものである。
今もそういう所はあるけれど、当時はもっとすごかった。
自分よりも背が高くて体格も良く、顔は整ってはいるけれど強面な年下の男の子が犬みたいに常に目を輝かせながら私の後をついて来る……。
それはなかなかの破壊力で、結局私はその大型犬のような可愛さにすっかりはまってしまったのである。
「やっぱり六年経つと、展示とかも変わるね~、あ、アザラシ館なんてできたんだ」
「へー……」
案内用のパンフレットを見ながら私が言えば、陽向はパンフレットを覗き込んでくる。
前回来た時、アシカショーとか見たんだけど、果たして陽向は憶えているだろうか。
「よーし陽向、今日はいっぱい思い出作ろうねっ!」
今日はちゃんとリベンジできるといいね! という、ちょっと上から目線なからかいの意味も込めて、私は大げさにはしゃぎながら言ってみる。
「ああ、そうだな!」
けれど、返って来たのは眩しい笑顔で、皮肉の伝わらなかった寂しさと気恥ずかしさ、そして陽向の善良さにすこし圧倒されてしまった。
「陽向は可愛いな~」
「最近そればっかりだな」
順路を進みながらしみじみ私が言えば、もう聞き飽きたと言いつつも、満更でもなさそうに陽向が言う。
「……そういえばさ、陽向って私に一目惚れしたとか言ってたけど、どんな所が良かったの?」
平日という事もあって、人がまばらな水族館で、目の前の水槽に視線を向けたまま、私は陽向に尋ねる。
せっかくだから当時の事を思い出しながらまわるのも楽しそうだ。
「え……ふ、雰囲気とか……」
「雰囲気って、どんな雰囲気?」
照れたように答える陽向に視線を移して、私は追撃する。
「なんか、一人だけ違って見えたというか、なんというか……」
「あー……あの頃は、私以外の若い女の子ってほとんど髪色明るくてギャルっぽかったもんね~」
私が働いていた引越し業者は、髪型は自由で、メイクも特に口を出されなかったので、結構派手な女子大生の子が多かったのだ。
皆良い子だったけど、去年までは自分も同じ女子大生だったはずなのに妙に若さが眩しく感じられたものである。
当時私は就職活動中だった事もあり、一人だけ黒髪でそれに合わせてメイクも薄く見えるよう気をつけていたというのが良かったのかもしれない。
陽向は女の子に夢を見ている所があったので、きっと清楚風の見た目にまんまと騙されてしまったのだろう。
……まあ、その後も陽向を幻滅させる事なく適度に力を抜きながら関係を続けられたのは、大翔と付き合ってた頃の経験が生かされているのだろうけれど。
「そういえばさ、陽向って私と付き合うまで彼女できた事無かったんだよね? それにしては妙に女の子への気遣いが出来てたけど、雑誌とかで勉強してくれたの?」
「いや、それは瑞希に色々教えてもらった……」
実は私の知らない所で色々努力してたんだろうな~、なんて思いながら尋ねてみれば、陽向が決まり悪そうに視線を逸らした。
「……確かに、言われてみれば瑞希もやりそう」
荷物をさりげなく持ってくれたり、席から立ち上がる時に手を貸してくれたり……何もしなくても私だけで事足りるような事をいちいち理由を付けて代わりにやってくれたり、手伝ったりしてくれるなんて、正に瑞希の手口である。
それから私達は水族館を見て周った後、陽向に言われて駅前のショッピングモールで今度私の両親へ挨拶に行く時の私の服を買いに行った。
「うーん、じゃあこれにしようかな」
「わかった、これだな」
陽向は私が服を決めるなり私の手から買う予定の服を奪ってそのままお会計を済ませてしまった。
「もうっ、これくらい自分で出すのに」
「これくらいなら俺に出させてもバチは当たらないんじゃないか?」
「でも、この後スーツとかも買うのに……」
「俺が出したいからいいんだよ」
私が食い下がったら、陽向は拗ねたように言う。
もしかしたら、この前大翔に収入の事を比較されながら言われたのを気にしているのかもしれない。
「そっか……ありがとね、陽向」
「おう……」
これ以上何か言っても機嫌損ねるだけだろうなあ、と思ってお礼を言えば、陽向は気恥ずかしそうに頷いた。
その後、私達は以前瑞希と下見したスーツのチェーン店に向かい、スーツや靴、コートなどの一式をまとめて買った。
結局陽向のスーツは瑞希がチョイスした物に決定する。
店を出る時にはすっかり日は暮れていて、せっかくなので今日はどこかで夕食を食べて行こうという事になった。
「……例の、牡丹鍋の店、この前は大翔と瑞希の三人で行ったんだろ? 俺もそこ行きたい」
何か食べたい物はあるか、と尋ねると、陽向は少し言い辛そうにした後、躊躇うようにボソリと言った。
家に帰るには反対方向になってしまうけれど、なんだかそれを断るのはひどいような気がして、結局二人で以前大翔に教えてもらったジビエ料理の店へと向かう。
二人きりでデートしているはずなのに、大翔と瑞希の存在感が強すぎる……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます